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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第四章 錫ノ国編
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第百三十八話 地下迷宮戦 四

 地下迷宮の闇の中。こらえていた咳が口からこぼれる。

 ハツメが苦しそうに咳をする後方から、冷めきったカリンの声がする。


「別に我慢する必要はありませんのよ。どうしたってあなたの場所は分かるのですから」


 先程の装束姿の男たちと数言会話したカリンは、その後すぐに男たち全員を地に伏せた。

 頭の熱も冷め、刃に付いた鮮血を布巾で拭きながら地下迷宮を歩くカリン。

 彼女はこれまでに培ってきた繊細な感覚でもって、すぐにハツメを見つけていた。


 ここ地下迷宮において、カリンは人間のわずかな足音や気配、また地下にこもる空気の微小な変化からその人のほぼ正確な位置を把握することができる。これはエンジュにもリンドウにもない、カリンだけの特異な才だった。


 居場所がばれているのならと、ハツメが天比礼(あまのひれ)を振る。

 暗い通路に青い光の波が浮かび上がり、通路に薄い障壁をつくる。

 上質な絹織物のように揺れるそれをカリンは一瞥すると、左方の石壁をひと蹴りして大きく飛び上がる。天井に手を伸ばした彼女は、そのまま上部の隠し扉から地上へと姿を消した。


 地下迷宮に入ってから、カリンがハツメから距離を取るのはこれで三回目だ。

 彼女は一旦ハツメの背後から離れると、ハツメの次の行動を知っているかのように先回りして現れる。


 地下迷宮はところどころ地上の光を取り入れているが、内部構造を熟知したカリンは目をつむっていてもここを歩ける。

 ハツメだろうが誰だろうが、侵入者が次にどう動くかを彼女は幼い頃の経験から予測できていた。


 もはやカリンの手から逃れるのは難しい。


 ならば。迎え討つしかないと、ハツメは覚悟を決めた。


 天井の明かり取りから光が漏れる明るい一角でハツメは立ち止まる。

 他の通路に比べるとやや広いそこは、ハツメが歩いてきた道も含めて三差路になっている。

 ハツメが自分の来た道とは異なる一本を見やると、地上から注がれる弱々しい光を受けてカリンが姿を現した。


「もう逃げませんのね。ここでも思いの外動けますから、正直驚いていましたのよ」


「地中で動くのは慣れてるの」


 暗がりだが、地中での狭まった視野には慣れどころか馴染みがある。

 この地下迷宮とは様相や歴史がまるで違っても、ハツメの故郷もまた地中なのだ。


「谷ノ国、谷ノ民……ふん。本当に、忌々しい」


 カリンはハツメを鋭く睨むと、地を蹴った。


「ああ、憎らしいですわ。貴女もその神宝(かんだから)も」


 ハツメが左手で振り上げた天比礼(あまのひれ)をカリンはすかさず自身の刀身で絡め取ると、思い切り振り払う。

 ハツメも離すまいと抵抗したが、瑠璃色の比礼はあっけなくハツメの手を離れ、宙を漂う。幾筋かに分かれた比礼の端がカリンの後方でひらひらと揺れるのを見やりながら、ハツメは天剣(あまのつるぎ)でカリンの剣を受け止める。


「そのせいでイチル様の右手は何にも(さわ)れなくなった」


 言葉を続けながらもカリンの攻撃の手は緩まない。


「理不尽に何かを奪う四神がいること自体間違ってますのよ」


 その一言に、ハツメの身体がかっと熱くなる。


「あなたたちは理不尽じゃないっていうの! 谷ノ民があなたたちに何かした!?」


 ハツメはカリンの剣を弾いて、天剣(あまのつるぎ)を斜めに薙ぐ。

 漆黒の剣はそれと同色の炎を吹き出しながらくうを切った。


 炎を避けるために距離を取ったカリンが叫ぶ。


「四神は不平等がすぎるのだ! 神宝(かんだから)がお前にしか使えないのが何よりの証拠! お前たちだけが恵みを受けるなんて許せるか!」


 何かのたが(・・)が外れたように、彼女は喚き散らす。


「イチル様は平等に愛して下さる! 尽くしただけ応えて下さる! イチル様を信じて報われないことなんて何一つない! イチル様は、イチル様は、私たちを愛して下さる!」


 それはどこか、自分に言い聞かせるように。


 凄まじい剣幕で叫んだ彼女は、ハツメの天剣(あまのつるぎ)に勢い良く一打を叩きこむ。

 柄の近くから抉られるように払われた天剣(あまのつるぎ)はハツメの手を離れると、からんと寂しい音を立てて地面に落ちた。


 首を下げ何度か呼吸を整えたカリンは静かに話し出す。


「……別に貴女が妬ましいなんてことはありませんのよ。ただ憎らしくて、不必要に思うだけですの。私たちの世界に四神も、四神に愛される貴女など必要ありませんの」


 そう言って顔を上げたカリンの目はひどく冷たいものだった。


「別にいいですわよね。確か四神信仰では、死んだら海ノ神のもとに行くのだったかしら? ちゃあんと大好きな四神様に辿り着けるように、しっかりと息の根を止めて差し上げますわ」


 先程とはうって変わった落ち着いた声に、ハツメの背筋が寒くなる。

 無表情のカリンは指先で自身の愛剣をひと撫ですると、ハツメに肉薄した。


「いい加減死んで下さいませ」


 ハツメが足を動かすこともできない早さ。

 間に合わない、何をすることもできないと、ハツメが迫る刃に恐怖を感じたときだった。



 一つの影がハツメの視界に飛び込んだ。



 ハツメとカリンの間に入ったのは、赤い着物を纏った小さな身体。

 波打つ黒い長髪がハツメの前で大きくゆらめく。


「ケイ……!」


 ハツメをかばい、カリンの一閃を防いだのはケイだった。

お読み頂きありがとうございます。

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