第十四話 御目通り
部屋の中央に座る二人の存在感に、ハツメは思わず後ずさりたくなる。それほどに圧倒される雰囲気だ。
「近くに来い。座れ」
壮年の男性に声を掛けられる。シンに続いてアサヒとハツメも足を進め、正面に座る。
「よう来たの。わしがこの山ノ国の国主、チガヤじゃ」
高齢の女性が口を開いた。
身体は小さく丸まり、整った白髪は身体を覆ってしまうほどに長く伸びている。だが部屋に響いた声は、その出で立ちからは想像もつかないしっかりとしたものだった。
「神伯のビャクシンだ」
そう言うのは壮年の男。白髪交じりの頭、眉間に深く刻まれた皺。眼光は鋭く、その気になれば見るだけで人一人射殺してしまいそうだ。逞しく鍛え抜かれた身体は未だに現役であることを物語っている。
シンが深々と頭を下げる。
「お初にお目に掛かります、チガヤ様。……また、お久しぶりでございます、ビャクシン様」
「……錫ノ国に身を売った男など、覚えておらぬわ!」
かっと目を見開いて一喝するビャクシンに、ハツメは身を震わせた。
シンは変わらず頭を下げたままだ。
「そのことについては言い訳するつもりも御座いません。ただ分かって頂きたいのは、何を投げ打ってでも、仕えたい主がいたのです」
「ふん。あの化物の側室だったか?」
ビャクシンが忌々しそうに悪態付く。
「まぁ待てビャクシンや。シンにアサヒ、ハツメじゃな。トウヤから大体の話は聞いておるよ。辛い思いをしたな」
「……谷ノ国は滅びました」
何も口にするまいと決めていたハツメだったが、チガヤに見つめられ思わず答えていた。
「何をもって滅びたとするかはそれぞれじゃ。まだ其方と、アサヒが生きておる」
チガヤは優しい目で二人を眺め、改めてシンを見る。
「詳しい話を聞かせておくれ」
シンは全ての経緯を説明した。
錫ノ国が以前から戦を企てていたこと。アサヒの産みの親である第二夫人の病死を契機に戦を実行に移したこと。第二夫人が死ぬ間際、シンにアサヒを託したこと。すんでのところでアサヒとハツメを谷ノ国から救出し、山ノ国へ来たこと。アサヒが第二夫人の子ヒダカだということも包み隠さず話した。
また、ハツメは初めて知ったのだが、第二夫人は錫ノ国で数少ない戦争反対派であったらしい。軍の後ろ盾を持つ戦争賛成派の第一夫人と激しく争っている中で、第二夫人が病死。賛成派はここぞとばかりに戦に乗り出したのだそうだ。
「そうじゃったか…… 錫ノ国は抑えが無くなればいつでも大陸統一に乗り出しそうじゃったからな」
チガヤは深い溜息をはいた。
「しかし、一つだけ不可解なことがあるのです」
「谷ノ国を攻めたことじゃな?」
その通りです、とシンは頷く。
「わしは神々から生まれた四つの神宝に関係していると思っておる」
神妙な顔でチガヤは続けた。
「ハツメや。四神神話の中に四つの神宝が出てくることは知っておるな」
「はい。四神が谷ノ国を出た後、それぞれ辿り着いた先で生まれたのが神宝です。山ノ国の天剣、花ノ国の天比礼、海ノ国の天珠玉、錫ノ国の天鏡を指します」
「そうじゃ」
チガヤは満足そうに頷いた。
「では、その神宝を扱えるのが谷ノ民だけだということは?」
「……知りませんでした。神宝の存在すら、神話の中だけだと思っておりました」
「無理もない。神宝は随分と前に行方知れず。またその強大な力ゆえ、谷ノ国では伝承を失った、否、奪われたと聞いておる」
チガヤはゆっくりと息を吐く。
「四つの神宝を揃えれば天地を覆す程の、死者を蘇らせる程の呪力が働くと言われておる。錫ノ国が谷ノ国を一番最初に叩いたのはそれじゃ。いざというとき、神宝の使い手が現れないよう」
ざわ、と全身の血が騒いだ。
「其方らがどうしたいかは分からぬが、この戦と全くの無関係ではいられないかもしれぬ。覚えておくのじゃな」
谷ノ国が襲われた理由がそんなところにあったとは。そのような伝承があることを、谷ノ国は誰か知っていたのだろうか。伝承が完全に失われていたのなら、何も分からぬまま殺されてしまったということになる。
このような理不尽が許されるのか。
「国主様のお話はこれでよろしいでしょうか」
言葉遣いとは裏腹に、ビャクシンは苛立たしげな声を上げる。
「よい。心を柔らかにな、ビャクシン」
ふん、と言いたげにビャクシンは話し始める。
「はっきり言って、お前らのことは信用できん。錫ノ国の戦士、おまけにあの化物の息子ときた」
まるで親の仇でもあるかのようにアサヒを憎々しげに睨む。
「お前らが錫ノ国の間者でないと誰が否定できる? 客観的に見るとその可能性が最も高い」
冷たい空気が流れる。
「本来なら俺が斬って捨てたいところだが、国主様に止められている。しかしだからと言って、何事もなく悠々と山ノ国に留まることは許さぬ」
「……どうすれば?」
シンが問う。
「錫ノ国が新たな戦の準備をしている。おそらく標的はこの国だ。その戦にこちら側として参戦せよ。三人とも、だ。功績を挙げたなら、山ノ国での自由な滞在を認める」
異論反論は切り捨てる、というビャクシンに、ハツメたち三人は承諾する他なかった。
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