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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第四章 錫ノ国編
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第百二十七話 目覚めた夜に

 アサヒの意識が戻ったのは倒れた日の夜、日がすっかり暮れてからだった。


 目を覚ますとトウヤとケイが起きていた。彼は身体に掛けられていた木綿の衣をそっと寄せると、身体を起こす。二人から話を聞けば、ハツメはトウヤが先に眠らせたらしい。体調はやはり芳しくないようだ。


 アサヒの意識が飛んでからもう半日以上が経っている。国王と知らない男のやり取りを見ていた以上の時間を浪費していることに、アサヒは顔をしかめた。


 以前、山ノ国にて錫ノ国にいるであろう母親の様子を見たときも意識が帰るまでに数日かかった。慣れなかったこともあるだろうが、この意識が戻るまでの時間の違いは何なのか。


 アサヒはなんとなく、これは単純に異能の力で見る場所と実際の身体との距離の問題だと考えていた。実際、花ノ国や海ノ国での発現がそうだったように距離の近い場所であればすぐに戻ってこれる。


 また、彼は見る内容の方にも見当が付いていた。これまで見た内容は最終的にはどれも彼の危険に繋がっている。しかし力が発現しないからといって何も起こらないわけではないため、明らかに万能ではない。

 意識が飛んでいる間の無防備な身体を思えばできることなら無くしたい力だが、海ノ国での発現がなければ第一王子と鉢合わせしていた可能性がある。無下にできないのが嫌なところだ。


 とはいえ。

 色々考えたところで、アサヒにこの力を制御することなどできないのだから意味のないこと。


 自分の母親はこの力をどうしていたのだろうか。本当ならばシンに聞けただろうにとアサヒは思い、首を振った。



 ここでシンを頼ろうとするのは間違っている。自分はシンに頼りきっていたから彼を置いていかなければならなかったのだ。花ノ国から逃げるとき、カリンやリンドウとやり合い、かつ勝てるだけの力が自分にもあれば。シンを一人残すようなことにはならなかった。


 シンと再び会えたとき。


 そのときもシンは変わらず自分の従者でいてくれるだろうが、彼に相応しい主になっていたい。ただシンを頼り、与えられるだけではなく。あの真っ直ぐな忠誠に応え、自分の方から彼に何かを与えられるような、そんな主になりたい。



 アサヒはシンと別れてからずっと、彼が生きていると信じていた。信じていなければ辛かった。




 彼がシンに想いを馳せていると、ケイが眠そうに口を開いた。


「あたしもう休みますね。なんだかアサヒさんも大変そうですが、お大事にして下さい。ではおやすみなさい」


「迷惑かけたな。おやすみ」


 ケイはひらひらと手を振って着替え分の衣にくるまると、ハツメの近くに横になった。


「……トウヤ。ハツメを寝かせておいてくれてありがとう」


「ハツメ嬢が子どもみたいな言い方だな」


 アサヒが礼を言うと、トウヤは少しだけ面白くなさそうに小さく顎を上げた。


「俺がそうして欲しくて寝かせただけだ。アサヒに感謝されるいわれはない。……とはいえ、心配するハツメ嬢を抑えるのは苦労した」


 トウヤが苦笑しハツメを見ると、アサヒの視線も自然に彼女に向いた。二人が無言のままハツメを見つめていると、ケイの寝息がわずかに聞こえてくる。


 トウヤはアサヒに顔を向けると、静かに口を開く。


「見た内容を教えてもらえるか」


「ああ」




 アサヒとトウヤは岩に寄りかかるようにして隣同士で座ると、二人を起こさないよう小声で話し始めた。アサヒが異能の力で見た内容を余さず話すと、トウヤの整った眉が少しだけ眉間に寄る。


「トウヤ。どうかしたか」


「……いいや。国王の飼う動物が鷹とは、随分と格好付けているなと思っただけだ。はまりすぎて怖いぞ」


「それもそうだ」


 納得したアサヒが頷くと、トウヤは話を別にした。

 彼は至極真面目な表情でアサヒを見る。


「ケイの話だとシャラまではあと少しなのだそうだ。だがハツメ嬢の具合がこのままなら、明日からはハツメ嬢を背負うべきだ」


「分かった。俺が背負う」


 アサヒが即答するとトウヤはそのまま続ける。


「旅荷の方は俺が持とう。まあ、お前に何かあったときは俺がいつでもハツメ嬢を背負うから教えてくれ」


 そう言ってトウヤはにやりと笑うと、「おやすみ、アサヒ」と言って自分の身体に衣を掛け、岩にもたれたまま目を伏せた。


 アサヒも同じように衣を掛け物とすると口元まで覆う。彼は視界に広がる荒野の夜を眺めながら、先程トウヤと交わした会話を振り返った。


 トウヤとは対等な関係だ。ハツメに関しては「ありがとう」と言うべきではなかった。同様に「すまない」などとは口が裂けても言えないだろう。仮に言った日にはさすがのトウヤも怒りそうだ――


 アサヒは彼の隣で少し反省しながら、次第に増す眠気に身を任せていった。

お読み頂きありがとうございます。

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