第十二話 山ノ都コトブキ
これはハツメも知っている四神神話の一つ。
まだ大陸が生まれて間もない頃、四柱の神々が谷ノ地へ降り立った。初めは仲睦まじく暮らしていた神々だが、しばらくすると各々が新たな地を求めて旅立っていく。
四柱の中に山が好きな神様がいた。その神は谷ノ地を出るとぐんぐん山を登り、大陸で最も高い山に辿り着く。そして自身を山ノ神と名乗り、その山を己の土地とし繁栄をもたらしたのだった。
この山ノ神の辿り着いた先というのが、コトブキである。山ノ神の宿るところとして発展したコトブキはやがて山ノ国をつくり、ここを都とした。
ハツメたちは今、コトブキの商用区にある一軒の宿に来ている。宿の主人がトウヤの幼馴染の父親ということで、快く迎え入れてくれた。
肝心のトウヤはというと、宿に着いて早々その幼馴染に捕まり連れられて行った。どうやら本来の仕事を放り出してウロに行っていたらしい。仕事を肩代わりした幼馴染がかなり怒っていた。
また会おう、其方ら! と格好良く言われても襟を引っ張られていたら台無しである。
しかしそのトウヤのおかげで宿の部屋はかなり良いところだ。井草を編み込んで作られた床は汚れ一つなく美しい。植物の清々しく良い香りだ。部屋の位置も最上階の三階である。
アサヒが窓から外を眺めていた。窓は谷ノ国と同様木枠だが、白い紙が貼られており、横に動かすことで開閉ができる優れものだ。障子というらしい。
ハツメはアサヒの隣に座る。
一緒に外を覗くと、都の様子が一望出来た。
「ウロの町と似ているけれど、通りは全て石畳なんだ」
アサヒが楽しそうに話す。
「凄く栄えているのね」
「花ノ国との交易が盛んなようだよ」
「そうなの……」
ハツメはふと視線に気付き隣を見ると、アサヒが見つめていた。
「ハツメ、大丈夫?」
「何が?」
「ここまでずっと連れて来てしまったから。周りのことは関係なくさ、もしハツメの安全が確かなものになったら、俺のことは放っておいて良いんだよ」
俺はどうなるか分からないから、とアサヒが眉を下げて笑う。
「馬鹿なこと言わないでよ。アサヒがいないところで一人悠々と生きるなんて、考えられない。父さんと母さんにも顔向けできないわ」
「ハツメ……」
「そんなことしたら、何より自分が許せない。アサヒが嫌でも、私は一緒にいるから」
ハツメは山ノ国へ向かう中で心に決めていた。
このまま生きることが許されるなら、自身がどうなろうとアサヒのために生きて行く。
アサヒがハツメのかんざしに触れる。四神祭でアサヒに買ってもらったものだ。
そのまま長い指で髪を撫でると、まるで慈しむような目でハツメを見る。
「アサヒ……?」
アサヒは何も言わない。
ハツメもこれ以上の言葉が出てこない。
ざわり、と心が揺れる。
初秋の風が部屋を流れる。
この時間はいつまで続くのだろう。
そう思っていると、
「おーい! ハツメ嬢! アサヒ! 待たせたな! このトウヤが帰ってきたぞー!」
外を見下ろすと、おーい、と通りから叫ぶトウヤがいた。
「俺が迎えに行ってくるよ」
アサヒは笑顔で下に降りていった。
急に見つめて、一体どうしたのだろう。
あんなアサヒは初めてだな、とハツメは思う。
どたどたという音と共にトウヤとアサヒが階段を登ってきた。
「おいハツメ嬢! この男とんでもないぞ!」
「アサヒのこと? そんなことないけど」
「いや! ハツメ嬢の前だけ猫を被っているのだ!」
騒ぐトウヤにアサヒはまぁまぁ、と言いながら部屋の奥に促した。いつも通りの笑顔だ。
「それより、何か用事があって来たんだろ?」
「そうなのだ! シンはどこにいる?」
「呼んだか」
奥の部屋からすっとシンが出てきた。
いつの間にか移動していたらしい。
「では揃ったな。早速だが、明日の朝ここを出て、国主と神伯と御目通りすることが決まったぞ」
三人を見渡しながらトウヤは続ける。
「朝は俺が迎えに来よう。また御目通りだが、おそらく突っ込んだ事情も聞かれると思う。心の準備をしておくことだな」
そう言うとトウヤは仕事に戻って行った。
「突っ込んだ事情……。シン、アサヒのことも聞かれると思いますか?」
「十中八九、話すことになります」
ハツメの問いにシンは答える。
「国主はともかく、神伯は一時期私の剣の師であった方です。私が錫ノ国に身を寄せたということを知っています。間違いなく事情を聞かれるでしょう」
シンは苦々しげに続ける。
「もともと御目通りになれば事情を全て話す方が動きやすいとは思っていました。ただ、神伯は錫ノ国を激しく憎んでいます。私もそうですが、アサヒ様も何を言われるか分かりません」
アサヒが頷く。
「錫ノ国の国王の血を受け継いでいること、ご覚悟下さい。お命だけは私が守ります」
シンはアサヒに跪いた。




