第十三話 二千の石段
町に太鼓の音が響く。
山ノ国では鼓楼という建物から時太鼓を打ち鳴らし、朝夕の刻を知らせると聞いた。
つまりこの音は、朝が来たということだ。
ハツメはひと伸びすると、寝床を出た。
朝支度を終えてのんびりしているとトウヤが迎えに来た。
昨日までは庶民と同じ袴姿だったのだが、今朝は神官服だ。白衣に藤色の袴、上に白の狩衣を着ている。
「どうだ! 似合い過ぎて驚いただろう!」
確かにその通りなのだが、本人が言うのが残念だとハツメは思う。
「本当に神官だったんだな」
「ね」
アサヒとそんなやり取りをして出発した。
コトブキは山中につくられた都ということもあり、標高差が大きい。標高が低い順から農業区、商業区、居住区、兵舎区と続いている。
兵舎区に入ると、白衣に黒袴といった服装の人がぐっと増えた。どうやらあれが山ノ国の兵士らしい。すれ違うたびにトウヤに会釈することから、上下関係が窺える。
これから御目通りをする国主の屋敷は兵舎区の更に登ったところにあるようだ。兵舎区を抜けると、大通り程に幅広い石段が見えてきた。
トウヤは石段の下まで来ると一度振り返る。
「初めてだと辛く感じるかもしれぬが、休みたかったら言ってくれ」
両手を広げニヤリと笑う。
「ここが山ノ国一番の名物、二千の石段だ」
二千の石段。
その名の通り全部で二千段の石段で、時折方向を変えながら山の頂上付近に建つ本殿まで続いているらしい。ただ全てが二千段目にあるというわけではなく、国主の屋敷は千五百段目にあるとのことだった。
それにしても。
「ここから千五百段登るのね……」
「どうやって生活しているんだ国主は」
アサヒも顔をしかめる。
御目通りに向け地道に石段を登っていく。人の往来は多く、農民、商人、兵士に神官と様々だ。
七百段目に差し掛かると普段神官たちが過ごしている神官舎があった。神官たちはここで生活しているらしい。
「するとトウヤは今朝神官舎から商業区まで降りてきて、またここまで来たということ?」
「そういうことになるな」
生活していると慣れるものだな、とトウヤは笑った。
やっとの思いで千二百段を上がると、開けた土地に立派なお社があった。かなり賑わっており、大抵の人はここが目的地らしい。折角だから御参りしていこう、というトウヤの提案で寄って行くことになった。
「豪奢に造られているが、ここは仮本殿だ。さすがに山の頂まで参拝するのは皆大変だからな」
年に一度程度なら本殿まで登るが、普段は仮本殿で済ませるのが一般的のようだ。
「山ノ国の人々は足腰が強いのね」
「山ノ国の兵士は身体能力が高く、一人一人が優秀なのですよ」
背後からシンが教えてくれた。
混み合う参拝客に紛れ、御参りをする。
これは山ノ神に祈れば良いのだろうか。
ハツメはここまで無事に辿り着いたことに感謝し、今後もアサヒに何事も無いように祈っておいた。
参拝が終われば、次はいよいよ国主の屋敷へ向かう。ここまで来ると人の往来も少なくなり、ちらほらと神官とすれ違うのみだった。
しかし疲れる。
ハツメは下を向いたまま重い脚を無理矢理上げ、一段一段進んでいく。
「ご苦労だったな。国主の御屋敷だ」
トウヤの声に顔を上げると、先程の仮本殿以上に大きな御屋敷があった。造り自体は一般的な建物と同じようだが、広さはもちろん、柱、壁、屋根の随所に見られる装飾から建設に相当力を入れたと分かる。
見張りの兵士がちらりとこちらを見た。
「其方らには不要な言葉かもしれぬが、粗相の無いようにな」
トウヤの先導で木張りの廊下を進む。
視線を横に向けると、手入れの行き届いた庭園が広がっていた。
トウヤは一つの障子の前で止まると膝をつき、障子の向こうへ語りかける。
「国主様、神伯様、谷ノ国の客人を連れて参りました」
「入るが良い」
ずしりと頭に響くような声がした。
シン、アサヒ、ハツメの順で入室する。
トウヤはここまでのようで、ハツメたちに目配せをすると下がっていった。
何も置かれていない広い一室。
待っていたのは高齢の小さな女性と、壮年の逞しい躯体の男性だった。
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