60 駈けるモノ
「それじゃ行こうか」
『わふん!』
夜中に意味の分からないダチョウの襲撃を受けたけど、とりあえず半壊した珈琲ショップから使えそうな物資を回収して出発する。
一応、珈琲豆は炒ったほうも乾燥した生の物も纏めて持っていくことにした。そのうちどこかに本でも残っていたら、あらためて勉強しよう。
「あ、こら」
『わふ!』
突然駆け出したハチベエを私も追いかける。別に放っておいても勝手に戻ってくると思うけど、この辺りでまだご飯を見つけていないし、すでに私よりも大きい空きっ腹のハチベエを抱えて移動するのも面倒くさい。……そのときは抱えて飛ぶか。また焦げても諦めてもらおう。
それにしても……。
「この辺りって、町なんだね」
ずっと国道沿いに点々と農家がある集落かと思っていたけど、よく見れば雑草と落ち葉で埋もれた細い道があって、そちらの方には森に埋もれた民家らしきものが見える。それでも市街地と違ってアスファルトよりも地面が多いこの地域だと、巨大樹木に浸食されてほとんどの家屋は倒壊していた。
物資は……ダメだろうね。農家だから倉庫に袋詰めの穀物とか残っていそうだけど、十年前の穀物とかもう土に還っているよね? それに……。
「居そうだよなぁ……」
森や山に入ると巨大生物の遭遇率が上がる気がしている。
これまで遭遇した巨大動物の動物園案件が多いのは、日本に大型野生動物が少ないからだと思っていたけど、野生動物は飼育された動物と違って警戒心が強いのでは?
外敵のなかった外来種も似たような感じかも。でも視界が開けた場所なら知能が高くなった野生の巨大生物は近寄らないかもしれないと考えた。
民家辺りは道路から離れているので巨大樹木に呑まれているけど、道路周辺は広くて背の高い草原が広がっているから、襲われることが減るかもしれない。
『わふぅ!』
「わかったって」
意外と背の高い草むらに埋もれるようにハチベエが早く来いと吠える。草は視界を遮るほどじゃないけど、結構邪魔だね。
「よぉ~しっ」
私は両脚に軽く〝熱〟を込めて、腰辺りまである草むらを吹き飛ばすように全力で駆け出した。
『わふっ!』
それを見たハチベエが張り合うように草むらを走る。ハチベエも巨大動物。たとえまだ仔犬でもこの程度の草程度なら障害にならず、まるで芝刈り機のように駆け抜けていった。
私も少し楽しくなって草を地面ごと吹き飛ばすようにハチベエと並ぶ。
『わふう!』
「あははっ」
そうして二人して草原を走っていると――
ドドドドドドドドドドド――ッ!
どこかで見たことのあるような背の高い巨大な物体が、数百メートルほど離れた横の草原を爆走していた。
あれは……巨大ダチョウ!? 夜中に襲ってきてただ珈琲ショップを破壊してそのままどこかへ去っていったけど、まだこの辺りにいたの?
草原を爆走するその巨大ダチョウをなんとなく見ていると、突然こちらに顔を向けた巨大ダチョウは、バサバサと翼を羽ばたかせながら近づいて併走してきたので私も思わず身構える。でも巨大ダチョウは近づいてきても襲ってくることはなく、まるで遊ぶように羽根を羽ばたかせた。
「……え~~……」
なにこいつ? なに考えているの? よく分からないけど敵対する意思はないってこと?
それならそれでいいのだけど……?
『わふん!』
……ハチベエも楽しんでいるならいいか。そう思った瞬間――
『――――!?』
ハチベエに反応した巨大ダチョウがこちらを見て、鳥類の顔であきらかに『騙された』みたいな表情を浮かべた。
『グェエエエエエエエエエエエッ!!』
「え、ちょ、なんで!?」
『わふっ!?』
巨大ダチョウが併走しながら怒りを表すように、羽根をばたつかせてぶつかってくる。
咄嗟に何もできず、困惑しながら攻撃を受ける私とハチベエ。
「――あっ、ハチベエ!」
『わう!』
進行方向に大きな〝河〟を見つけて、私たちは急カーブをするように進路を変えるが。
『グェエエエエエエエエエエエッ!?』
ドッポォオオオン!
巨大ダチョウは先に河があるとも気づかず、そのまま河に突っ込んでジタバタ足掻きながら下流へと流されていき、それを私とハチベエは呆然と見つめて思わず溜息が漏れた。
「なんだかなぁ……」
『わふ……』
まぁ、過ぎてしまったことは仕方ない。とりあえず大きな河があったので、そこで食料を獲ることにした。要するに魚獲り。
『わふ!』
ハチベエが河に飛び込んで一メートルクラスの魚を次々と獲っていく。でもやっぱり大きい魚はほとんど外来種だった。ハチベエはあんまり気にしないけど、大型の外来種って悪食だから身が臭いのが多いんだよね。
「そこで、これを使います」
『わふぅ?』
私は近所の農家から借りてきたブルーシートを広げて見せた。
本日はサバイバル飯。……まぁいつもそうなのだけど。
とりあえずハチベエが頑張って獲ってきた雷魚やら鯉やらナマズやら、ひたすら牙ナイフで鱗を取って内臓を取り出し、頭をぶった切って河へ放り投げると、それを待っていたようにハチベエが飛びついて食べていた。
開いた身を洗って枝に刺し、持ってきた大量の塩を塗ってしばらく放置。
その間に切り倒した木を使って枠を作り、ブルーシートで覆っていく。
匂いが強そうなのでサクラでもあれば良かったのだけど、ないのでブナっぽい木の落ちていた枝を拾い、細かく砕いていく。
ブルーシートの中に魚の開きを並べて、ブナのチップに火を入れて、入り口を塞いで何時間か待ったら出来上がり。
「簡単でしょ?」
『わふ?』
何時間か待つと知ったハチベエが情けなさそうな顔をする。……やっぱり魚の頭だけだとオヤツにもならなかったか。
「大丈夫だよ。ほら」
『わふ!』
河のほうを指さすと、内臓を放り捨てた辺りで沢山の魚が集まり、ハチベエが喜んで飛び込み、生のままの魚を食べ始めた。あ、私にもちょうだい。
日が暮れた頃になって、良い具合に水分が抜けた外来種の燻製が完成した。今日は沢山生魚を食いだめできたので、夜は数匹分を焚火で炙り直してチマチマと食べることにする。
「美味しい?」
『わふん!』
美味しいらしい。ハチベエは辛いもの以外、全部美味しいのではないだろうか?
まぁ私も美味しかったので良しとする。多少臭みは残ったけど、この程度なら問題ないと思う。
「そうだ……」
せっかくなので炒った珈琲豆を消費しよう。
『わふん?』
小鍋を用意し始めた私にハチベエが首を傾げる。前にエグかったのは煎り方が足りなかったのかもしれないから、もう少し炒っておく。
カラカラと鍋を揺すっていると仄かに良い香りがしてくる。炒った後は、粉にする道具は持ってきていないので、牙ナイフの柄で少しずつ磨り潰す。
珈琲ショップから貰ってきた銅のカップに粉を入れて……水はどのくらいだろ? 汲んだ河の水を沸騰させ、冷ましながら沈殿物を落ち着かせてから上澄みをカップに注ぎ、沸騰する程度の温度で珈琲を煮出す。
そして珈琲が冷めない程度に粉を落ち着かせて……一口。
「ん……不味くはない……かな?」
『わふん』
『グェエ』
…………ん?
『グェエエエエエエエエエエエッ!!』
「また来た!?」
ドカンッ!
『わう!』
突然嘴で攻撃を仕掛けてきた巨大ダチョウを私とハチベエが跳び避ける。
意味の分からない奴だけど、明確に敵意があるのなら私の敵だ。
「あれ……?」
『グェエエエエエエエエエエエッ』
何故か巨大ダチョウは何故か避けた私たちを気にもせず、一生懸命小鍋を攻撃していた。
いや違う? 引っ繰り返した小鍋から零れた珈琲豆をひたすら攻撃していた。
これは……もしかして珈琲の香りに誘われてきた? でも好きって感じじゃなくて、もしかして珈琲の匂いが嫌い?
『グェエ……』
巨大ダチョウの視線が私を……じゃなくて持ったままの珈琲カップに注がれてきた。
『グェエエエエエエエエエエエッ、グエッ!!』
マジで!? 昨日珈琲ショップを襲ってきたのも珈琲の匂いが嫌いだったから!?
いきなり飛びかかってきた巨大ダチョウに思わず私は逃げ出した。いや逃げる必要はないような気もするけど、意味が分からなくて逃げ出していた。
珈琲カップを抱えたまま全力で駆け出す。それを追ってくる巨大ダチョウ。
『わふん!』
何故か、遊んでもらえると思ったのかご機嫌な感じで併走するハチベエ。
「ちょっとぉおお!?」
巨大動物なんでしょ!? 頭良いんでしょ!? なんかこう、人間が憎いからとか、竜を食ってやるぞとか、なんかこうあるでしょ!?
『グェエエエエエエエエッ!?』
併走しかけた巨大ダチョウが私を見て『騙された』みたいに驚いた顔をした。
また!? 何に騙されたのよ!
「えい!」
走りながら持っていた珈琲カップを河に投げると、それを追って巨大ダチョウとハチベエが飛び込んでいき、巨大ダチョウは羽根をばたつかせながら下流へと流されていった。
「ハチベエ!?」
『わふん』
いつの間にかハチベエだけが泳いで戻ってきていた。
なんだかなぁ……。
私は脱力感を覚えながら荷物を纏め、ここで泊まることはやめてハチベエと一緒にこの場から出発することした。もう戻ってきませんように。
後日、見つけた動物図鑑で、ダチョウは走っているものを見ると仲間と思い近づいてくるけど、仲間じゃないと攻撃してくると知った。ちなみに珈琲嫌いとは書いてなかった。
巨大化すると知能が高くなるんじゃないの……?
ダチョウですからね……。




