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竜娘が巡る終末世界  作者: 春の日びより
第三章 生きていく世界
65/87

65 新人類

ヘイト表現があります



「……ハチベエ、大丈夫?」

『わふん……』

 声をかけるとハチベエは、私が銃弾を受けた脚の傷を心配そうに舐める。

 至近距離で受けた狙撃用のライフル弾はかなりの衝撃があり、私の赤い鱗を砕くほどの威力があった。それでも貫通するほどではないし、骨も折れていない。今もパキパキと新たな鱗が傷口をかさぶたのように覆い、再生が始まっている。

「……これは」

 地面にはあの金髪の子が仲間を助けるために回収できなかった、あのライフルが残されていた。

 拾ってみるとかなり大きくて重い。このサイズのライフルがあの威力なら、それ以下の口径の弾なら鱗で弾けると思う。


「あの向こう……か」

 金髪の子たちが去って行った方角に目を向けて、遠くを見るように目を細める。

 単純にここから離れたかっただけかもしれないけど、無意識に〝拠点〟に向けて撤退した可能性がある。特にまだ〝子ども〟だとしたら尚更だ。

「子ども……か」

 私の脳裏にアキやリンたちの顔が浮かび、あの金髪の子たちと重なっていく。たぶんあの子たちは……アキたちと同じ(・・)だ。

 世界がこうなってしまった十一年前、それ以降に生まれた子どもたち。

 人間は身体が大きくても巨大生物となることはなかった。私はその理由を元の知能や理性にあるのではないかと思っていたけど、あの子たちがその〝進化〟の姿ではないの?


 そう考えると嫌な推測が頭に浮かぶ……。

 この世界の生物は全部が巨大化しなかった。兎や犬のような中型の生物や、魚やカエル、ザリガニのような水棲生物は巨大化していない。

 私はこれまで中型の生物が少ないのは、巨大生物の餌になったのだと思っていた。でも、それならどうしてネズミや昆虫のような生物が大発生していないのか?

 冬が寒くなったことで小さな生物は減少したと考えていたけど、もしかしたらこの〝世界〟のすべての生物は、私の咆吼と同じような〝選別〟をされていたのかもしれない。

 その結果が、一定以上の大きさを持つ生物の〝巨大化〟であり。

 その結果が、新たに生まれた人間の〝強化〟ではないだろうか。

「……気持ち悪いなぁ」

 まるで〝意図的〟にそうされているような気持ち悪さがある。

 あの集落にアキよりも年上の子どもがいなかったことが嫌な気分になる。子ども連れは先に避難した可能性もあるけど……どちらにしても金髪の子たちの拠点に行けばある程度の〝答え〟は得られるような気がした。

「ハチベエ、ちょっと探し物するよ」

 そのためにはまず必要なものがある。そう考えて移動しようとした私をハチベエが毛皮の衣装を噛んで止めた。

『わふん!』

「……ああ、ご飯が先なのね」

 ハチベエの視線を追うとそこには倒されたばかりの巨大雌ライオンが横たわっていた。


 肉食獣の肉は臭い。食べたものの臭いがそのまま肉に移るからだ。

「……私って臭くないよね?」

『わふん?』

 私が心臓と肝を貰い、ハチベエがその他を食べているときに訊いてみると、ハチベエが口の周りを真っ赤にして首を傾げた。なかなかに猟奇的。

 そっかぁ、わかんないかぁ。私とハチベエは野菜も好きだから臭くないよね? ヒナ、リク、ソラの三人も私によく抱きついてきたから、たぶん私はフローラルな香りがする。


 巨大生物の肉をあらかた食べると、私の傷も癒えて鱗がポロポロと崩れ落ちた。肉食獣のお肉は臭かったけど、私の力も少し上がった気がした。

「よし、腹ごしらえも済んだから行こうか」

『わふん!』

 散歩じゃないよ? わかってないでしょ? それから、できるだけ血を抜いた残ったお肉をビニール袋数枚に入れて出発する。

「あ、これも持っていこう」

『わふぅ』

 私がライフルを拾いあげると、それが私を傷つけた武器だと理解しているハチベエが少しだけ嫌な顔をする。大丈夫だよ、使うわけじゃないから。そもそも弾が残っているかもわからないし、それに……。

「私の〝竜の息〟のほうが強いから!」

 そう言って私は胸を張る。

『わふぅ……』

 なんで、呆れたような顔をするかな!?


 私が探しているものは地図だったりする。これまでも小学校などで見つけた地図を見ながら旅をしてきたけど、それはあくまで地理を勉強するためのもので詳しいことは書いていないし、精度も低かった。

 私が探しているのは主要な建物が書かれているような地図。でも世界がこうなる前はパソコンやスマホで簡単に地理が調べられたから、紙で残っているものは少ない。

 だから私が探しているのは交番だ。でも……。

「う~~ん」

 交番はすぐに見つかったけど、目当ての地図はすぐに見つからなかった。

 地図はあるんだよ。この地域の凄く詳しい奴が。でも、私が欲しい、ある程度詳しい大きな地図が見つからない。

 大きな交番か警察署ならあるかな? そう思って近隣の地図を見ているとそれが目に付いた。

「図書館か……」


 幸い図書館は無事だった。一部硝子が割れてダメになっていた書籍もあったけど、地図は倉庫にしまわれていて丸一日かけて見つかった地図と、金髪の子たちが走って行った方角を照らし合わせると、とあるものがあった。

 ここなら設備さえあれば数万人が十年は暮らせて、新たに物を作ることもできるはず。

 それは……。

「石油化学コンビナート」


   ***


 石油化学コンビナート。石油を貯蔵するだけでなく火力発電所や製油、製鉄、石油を扱う企業が集まる場所。

 十一年前のあの日、世界が変質して流通が止まった。時の政府はコンビナートに貯蔵された石油を使い市民の生活を保つことはせず、軍事方面の利用と長期貯蔵へと切り替えた。

 在日米軍とも連携してその地を基地や避難所として使うための設備を建造し、一部の避難民を受け入れたその施設は、十年が経ち要塞のような有様に変わり果てることになった。


「それで貴様は、貴重な装備を放棄して撤退したということだね」

「……はい」

 コンクリートで囲まれたその部屋で、小さな電気の光に照らされたくすんだ金髪の少女が上官から尋問を受けていた。

 政府が数年で崩壊して、国民に選ばれた政治家などという肩書きが意味をなさなくなり、権利を訴えていた似非活動家が排除され、実権は生産施設を持ち、備蓄を持つ大企業、そして軍事力を持つ米軍と自衛隊によって支配されている。

 その中で、対〝巨獣〟部隊である二〇八分隊の小隊長である金髪の少女……ジェニファーは脅えた表情で、軍人らしき男からの威圧に耐える。

「あれがどれほど貴重な物か貴様も分かっているだろう。まだ〝教育〟が足りないか?」

「で、ですが――」

 ガッ!

 発言しようとしたジェニファーの肩を背後にいた兵士らしき男が棍棒で打ち据える。

「口答えとは……本当に〝教育〟をされたいのか?」

「……申し訳……ありません」

 打たれた肩を手で押さえながらジェニファーが頭を下げる。


 備蓄と生産により物資はあるが無限ではない。槍のような特殊な鋼材も貴重ではあるが、世界変質前の精度の良い重火器は貴重であり、替えのきかないものであった。

 それでも軍には属しているが十歳前後の少女に振るわれる暴力に、周りの大人は同情を示しはせず、逆に畏れるような表情を浮かべているのは何故か。

 対巨獣部隊。世界の変質後に生まれた子どもたちの異常性に気づいた大人たちは、新たに生まれた〝異物〟を大いに畏れた。

 平和な時代で精神に余裕があれば忌避こそすれ受け入れたのであろうが、家族を、友を、愛する人を殺され続けた人間たちは異物を受け入れる余裕がなく、排除する方向で決まりかけていたが、その中で兵士不足を憂いていた軍部は、新たな子どもらの身体能力を利用することを思いついた。


 物心つく前からの徹底した思想教育。休む間もない身体訓練。変質前の人間が聞けば目を覆いたくなるような拷問に近い訓練を幼子たちに施しながらも、大人たちは罪悪感なく子どもたちを畏れていた。

 いずれ牙を剥く。いずれ反逆する。こいつらは人間じゃない……。

〝巨獣〟の同類だ。

 いずれ新人類に駆逐されてしまうかもしれない旧人類の恐怖。

 特に、四歳まで米軍夫妻の許で育てられ、排除を免れた数少ない初期組であるジェニファーは思想的に不安定であり、それが彼女への〝教育〟に拍車をかけた。


 ――ポトリと、何度か打ち据えられて蹲るジェニファーへ薬剤が放られる。

「あまり反抗的なようなら〝薬剤〟の提供を減らすことになる」

「――い、いや」

 その言葉にジェニファーの顔に恐怖が浮かび、慌てて放られた薬を掴むように抱え込んだ。

「次の働きを期待する。下がってよろしい」

 上官はそう言うと兵士たちを連れて尋問屋を後にする。即座に電気が消され、闇に包まれたコンクリートの冷たい部屋で、ジェニファーは蹲ったまま小さく嗚咽を漏らした。

「……Dad……mom……」



石油化学コンビナートへ向かう花椿とハチベエ

そこで見るものは……


誤字報告ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
ヤク中かよ!? 世界が変質したっていっても、これはまた…………。 あまり一般人の思考ではない気がするが、といって軍人系とも言い難い。 ん? 現在世界が変わってから11年。 ここの子どもたちが「新人類…
こう見ると、アキ達は、まだマシだったのかなって考えちゃうな…
[良い点] ふと花椿が虐げられている新世代の子供たちを束ねて新しい国作る感じかなぁと思ったけどまだ現段階じゃ何も言えないか [一言] でも普通にちょっと特別とはいえ子供を虐待してる奴らは処すべき
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