39 廃墟の村落 前編
山の向こう……その合間に打ち上がった花火。
たった一つだったけど、電波塔の放送局からのラジオを聞いて、誰かが自分がいることを教えてくれたんだ。
きっとそこには〝人間〟がいる。……ウータンみたいな前例もあるけど、あれは色々な要素が奇跡的に合わさった例外だと思っている。
奇跡というなら、十年も経ってほとんどの電化製品が用を足さなくなり、電池や燃料がほとんど無くなった今の状況で、あの短時間の放送を誰かが聞いてくれていたことが奇跡だった。
そこに貴重な連絡手段を使ってくれたのだから、場所が何処であれ、そこに行かないという選択は私にはない。
新しい目的地は、商業ビルから持ってきた地図でも確認できた。
山の向こう側だからなんとなくそんな気はしていたけど、思いっきり隣の県だった。そしてやっぱり最初に目的としていた南と違う、北西方向だった。
そして問題は、地図には載っていたけどその地図の縮尺がかなり大きかったこと。縮尺が大きい地図は大きな道路しか記されていないこと。そして、この十年でほとんどの道が埋まってしまっていたことだった。
それはつまり、何が言いたいのかというと……。
「……迷った」
だって仕方ないじゃない! 目的地の目印は山の向こうである事と、方向だけなんだもん!
そこから直線上で、人の住めそうなエリアを絞り込もうとしたけど、範囲が広すぎる。
結論としてはそこまで遠くはないけど、近くもない。正直、人がいなくなって空気が澄んでいたからギリギリ見えたようなもので、空気が汚れていたら確実に見えない距離だと思う。
そこで、たぶん県道やら通って行ったら確実に目的地を見失うと思った私は、森も山も突っ切って〝真っ直ぐ〟向かうことにした。
真っ直ぐ向かえば、多少距離感が違っていても見落とすことはほぼ無いはず。花火を上げるくらいのことをしてくれたのなら、きっと目印もあるはず。
私って、もしかして賢い!?
……そんなことを思っていたときもありました。
十数メートルもある巨大樹木の森なんて、真っ直ぐ歩けるわけがないじゃん!
一応、星の位置? とか、だいたいの方向が分かるから平気でしょとか思っていたけど、勉強もしていない私が正確な位置が分かるはずがないよね!
そんなことをして気がついたら三週間くらい過ぎていました……。
「春だねぇ……」
偶然見つけた小川の大岩に腰を下ろして、なんとなくそんなことを呟く。
この三週間で残っていた雪もあらかた消えて、木の芽やら山菜の新芽やら食べられるものが増えて、春を実感する。
小川だけどかなり綺麗なので、ひさしぶりに喉の渇きと癒すために大量の水を飲んで、水浴びと洗濯をした。
「……なんで燃えなかったん?」
胸当てと腰巻きの毛皮も洗ったけど、この前、大量の炎の中にいたというのに毛皮には焦げ痕ひとつ付いていない。不思議!
完全に〝私のモノ〟になったということかな……? 知らんけど。
洗濯した毛皮を乾かす間、せっかくのひさしぶりの水辺なのでご飯にする。
大きな魚はいないけど、小さい蟹とか手長海老とかも獲れた。あといつものザリガニだけど、ジンベエの所に大量にいた外来種でアメリカンな奴じゃなくて、在来種のザリガニ。
たぶん、身体能力も上がっているのだと思う。目も良くなって、微かに動いたものに手を伸ばせば簡単に獲れる。
そこら辺の枯れ葉と枯れ枝に、私の〝熱〟を使って火を熾し、じっくりと熱した平たい石に並べて焼いていく。私の〝息〟で石を熱すれば早いけど、そうじゃないんだよね。
――バリ。
「ん!」
じっくりと焼いた蟹を殻のまま噛み砕く。軽くお塩を振っただけだけど、充分に美味しい。人間だと焼いただけでは噛み砕くのは大変かもしれないけど、私の牙ならまったく苦でもない。
噛むと香ばしさが最初に来て、中からじゅわっと濃厚な汁が口の中に広がる。数センチから手の平大まで次々と平らげ、サリガニやエビも食べていく。
微妙に味の違いがあって良いね。沢ガニは味噌が苦くなくてちょっぴり甘い。
最後にちょっぴり腸が苦い小魚を丸ごと平らげ、今日のお昼ご飯とした。
「ふぅ……ごちそうさま」
口をゆすいで歯を磨いて、乾いた毛皮を着直した私は荷物を担いで出発の準備をする。
とりあえず山のてっぺんを目指そう。そこからなら燃え残った電波塔も見えるし、そうすれば方向も分かるはず。上手くすればそこから人の集落が見えるかもしれない。
それに山のてっぺんなら方向的にもそんなに間違ってはいないはず……たぶん。
そこから丸一日掛けて……偶に迷いながら、時々高い木に登って確認しながら登って、ようやく山頂らしき場所に到着する。
「着いたぁああああ……」
持ってきた鰐の肉も食べ尽くしたし、本当にギリギリだったよ。これならなんとなく気分じゃないからって、カモシカの肉とか置いてくるんじゃなかったかも。
そこからさらに高い木に登って方向を確認する。結構遠くに黒焦げていたけど、あの電波塔が見えた。火がすっかり消えていたけど、まだ少し燻っているのかうっすらと煙は上がっている。大丈夫だとは思っていたけど、山火事にならなくて良かった……。
あっちが電波塔だとすると、方向的には反対側が目的地になる。
「……ん~~~」
若干景色に違和感を覚えて、目を細めるように凝らすと、巨大樹木の隙間から建物のようなものが見えた。
民家? 農家? 花火が上がったにしては近すぎる気がするけど、人はいなくてもどこかへ行った痕跡はあるかもしれないし、何より食べ物が残っているかもしれない。
ある程度の食いだめは出来るけど、サバイバル生活で食べ物の確保は最重要だ。
私は十数メートルの木から飛び降りるように地面に降りて荷物を拾い、もう一回巨大樹木のてっぺんに登って、揺らすようにしならせる。
「行っけぇええええ!」
バサァア――
思い切りしならせた反動を使い、大量の木の葉を舞い散らかしながら、その民家が見えた方角へと飛び出した。
ちなみに人間がやったら、確実に死にます。
「うわぁああああああああああっ!?」
どこか適当な木に飛び移ろうかと目論んだが、そんな勢いの付いたものを普通の枝に受け止められるはずがなく、何本かの木の枝の茂みを貫通して、思わず手脚に鱗を生やしながら木をへし折るように地面に着地した。
「ぷへっ! ぺっ」
大量に土埃が舞う中で口の中の木の葉を吐き出し、全身の土を払うように立ち上がる。
あ~~~……死ぬかと思った。
でもなんだかんだでかなりの距離を稼げたはず。枝が折れた方向から向かう方角を割り出し、もう一回荷物を背負い直して森の中を走り出し、一時間ほどで民家を発見した。
「……村落?」
そこは十戸ほどの民家が集まる、いわゆる村落と呼ばれる場所だった。
別荘とかじゃなくて、会社を引退した夫婦が軽く農業や仕事をしながら住むような場所だった……はず。そんな場所だから婆ちゃんのところのように避難せずにそのまま暮らしていた人がいそうだけど、一目見て人間はいないと断言できる。
「襲われたのか……」
村落の民家はほぼすべて破壊されていた。
壊れた家屋は十年の風雨でボロボロになっていたけど、その朽ちかけた扉や窓に家具や衝立などの抵抗の跡が見える。
きっとここには人がいた……。そして襲ってくる巨大動物に抵抗して建物ごと壊された。
集落のあちらこちら……特に破壊された場所には赤黒い骨のようなものが散乱して、その中のひとつに指先で触れると、一瞬、そのときの〝光景〟が視えた。
暗がりの中を襲ってくる巨大な影。
伝わってくる人々の無念……畏れ……これは……。
「……熊?」
ここを襲ったのは巨大熊だと思う。今まで海沿いや水辺を巡っていたから会わなかっただけで、そりゃいるよね。
お墓を作ってあげたいところだけど、ここまで骨が散乱していたら集めることは出来ないし、たぶん、ほとんどの骨は揃わない。
ただ拝むだけでもいいのだけど、〝視て〟しまったらそうもいかない。
せめて纏めて弔ってみるかと、その準備を始める。
季節的に草はまだほとんど生えていないので、周囲の木々をへし折りながらその木を使って集落を一周するように地面を掘り返す。
重機でもない限り人力では途方もない時間がかかるけど、〝竜〟の私なら巨大な丸太でも小枝のように振り回せるのでそれほど苦でもない。
民家に残っていた缶詰や野生化した大根などで食事を摂り、日も落ちてきた頃、私は集落中央の地面にある大きな溝に気づいた。
幅一メートルを越える何かが通ったような数本の痕……。
これは……巨大熊の爪痕? だとすると、ここは――
「――っ」
私は遠くから迫る嫌な〝気配〟に振り返る。
「そうだよね……もう春だもん」
動物が冬眠から目覚める季節……。
ここを縄張りとする腹を空かせた巨大熊が、私の〝気配〟に気づいてやってくる。
次回、巨大熊との遭遇




