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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第四章 錫ノ国編
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第百四十三話 湖月の契り

「ではあの芸者がアザミだったのか!」


 応接間で引き続き会話を続ける中、やはり声を大きくするのはカナト。


「アザミを知っているのか」


 まるで本人を知っているかのように口から出たアザミという名前に、アサヒが視線をやる。


「軍閥同士の会合で何度か会ったことがある。といってもこちらが一方的に見ていただけだがな。なんというか、子供のくせに妙に達観したというか、よく笑う割には冷めた目をしていた」


「ああ、そんな感じかもな」


 ケイのときからアサヒやトウヤにはどこか冷めていた。ハツメにだけは異様に懐いているように見えたのは、性別や付き合いの長さかと思っていたが、裏には別の意図があった。考えれば考えるほど腹立たしい。


「そういえば。アザミと一緒にいた男たちは何なのだ、黒と紫の装束姿の」


 静かに苛立ったアサヒが閉口すると、今度はトウヤが口を開く。


「菊葉紋だな。あそこは代々、国王陛下の命のみに動く一族だ。王族の紋は菊の花だからな、菊の葉の紋を授かっているのだ」


 「有名だが、国外の者には分からないよな」とカナトは頷いて、答える。


「本家と分家を合わせれば一つの大きい軍閥のようなものだ。アザミはそこの本家の一人息子だ」




 カナトと話を続けるうちに、具体的な状況、そしてやらなければいけないことが明らかになっていった。


 国王は今現在、第二夫人――アサヒの母親を連れてカラミの古城というところに移っていて、国王寄りだった軍人たちが動き出し国内が慌ただしいこと。


 ハツメはおそらく国王がいるそのカラミの古城に向かったということ。


 彼女を救い出すには国王と、アザミを含む直属の部下である菊葉紋、そして国王派の軍人たちを相手取らなければいけないこと。




 話を詰め、今後の方向性が固まった頃には太陽が沈んでいた。


 シグレが夕食を準備してくれ、さくさくと済ませたアサヒたち。


 「食後になりましたが飲みますか」とシグレがカナトに問えば、カナトは「お願いする」と言って嬉しそうに目を細める。


 彼が酒盛りの準備へと下がってくれた間だった。



「なあアサヒ、お前は本当は谷ノ国で育ったんだな。どんなところなんだ」


 友人との久しぶりの食事で心身満たされたカナトが穏やかに話す。


「皆、大きな渓谷の中で生活していてな、いくつも吊り橋が架かっていた。年中穏やかな風を受ける、綺麗なところだった」


 アサヒは窓の外を見つめながら優しく返した。日は暮れたが、湖の上には代わりに綺麗な満月が姿を現していた。窓から差し込む月の光だけでも手元が見えるくらい今宵の月は大きく、太陽とは違う静かな明るさでもって輝いていた。


「救い出すのはそこで共に育った、谷の娘か」


 カナトがアサヒを見て言えば、「待て」と声が掛かる。

 歌うような抑揚が付いた口調はトウヤのもの。


「その谷の娘という呼び方、好きでなくてな。ハツメ嬢への気遣いが足りん。……そうだな、谷の姫というのもひねりがないから、吊り橋から取って『橋姫』、というのはどうだろう」


 片手を顎に添えながら彼は口角を上げると、どうだ、ともう一つの手を(くう)に掲げる。


「谷の橋姫か」


「いいんじゃないか」


 カナトの言葉のすぐ後で、アサヒはふっと笑みをこぼす。


 ――姫なんて付けたらハツメ自身は恥ずかしがりそうだが、いいではないか。

 自分だってこれから王子と呼ばれるのだ。


 そんな似合わないことを考えるアサヒの視線の先には、硝子越しの凪いだ湖。そして目的を同じとした二人の友人がいた。




 少し経って、シグレが酒と酒器を持ってきてくれた。

 酒は一升瓶、酒器は口が広い白磁の盃が三つと、こちらも同じく白磁で出来た、半合分の大きな徳利。


 徳利を手に取るカナトに、程よく筋を付けながらも白く滑らかな腕が伸びる。


「俺に注がせてくれ」


 アサヒはそう言ってカナトから徳利を貰い、あえて三つ並べた盃にそれぞれ酒を満たす。

 彼は静かに徳利を机に置くと、二人の顔を交互に見やり、口を開いた。


「二人とも。俺と盃を交わしてくれないか」


 外には昼間よりも深みを帯びた青の湖が広がる。

 夜の色を吸った穏やかな湖面には昇った満月の白がくっきりと浮かんでいた。


 空と湖、二つの月の光を受けたアサヒの涼しげな目は細まり、薄めの唇は控え目な美しさで弧を描いていた。


「お前にしては粋なことをするではないか、アサヒ。……俺がその一人で嬉しく思うぞ」


 トウヤはそう言ってにやりと笑うと、盃の一つを手に取り、自身の前に軽やかに掲げる。


「俺としては光栄極まりないことだ。喜んで交わそう」


 カナトもまた晴れやかな笑顔で盃を取ると、力強く前に掲げた。


 残った盃をアサヒが静かに前へかざすと、トウヤは笑みを深くする。


「しかし、育った国も違う三人がこうして契りを交わすとはな。これもご縁の力か」


「そうだな。……二人とも、ありがとう」


 丁寧に紡がれた「乾杯」というアサヒの言葉で、月明かりに浮かぶ三つの盃が交わされる。

 彼らは各々の酒を飲み干すと、同時に盃を置く。

 夜の静寂を湛えたその部屋に、かつん、と気持ちのいい音が三つ重なった。

アサヒの視点がひと段落しましたので、今年の更新はこちらで最後にしたいと思います。

新年の更新は1月6日(金)から始めます。

ハツメの視点からです。


改めまして、いつも拙作をお読み頂きましてありがとうございます。

皆様の全てのご反応が嬉しく、感謝ばかりの一年でした。

来年もお付き合い頂ければ幸いです。

それでは皆様、よいお年を。

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