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谷の橋姫 錫の日高  作者: 古千谷早苗
第四章 錫ノ国編
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第百十四話 都への道筋

 大陸の西のはずれ。

 誰の目にも留まらないようなひっそりとした山間部に、谷ノ国がある。

 その小さな国土の全てを占めるのは渓谷。

 深く抉られた谷底を流れる一筋の清流は大陸を東へと進んでいく。

 清流は次第に大河を形成すると、大陸の中心に位置する花ノ国、そしてその北の海ノ国を通り、大陸の北端よりもやや東にいったところから海へと出る。


 大陸をほとんど両断するように流れる大河は、その大きさだけに派川も多い。


 ハツメたちは今、大河から枝分かれした一本の河川を眺める森の端で一夜を過ごしていた。星々が散りばめられた漆黒の空の下、四人は小さく起こした焚き火で暖を取る。


 焚き火の炎に熱せられ、ぱちぱちと脂の弾ける川魚をハツメが頬張る。女性らしい丸みのある輪郭が楽しげに動くと、彼女は笑った。


「川魚、久しぶりね」


「そうだな。今みたいな食べ方は本当に久しぶりだ。……海の魚も、おいしかったが」


「アサヒには何度付き合わされたか分からぬ」


 海鮮物に未練があるらしいアサヒにトウヤが息を吐く。困ったような言い方だが、顔は楽し気だ。

 都を出てから一週間ほど。この三人にケイを加えた四人は少しずつ明るさを取り戻し、出立時よりは和やかな雰囲気で旅路を進んでいた。


「ケイ。アサヒのこと、黙ってて本当にごめんなさい。驚いたでしょう」


 ハツメは改めてケイに謝る。申し訳なさそうに眉を下げるハツメに、隣に座っていたケイは目を少しだけ見開いた。


「もう謝らないで下さい。そうですね、確かにびっくりしました」


 急に反乱軍が出てきましたしね、とケイは笑いながら首を縦に振る。

 そして何か思い至ったのだろう。右手の人差し指を一本出すと、三人を見渡した。


「そうだ。反乱軍の人たちは追いかけて来なそうでしたけど、錫ノ国のほうは。多分、追いかけてくると思うんですよね」


「多分じゃないだろう。確実に追いかけてくる」


 アサヒが前髪をかきあげながら眉を寄せると、ケイは頷く。


「当面の問題は国境越えですね。前は錫ノ国、後ろも錫ノ国」


「確か国境は大河を越えた先の峠にあるんだったか」


 アサヒはシンの故郷へ向かう際にカナトとした話を思い出していた。海ノ国から錫ノ国まで陸路を行くならば、大河を越えて峠の関所を通過しなければならないと彼は言っていた。


「そうです。大河に架かる橋は交通の要になるので、まだ野営張ってると思うんですよね。そして峠の関所。ここもできるだけ穏やかに通りたいですね。ところでこれからって、天鏡(あまのかがみ)でしたっけ。探すんですか?」


 ケイがぱちぱちと丸い目を瞬かせて、三人を見やる。


「そうだな。問題は手掛かりか」


 そう言ってアサヒがハツメの方を向くと、ハツメは一度頷いてから話しだした。


「ミヅハは天鏡(あまのかがみ)の場所に関しては何も言わなかったわ。むしろ存在すら怪しいといわれているって。ただ、少し思うのだけど」


 ハツメは上半身を右に傾ける。豊かな長髪をふわっと横に揺らしながら、彼女は続ける。


「海ノ神様の口ぶりからして、神宝(かんだから)はなくなるものじゃないはず。作られてしまったものはどうにもならないって言ってたから。それと、神宝(かんだから)は四神がそれぞれの地に持っていったものだから、移動していなければ火ノ神が最初に着いた地にあると思うの。それって都よね、やっぱり」


 ハツメがケイを見ると、視線を向けられたケイもまた小さな身体を傾けた。今度は波打つ長髪が横に揺れる。


「火ノ神が辿り着いた地……自信はないんですけど、そうじゃないでしょうか。錫ノ国の国土は荒野がほとんどなのに、都だけは変に緑がありますから。四神の恩恵が本当なら、唯一都だけは恵みを受けているのかもしれません」


「では国境を越えたら目指す先は都か」


 木の枝を火に継ぎ足しながらトウヤが言った。


「都にはアサヒのお母さんもいるでしょうし、それがいいわよね」


 ハツメがアサヒに微笑む。前向きな彼女の笑顔はやはり眩しくて、アサヒは嬉しそうに目を細めた。


「だったら、今後の道のりの話をしましょうか」


 行き先が定まったらしい三人の様子を見て、地面に座るケイは横に右腕を伸ばし、よいしょ、と細い棒きれを拾った。

 左手を地面に付き四つん這いになったケイは三人が覗き込む真ん中で土に地図を描き始める。


 がりがりと描いたのは大きな三角形。ケイから見た上の一角、つまり北側が鋭く尖っている。

 ケイは左の角の近く、西側の辺に近い場所に(バツ)を描くと、口を開いた。


「おおざっぱに、錫ノ国の国土がこの三角です。左の辺が今あたしたちが向かっている山脈、右と下の辺が海です。それでこの(バツ)が錫ノ国の都セイヨウ。これだと海が近いように見えますけど、実際は遠いです。都は山脈にくっ付いてるんですよ。他国との位置関係を言えば、山ノ国と、谷ノ国が近いんじゃないですか」


「そうだな」


 ケイの言葉を受けて、トウヤが三角形の外側の一点、セイヨウの北を指差す。


「山ノ国はこの辺だ」


「はい。それで、今あたしたちが目指す国境の関所が山脈のここ。関所を抜ければ国土の東側に出ます。北端から入るよりは近いとはいえ、やっぱり都までは遠いですよね」


 でも海路はありえないし、とケイは小さく口をすぼめてから話を続ける。


「国境に入ったらひたすら西を目指しましょう。野宿が中心かもしれませんが、できるだけ村や町には寄った方がいいです。荒野が中心の錫ノ国は、野外での食糧確保が困難ですから。……まあ、避けたいところもあるんですけど」


 そう言って三角形の中心部からやや東にいったところに、ぴたりと枝の先を置く。


「ここに大きな工業都市があります。近くに大きな鉱山があって、栄えてるんです。旅の息継ぎのためにはどうしても寄らないといけませんが、軍の影響が大きいところで。出来れば早く抜けたいですね」


 ケイが何か思案するように枝の先をぐりぐりと回すと、その都市の位置に小さな穴ができ、穴の周囲に少しだけ土が盛り上がった。


「この工業都市を抜けたらまた町を転々として、ひたすら西に進んで、ようやく都セイヨウです」


「ケイ、助かる。まずは無事に大河を越えるところからだな」


 アサヒが声をかけるとケイは視線を上げ、彼の顔を見て一度ゆっくりと瞬きをした。瞬きの後、ケイはアサヒの横を見る。


「そうですね。追っ手が来ないといいんですけど。……ああでも、明日は風が強いですね。こっちが頑張れば、追いつかれることはないかも」


 アサヒにそう答えた四つん這いのケイは、彼の背後、夜の帳に瞬く星々を見ていた。

 いつもよりも存在感を放つ白い煌めきは、強風の予兆だった。

第四章始まりました。

お読み頂きありがとうございます。

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