86 それぞれの理由
「異界……の〝竜〟……」
目の前に居る黒竜ウェールムの言葉に私は呆然と呟く。
異界……? 異世界!? そんな世界があるとしてその世界の竜がどうしてこちらの世界に顕れたの? もしかして……
「この世界が変わってしまったのは……」
この黒竜のせいなの? そんな疑惑を抱いた私の心を読むように、ウェールムが静かに頷いた。
『――左様。我がこの世界へ来たことにより、こちらの世界は変容した――』
この竜が? この竜一体が来たことで世界はこうなってしまったの? しかもその理由が私と戦うこと!?
混乱する私を黒竜は憐れむように目を細め、静かに視線を移す。
『――この世界のことならば当事者に聞くがいい。此度の〝共犯者〟ゆえ――』
「……え」
その視線の先にいた人物――タマチーは唖然とする私へ困ったような……それでいて欠片も悪気のない顔でへらりと笑う。
「タマチー……? どういうこと?」
「あ~、さすがに説明しないとダメ……ッスよねぇ。まぁ仕方ないッスか」
半目で睨めつける私にタマチーはどこかから取り出したパイプ椅子に腰掛け、まるで小さな子に童話でも話すように語り始めた。
「彼の竜のいた世界、ムンドゥスは滅びかけている――」
異世界ムンドゥス――昼と夜、光と闇しかない世界。
半日ごとに昼と夜が切り替わり、自転はなく夕暮れも朝もなく、世界の半分が光で覆われるとき世界の半分が闇に包まれる。
光在るところに火が燃えさかり、闇在るところに水が湧く。
いつしかその世界には植物が生え、動物が生まれ、人類と呼べる知性在る生き物が文明を創り、平和に暮らしていた。
でも、その平和は徐々に失われていく……。
少しずつ、ほんのわずか、日に半歩ほど、〝夜〟が〝昼〟を食らい始めた。
ムンドゥスは数億年の時を経て、突然〝変容〟した。
徐々に……しかし確実に変わっていく世界。昼の光で燃えていた火は徐々に失われ、夜に沸き出していた水が溢れていく。
知恵のある生き物がその原因を探り、食い止めようと足掻き始める。
だが、一歩、また一歩と夜は広がり続け、溢れた水は大地を覆い、火を失った世界は凍り付いていく。
それから数年後……。生命が次々と息絶えていき、滅びていく中で、〝世界〟は一体の〝竜〟を新たに生み出した。
『――それが〝闇の竜〟だ――』
世界が滅んでいく原因とは何か?
知恵のある生物が増え、世界を我が物顔で消費しはじめたことで、生き物たちは世界への感謝を忘れ、心の中に〝闇〟が生まれる。
その〝闇〟はついに世界の修正限界を超え、その世界の生き物に牙を剥いた。
「でもね、〝世界〟だって気づいていたんスよ。でも……」
〝世界〟は原因に気づきながらも何もしなかった。
闇が世界に満ちて、世界を消費する生命が減るまで……。
そして生命が一定以上減ったことを確認した〝世界〟は、過剰となった〝夜〟を他の世界へと送り出した。
自らが生み出した〝竜〟を道標として。
「……その〝夜〟ってなんなの?」
どうしてそれが来ただけで、こちらの世界はこうなってしまったのか?
その〝夜〟の正体とはなんなのか?
「ちょうど良かったんッスよ。こっちの世界も人間が多くなりすぎて、世界が滅びかけていたッスから」
〝夜〟が増えすぎたことで世界が滅びかけていた異界ムンドゥス。そして環境汚染が深刻になり、人間が自然を敬わなくなったことで星のバランスが崩れ、それが足りなくなったことで、この世界もまた滅びの道を進んでいた。
でも、異世界より送り出された〝竜〟がどれほど強大だとしても、世界から世界へと渡ることは簡単ではない。しかし、それが足りないために緩やかな滅びに曝されていた地球は、ムンドゥスの過剰な〝夜〟を受け入れるために自ら〝竜〟を呼び寄せた。
「必要なものを得るために。そして……過剰な〝人間〟を減らすために」
「正解ッス」
私の出した答えにタマチーが笑う。
この世界に人が増え続ける限り、世界は滅びへの道を進んでいく。でも、もしかしたら人間もそれに気づいて滅びは回避できたかもしれない。
だけどこの世界は、人類の覚醒ではなく駆除することを選択した。
その力の正体は――
「ムンドゥスの昼の光は〝太陽〟の力。そして夜の闇は――」
――〝魔素〟――
魔素、魔力、超常の力。自然を源として精霊がそれを生み出す。魔素は世界を一つの生命とするのなら、〝血液〟に該当する、世界にとって必要なものだった。
異世界ムンドゥスでは魔素が夜の代わりを務めていたのだろう。
そして地球では〝魔素〟が満ちることで生物が〝魔物化〟を始め、人間を駆逐し、雷獣や雪男のような魔物が生まれ始めた。
人間からも魔素に順応してそれを〝力〟とできる個体が生まれ、いずれはすべての人が魔素に順応した〝新人類〟に変わっていく。
身体能力だけでなく、リクやソラのような幼い子たちの外見的変容もその一つなのだろう。
「それで生まれたのが花椿ちゃん、君ッスよ」
「私が……」
〝竜〟とは魔素を管理するモノ。
長らくそれが枯渇していた地球で〝竜〟は消えていたが、ムンドゥスより魔素が送られてきたことで、地球はまた〝竜〟を生み出した。
「本来なら、もっと早く目覚められたッスけど、竜の卵が出現したことで火山が活性化して、それを人間の調査隊が回収したことで、目覚めるのに十年も掛かっちゃったッス」
魔素が夜の代わりをしていたムンドゥスでは闇の竜が生まれ、火以外の精霊力が衰退していた地球では、〝火竜〟が生まれた。
でも……。
「問題が発生したッス。でもうちのせいじゃないッスよ?」
問題は、この地球の許容量に対して、ムンドゥスから送られた魔素が多すぎたことが原因だとタマチーは話す。
地球側の想定通り、人類の九割以上が死に絶え、今尚、滅亡の危機に瀕している。
でも、変異種であり正当な〝魔物〟である雷獣のような存在が想定よりも早く生まれてしまっていた。
本来なら火竜である私が火山の〝熱〟を吸収して数年で生まれたら、ある程度は管理できていたはずだけど、人間がそれを妨げたことと、想定より魔素が多かったことで、地球は今、新人類が成長するよりも早く再び滅びが迫っていた。
「ムンドゥスは初めから、こっちの想定以上の魔素を押しつけるつもりだったッス」
最初からムンドゥス側の〝竜〟と、地球の〝竜〟は戦う定めにあった。
私という存在を押しのけ、自らがこの世界の〝竜〟の座に納まり、この地球をゴミ捨て場にしようとしていたのだ。
でも――
「うちは、それでも良かったッスよ。一度滅びかけた世界ッスから。だから、花椿ちゃんには最低限の〝知識〟しか与えず、自分でこの世界を観て、この世界の代表として、この星の未来を選んでほしかった」
優しげな笑みを浮かべて私に選択をさせると言うタマチーは……まるで、自分の子どもを見守る母のように見えた。
「……タマチー、あなたは何者なの?」
再びそう訊ねる私に、大まかな説明を終えたタマチーは笑みを浮かべたまま、そっと言葉を零した。
「うちは〝地球〟……。この星の〝意思〟ッスよ」
いつも誤字報告ありがとうございます。
ついに判明したこの世界の秘密。
次回、最終話 花椿の選択




