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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第四章 錫ノ国編
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第百四十二話 反乱軍は

 旧街道を進み、山林を抜けた先には湖があった。

 湖は向こう岸が見えるほどの広さで、空は灰色だというのに湖面は鮮やかな青色を呈している。

 

 湖を見て右側、少し離れた先には焦げ茶色の岩山があり、小さいが白煙が上がっている。


 また、湖の左側、こちらにも山が立つ。『孤高』という表現がしっくりくるような、周囲よりひと際鋭く高い山だ。頂上は雲がかかっており、霞んで見えなかった。


 湖の周囲には旧街道の途中で見かけたような豪華な邸宅が点在しているようだった。


 書き付けによれば、この辺りにカナトがいるのは間違いない。だがどうやって探すか、まさか一軒一軒を訪ねるわけにもいくまい。そうアサヒが考えていると、探しものは向こうから来た。


「ヒダカ王子」


 がさり、と木陰から草をかき分けて出てきたのは、ハクジの砦でアサヒとカナトを出迎えた若者だった。


「あのときの……」


「シグレと申します。お嫌でなければ、以後お見知り置きを」


 二十歳前後の青年はアサヒの前で跪くと、少し上目遣いになりながらアサヒを見る。


「こちらにいらっしゃったということは、カナトさんの元にご案内してもよろしいのでしょうか」


「頼みたい。……あと、堅苦しいのは苦手なんだが」


「カナトさんからもそう言われています」


 アサヒが気まずそうに言うと、シグレは快く頷く。


「ですのでこれは、最低限の敬意の表れです」


 そう言って立ち上がったシグレは、アサヒの目をしっかりと見てから柔らかい笑みを浮かべた。丁寧だが変に他人行儀でない。甘い顔立ちもあってか人当たりのいい印象をアサヒは受けた。


 三人になった彼らは湖を右手に回る。


「通行人が少ないな」


「この辺りは軍の要人が所有する別荘がほとんどなのですが、今は国中の軍関係者がばたばたしておりますので。……その辺の詳細はカナトさんからということで」


 アサヒの言葉に慎ましく返しながらシグレは一軒の豪邸に二人を案内した。一軒手前は石造りの邸宅だったが、こちらは木造二階建ての、厳かささえ感じさせる立派な豪邸だ。中に入り太い梁の下をくぐれば、アサヒの後ろでトウヤがほう、と息を吐いた。


「カナトさん。ヒダカ王子をお連れしました」


 堅い材木でつくられた引き戸の手前でシグレが声をかけると、「ついに来たか!」と部屋の中から大きく快活な声がした。

 室内に通された二人を出迎えたのは、以前と変わらず全身を暗い色に包んだカナトだった。


「久しいな! アサヒ! トウヤ!」


「思ったより変わらないな」


 海ノ国以来だから、離れていたのは三ヶ月足らず。当然見た目が大きく変わることはないだろうから、アサヒが今言ったのは態度の方だ。


「こっちの態度で話さないと口もろくに聞いてくれないだろう、アサヒは!」


 この竹を割ったような態度が『こっち』だとすれば、『あっち』という態度は海ノ国での別れ際の態度か。アサヒに深々と頭を下げ、縋りつくように叫ぶカナトを思い出し、アサヒは苦々しい顔になる。


 それを見てだろう、満面の笑顔だったカナトも眉を下げた。


「……人前ならこうはいかんが、結構傷付いたのだ。あれでも」


「悪かった」


 あまりにカナトが傷心の表情だったためアサヒは思わず謝る。

 だが口にした後で、そんなに悪いことをしたか、と疑問も生じた。むしろあの時点では迷惑を被ったのは自分の方にも思える。いや、「文句は言わない」と約束してカナトとハクジの砦に行ったのだから、結局は自己責任なのだが。


「こちらこそ色々とすまなかった。……さあ掛けてくれ、話があって来たんだろう?」


 そんなアサヒの心を知ってか知らずか、カナトは小さく頭を下げると、再び笑いながら革張りの長椅子へと二人を促した。


 落ち着いた色合いの腰壁と木床に囲まれたここは書斎と共に応接室でもあるらしい。

 壁の本棚には背表紙のしっかりした本が満たされており、今は灯の消えているランプの装飾が大きな窓からの自然光を反射する。

 背の低い木製の机を挟み、二人とカナトはそれぞれの長椅子に腰を落ち着けた。


 ほどなくして、先ほど案内してくれたシグレが色硝子の水飲みと砂糖菓子の入った皿を運んでくる。


 こう思っては失礼かもしれないが、反乱軍という名前から粗野な印象を抱いていたアサヒは少し驚いていた。拠点は豪華で、生活の様子も優雅すぎる。そして視界に入る眩しいこれらが誰かの私物だとすれば、おそらく目の前で堂々と座る青年のものに違いなかった。


「カナト……お前一体何者だ」


 訝しむように口を開いたアサヒに、カナトではなくシグレが答える。


「カナトさんは元々軍閥の名家のご当主だったんですよ」


 爽やかな青色をした水飲みをアサヒの前に置きながら、彼は微笑む。


「当主……?」


「今は軍も抜けたし関係ないがな。家督は親父の死後にそのまま継いだだけだ」


 俺の話はいいだろう、と乱雑に手を振るカナト。

 シグレはそんな彼の様子を見て小さく笑うと、三人に一礼をして部屋を出て行った。


「それより、シャラにいたんだろう。様子を察するに、何かあったのだな」


「シャラにいたと知っているのか」


 さらっと出たカナトの言葉にアサヒが少しだけ身を乗り出す。

 アサヒの目に真剣みが増すと、カナトもまた表情を引き締めた。


「国中に密偵を放っている。シャラにはさすがに入れなかったが、あの近辺までならな」


 カナトは改めて背筋を伸ばし、アサヒを真っ直ぐに見据える。


「最初に言っておくが、アサヒの目的が何であろうと我々は尽力する。お前の求めに応じよう」


 「その為に来たんだろう?」とそのままの目付きでにっと笑うカナト。

 アサヒはその野心がちらつく目を見返すと、はっきりと口にした。


「ああそうだ。反乱軍の力を借りたい。情報網と武力、両方だ。国王に捕まったハツメを助けたい」


「とりあえずの敵はそっちか。いいだろう。……ただし。終わってもお前を解放するわけにはいかんぞ」


「覚悟はしてきた。ハツメが助かるなら反乱軍の将でも錫ノ国の次王でも何でもやってやる」


 念を押すように一字一句力が込められたカナトの言葉に、アサヒは挑戦的ともとれる勝気な口調で返した。

 彼の目にもまた、大きな望みを叶えようとする強い光が秘められていた。


「よし! ならば『力を借りる』という言い方は間違いだ!」


 アサヒの意思を確認したカナトは派手に立ち上がると、明朗な声で高らかに叫んだ。


「たった今これより! 反乱軍はお前のものだ! アサヒ!」

お読み頂きありがとうございます。

明日のあとがきでも再度お知らせいたしますが、今年の更新は明日までにさせて頂きたいと思います。

明日に一話更新後、来年は一月六日(金)から更新を再開する予定です。

年末のご挨拶はまた明日にさせて下さいませ。

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