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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第四章 錫ノ国編
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第百二十四話 荒野の町 三

 夜も遅くなってくると、店内の人は減り、流れている演奏も穏やかな曲調のものになってきた。


「……なんか、一曲歌わせてもらおうかな」


 三人で会話をしてからどことなくぼんやりとしていたケイが呟く。

 そのまま立ち上がったケイは席を離れると、店内を横切っていく。場慣れしているようで、曲の切れ間を見計らい、演奏者の一人に自然な様子で話しかけた。


 話し合いが通ったのか、曲を決めたらしい旅芸者は三人によく聴こえるような向きで立つ。しっとりとした演奏が始まると、目を伏せたケイはすうっと息を吸い、歌い始めた。




銀白の国 私は歌う

栄華を誇る 愛しの故郷


文明を照らし 空に燃ゆる

私だけの太陽


空を仰ぎ 大地を忘れ 歌うあの日 

大地が裂け (ほむら)が包み 黒雨(こくう)が降る


夜を彷徨う 私は想う

大地に宿す ときはの孤独


(ともしび)をなくし 灰に霞む

私だけの廃国




 どこか中性的な穏やかな歌声が店内を包む。

 白い石壁に模様として描かれている色彩豊かな蔓や花が、その歌に合わせて形を変え、今にもざわめきだしそうだ。

 そう三人が思えるほどに、ケイの歌は空間を、聴く人の心を揺さぶった。


 失われた故郷を偲ぶ歌。


 いつの間にか三人だけでなく店内に残っていた全員が、その朗々と響く旅芸者の歌に耳を傾け、身を委ねていた。




 歌が終わり、演奏の最後の音が静かに空気に溶け込んでいく。

 一礼したケイは店中から熱い拍手をもらいながら、三人の元へ戻ってきた。


「なんだか皆さんを見ていたら歌いたくなって。本当は別の故郷の歌が良いんでしょうけど、これくらいしか知らないもので」


 三人が声をかけるより先に、少し照れたような顔でケイが口を開く。


「とっても良かった。これって、なくなった故郷を偲ぶ歌よね」


「はい。随分昔からある歌で。火ノ国が煤ノ国と呼ばれたときの歌だったはずです」


「そんな歌詞だもんな。天災か?」


 アサヒが問うと、ケイは自信なさげに首を傾けた。


「そうなんじゃないですかね。この歌の他には知らない話なので、なんとも」


 小さな身体はそう言うと、ちょこんと椅子に座り直す。


「一人のときだと、故郷のこととか、この歌の意味なんて思わなかったのに。何ででしょうね」


 三人からの目線を外し感傷に浸るようにケイは呟くと、今度は顔を上げ、唇に人差し指を当てて悪戯っぽく笑う。


「私の歌、本当は高く付くんですよ」


「それならお代を払わなきゃいけないわね」


 素直なハツメの返答に、ケイがくすりと笑う。


「そんないいのに。でもそれなら……うーん……また欲しいときに頂いちゃおうかな」


「でも本当に、いいんですよ」と、ケイは目をすっと細めた。




 次の日の昼頃、一行は荒野の町を出た。


 決めていた通りなのだが、ゆっくりの出発。

 昨晩は就寝が遅かったこともあるし、久しぶりに屋内で泊まるということで、休息に重きを置いたのだ。

 実際、綿の白く柔らかい寝床は疲れた身体に心地良く、朝日が昇っても四人をなかなか離さなかった。


「これから次の場所までしばらくかかります」


 照る日の暖かさを吸い込んだ、変わり映えのしない赤土を踏みながらケイが話す。


「それに。大変だとは思いますけど、到着しても昨日みたいにゆっくりはできません。次の町は大きな工業都市で、シャラっていうんですけど。前に話した通り、そこはできるだけ早く抜けたいんです」


「何かあるの?」


「はい。ただ滞在するだけなら割と面白いところなんですけど、いかんせん今の軍との関わり合いが大きいんですよね」


 後ろに続いて歩くハツメが聞けば、ケイは少し緊張した面持ちで答える。


「出払っていた軍も、そろそろ海ノ国から帰ってくる頃でしょうし」


 少し邪魔なのか、ケイは背中の真ん中ほどまで伸ばした髪を大きくかき上げる。癖のある波打つ黒髪がゆったりと宙を舞う。


「だから旅の補給のためにちょっとだけ寄って、その日のうちに発つくらいの気持ちでいて下さい」


「そんなに急ぐのか」


 最後尾から声をかけたのはアサヒだった。

 しばらく時間をかけて行った先が、寄り道程度しかできないところとは。どれほど危険な場所なのかと、彼は眉をひそめる。


「その方がいいです。あの都市ちょっと特殊で、面白いのは本当なんですけど。私も歩くの勇気いるんですよね」


 一度立ち止まったケイは三人を振り返ると、アサヒと同様に眉を寄せる。


「せめてそこに着くまではゆっくり行きましょう。ここからは鉱山の多い地域です。標高は低いですけど、登りますよ」


 そう言ってまた前を向き、歩き出したケイの先には白く乾いた山が続いていた。

お読み頂きありがとうございます。

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