第十一話 出立
ごくりと唾を飲む。
「……私たちは、谷ノ国から来たわ」
「ふむ。あの谷ノ国からの来客とは珍しいな。其方らの様子から察するに、かなり急いて来たのだろう。のっぴきならぬ事情のようだな」
トウヤは三人を一瞥する。
「これ以上は女子が口にするには重すぎる。私が答えよう」
シンの発言にトウヤは頷いた。
「のっぴきならないと言ったが、そうだ。錫ノ国が戦を仕掛け、谷ノ国は滅んだ。我々はすんでのところで逃げてきたのだ」
泥水を飲んだような、不快感がハツメを襲う。
「錫ノ国が戦を仕掛けただと……?」
「ああ。ひいては、国主か神伯に御目通りを願いたいと思い山ノ国へ参った」
「そうか。それは疑って済まなかったな」
「お互い様だ」
気付けば日も暮れていた。日中は騒がしかった町も静けさが覆い始めた。
「明日コトブキに出立するのか」
「アサヒ様の体調次第だが、そのつもりだ」
緊張を崩したトウヤの問いにシンが答える。
「それならば、俺も同行しようではないか。谷ノ国からの大事な客人だからな。はっきり申すと其方らに拒否権はないぞ」
監視の意味も込めているのだろう。
「神官に同行してもらえると、かえって助かる」
「それなら良いがな。しかし、成人したかどうかの男女を様呼びとは、お主も苦労するな」
そう言い残してトウヤは帰って行った。
その夜、アサヒは目を覚ました。
熱を上げたのも眩暈がしたのもあの時だけで、今はすっかり良いらしい。
「悪かったな、ハツメ」
「ううん、元気になったなら良いの。ただ、明日から山ノ国の神官が一緒に付くわ」
「神官?」
トウヤの同行が決まった経緯を話すと、アサヒは複雑そうな顔をしていた。
次の日の早朝、朝飯を食べ宿を出ると、既にトウヤが待っていた。
「はっはっはっ! ご機嫌麗しゅう、ハツメ嬢! 本日からよろしく頼むぞ」
「おはようトウヤ、山ノ都までよろしくね」
ハツメが挨拶を交わすと、横からすいっとアサヒが出てくる。
「あなたがトウヤさん。昨日は助けて頂いてありがとうございます。ハツメも、お世話になったみたいで」
「アサヒと言ったな。構わぬ。それに呼び捨てで良い、敬語も要らぬぞ」
聞きたいことは何でも聞け、とトウヤが言うとアサヒは笑みを深めた。
ウロを出るとこれまでの景色とはうって変わり、木々は低くなり知らない植物がちらほら見え始めた。どうやら高山植物が自生する標高に入ったらしい。心なしか空が近い気がする。
道中、山ノ国の神官の話になった。
山ノ国には国主を支える神官がおり、政治や軍事、様々なところで国をまとめているらしい。神官の長は神伯と呼ばれ、国主の副官として働いているようだ。
「戦のときには神官が兵を率いる、というのが面白いわね」
「本当だね。四神信仰と政治が最も一体化している国らしいからね」
ハツメの反応にアサヒが同意する。
「まぁ神官はもともと文武に長けた者がなるな。だが神伯はまた凄みがあるぞ。いずれ俺がなるだろうな!」
「そうか」
アサヒが素っ気なくトウヤを見やる。
「おい! ハツメ嬢、アサヒとやら俺にだけ冷たくないか?」
「慣れたきた証拠じゃないかしら」
山ノ国の地理に詳しいトウヤが加わったことで、山ノ都コトブキへは快調に進んでいる。到着まであともう少しというところまで来ていた。
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