表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第四章 錫ノ国編
127/194

第百二十三話 荒野の町 二

 ケイには行きたい店があったようで、ガス灯が灯ったばかりの夕暮れの町を迷わず進んでいく。


 お目当ての店が飲み屋だというのでアサヒはやや驚いたが、ケイ曰く食べる物もあるし、旅芸者と言えば未成年でも大体問題はないということだった。


 飲食店の集まる通りに出たのだろう。アサヒが通りの向こうまで見渡せば、これから夜の時間を楽しもうとする人々が男女入れ混じり賑わっていた。

 彼は自分の胸下ほどの高さにあるケイの小さな頭を見下ろすと、ふと頭に浮かんだ疑問を投げかけた。


「錫ノ国の飲み屋には女性客はいるものなのか」


「アサヒさんったら。なんでそんなこと聞くんですか?」


「いや。花ノ国には多かったし、ちょっとな」


 アサヒの記憶だと花ノ国では男女同数ほどで、海ノ国ではほとんど男だった。男女の社会的印象の差だと彼は思う。

 ちなみにだが、山ノ国には飲み屋自体多くない。それぞれの家に集まっての宴会がほとんどで、そうなれば身内の付き合いということもあり女性でも好きな人は飲んでいたはずだ。はずというのは、基準が男勝りのユキコとフユコだからなのだが。


「そうですねぇ。東側のこっちは地方のくだけた雰囲気もあって、女性のお客さんは多いです。男女に寛容なのは次に向かう場所の影響もありますね。それでもって、西側の王都辺りだと男ばかりです。でも、あれは別に男だからというわけではなくて……うーん、この説明、長くなりそうなのでまたにしませんか? お腹空きました」


「もうお店の前まで来てますし」とケイは眉根を下げてお腹をさする。


「ああ悪い。ゆっくりでいいんだ、ただ……」


「ただ?」


「いや、俺の杞憂だろう。入ろう」


 そうアサヒが言うと、ケイはいまいち分からないという顔で飲み屋の扉を開いた。


 二人の背後ではトウヤがハツメに山ノ国の外灯について、少し自慢げに説明しているところだった。




 アサヒの心配は杞憂では終わらなかった。


「トウヤさん……もてそうだとは思ってましたけれど、まさかこれほどとは……」


 若干引き気味でトウヤの周囲を眺めつつ、お茶をすするケイ。


 トウヤは今三人から離れ、店の端の方で女性客数人の話し相手をしていた。女性たちの楽しげな笑い声がこちらまで聞こえてくる。


 最初は四人一緒に食べていた。だがトウヤが追加の注文のために席を立ったときに、店内を歩いていた女性客に声をかけられたのだ。トウヤがその女性と二、三言会話をすれば女性は感極まったような様子になり、彼を半ば無理矢理に店の端、自分の女友達が集まる場所へ連れていった。


 彼には女性が話しかけられずにはいられない天性の何かがあるのだろうか。困った素振りを見せずに相手をする辺りは流石だが、絶対に真似はしたくない、というよりできないとアサヒは思う。


 店の入り口近く、壁際の席に最初は二人ずつ並び合って座っていた四人だが、トウヤがいなくなるとケイはアサヒとハツメの座る壁際に椅子を移動させた。

 三人は今、なんとなく壁に沿うように並んで、トウヤの人気ぶりを眺めながら食事を進めている。


 店内には和やかな音楽が絶えず流れている。笛や打楽器、弦楽器の奏者がいて、店内の一角で演奏しているのだ。曲調も店の雰囲気に合った、思わず手拍子したくなるようなもの。


 ケイは店内での演奏があることを知っていてこの店を選んだらしい。アサヒとハツメにとって、この空気は新鮮だった。民族調の音楽が流れる中、和気藹々と食べる食事は一層美味しく感じられる。


 そんな中、真ん中にハツメを置いた形で会話が始まった。


「そういえばアサヒさんって、谷ノ国で育ったんですよね」


「ああ」


 アサヒの出身について、ケイには自然にばれていた。海ノ国を出る際、ケイの前でアサヒは天宝珠(あまのほうじゅ)に触れているし、三人の間柄を見ていて気付いたらしい。


「私の父さんがアサヒを拾ってくれたのよ」


 ハツメがそう穏やかに話すと、アサヒも優しく目を細める。


「そのときから俺の父さんでもあるけどな。……谷ノ国、今はどうなってるだろう。一度戻ったときは塚に手を合わせただけだったからな」


「え。滅んだ後、行ってるんですか?」


 少し(うれ)いたように呟かれたアサヒの言葉にケイが目を見張る。


「ええ。大体一年前かしら。山ノ国を出た時に寄ったのよね」


「……怖くて、中には入れなかったな」


「今度は入りましょう。今なら入れる気がする」


 隣で視線を落とすアサヒを覗き込むようにして、ハツメが言う。その真っ直ぐな瞳、しっかりとした声に励まされるように、アサヒは静かに頷いた。



 谷ノ国を出てから約一年と半年。二人は戦や争い、そして神事を経験しながら、故郷を失った事実を受け入れ、命というものに向き合ってきた。


 戦を止めるのも、アサヒの母親を弔うのも。


 二人にとっては宿命ではなく、自分たちのやりたいことだ。



「なんというか、お二人は……自分たちで考えてここまで来たんですね」


 ハツメとアサヒの様子を見ていたケイは何かを感じ取ったようだった。声は落ち着き、少し驚いたように大きい丸目を瞬かせていた。


「ケイだって、旅芸者として一人で国を巡っているじゃない。凄いと思うわ」


「ええ。そうなんですけど……」


「戻ったぞ」


 上からかけられた声に三人が顔を上げると、トウヤが心なしかくたびれた様子で立っていた。


「お疲れだなトウヤ」


「いや。お嬢さんたちの相手をする分には良いのだ。だが聞かれても話せないことが多すぎる。単純に気を使った」


 トウヤはアサヒの労わりの言葉に返しながら三人に向き合って座る。彼が手に持つ皿には安蘭樹の果実の蜂蜜漬けがのっていた。

 女性たちからもらったこの甘味は、どうやら彼を拘束してしまったことへの謝罪のようだった。

お読み頂きありがとうございます。

区切りがいいとは言えないのですが、文字数の関係で今日はここまでにして、明日も飲み屋での話が続きます。

一話で終わる予定が三話になってしまいましたが、明日で荒野の町は終わりです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ