26 婆ちゃんの家 その7
巨大猿の雄! こいつが全部指示を出していたのか!
あらためて間近で見ると凄い威圧感を感じる。遠くからでは六メートル以上あるように思っていたが、こうして相対すると七メートルはあるように見える。
まるで〝知識〟にある巨大猿の映画のようだ……。
雄の巨大猿は罠に掛かった私を見下すようにニタリと笑い、雪降る夜の空に高く吠える。
『ウゴォアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
それと同時に雄の側にいた通常の猿たちがビルの屋上より飛び降り、周囲のビルからも、割れたガラスの室内から猿たちが飛び出し、ツタを掴んで押し寄せてきた。
「こぉのおおおおおおおおおおおおおっ!!」
爪や牙で襲ってくる猿たちをツタに掴まったまま蹴り飛ばし、角槍で打ち払う。
キィイイイイイイイイイイイイイッ!!
落ちていく仲間など気にせず、それでも次々と襲いかかってくる猿たちが、私の鱗や肌に爪を付き立てる。
「切りがないっ!」
まるで何かに酔っているようだ。でも、それは酒精や薬物なんかじゃない。
こいつらは強大な庇護の下、ただ他者を攻撃できるこの時に酔っているように見えた。
まるで……
〝人間〟の真似をするように。
「くっ」
これならまだ足場のある下の方がマシだと、ツタを離してビルから飛び降りようとしたが。
『ゥボォオオオオオオオオオオオッ!!』
「――っ!」
ドゴンッ!!
その瞬間に襲ってきた一体目の巨大猿。その巨大な腕が宙で躱すことのできない私を真下から打ち上げる。
「かはっ」
血を吐きさらに宙を舞う私へ、ビルの外壁を駆け上がってきた二体目と三体目の巨大猿が左右から私を挟み討つ。
私はとっさに角槍を外壁に突き立て、それを起点にして再びビルに取り付きながら、手足の爪を使って外壁を駆け上がり、十数階建ての屋上へと登った。
屋上に積もった雪を吹き飛ばすように転がり、距離を取って角槍を構えた私と、向かい側のさらに高いビルの屋上から見下ろす雄の巨大猿が睨み合う。
そこへ追いついてきた三体の巨大雌猿が散らばるように私を取り囲んだ。
その威容はまるで巨大な壁のようだ……。
「……やってやる」
もう逃げの考えはやめだ。こいつらを倒して先に進むと意識を〝戦い〟に切り替える。
視界に映る、日が落ちた昏い雪景色が明るさを増す。手足の真っ赤な爪がさらに伸びて、両腕の鱗が鋭利に逆立った。
『……ゥゴァアア!』
私の〝変化〟に雄の巨大猿が吠えると、三体の巨大雌猿たちが襲ってくる。
でも、同時じゃない。
その瞬間に私は二体目の巨大猿に向けて飛び出した。
「ハァアアア!!」
『ウガァアアアアアッ!』
ガキンッ!
私の角槍と巨大猿の爪がぶつかり火花を散らす。
でも、硬度で勝る角槍を受けて爪が欠けた二体目の巨大猿は、そのまますり抜けるように横手のビルへ駆け出した私をそのまま追ってきた。
『ゥガァアアアアアアアアアアアッ!!』
雄の巨大猿は私の変化に警戒した。下の戦いで私を仕留めきれなかった一体目と三体目も、わずかに警戒していたが、唯一痛手を受けた二体目は怒りを漲らせて真っ先に飛び出した。
知能の高さは、必ずしも良いとは限らない。
人間のような狡猾さを身につけたが、同時に愚かさも得てしまった。
十数メートル離れたビルへ飛ぶ私のすぐ後を二体目の巨大猿が追ってくる。一瞬の間を置いて、一体目と三体目も私を追ってくるのが〝気配〟で分かる。
背後から怒りの気配が迫る。でも――
怒っているのは私も同じだ!!
「たぁああっ!!」
飛び移ったビルの外壁を蹴った私の角槍が真後ろにいた巨大猿を襲う。
それをまた腕で受け止める巨大猿。でも私の放った一撃は正確に一度目の傷を抉り、貫通してその首筋に突き刺さる。
『ウガァアアアアアアアアアアア!!』
激痛に暴れる巨大猿が勢いのまま小さな私の身体をビルの外壁に叩きつけた。
ドゴォン!
「かはっ!」
さらに振るわれた巨大な拳が私の胴体を打ち、口から血が溢れた。
「ウウウウウウウウッ!」
明るくなっていた視界が再び暗くなり、真っ赤に変わる。激しく傷ついた身体と内臓が修復のために〝肉〟を求め、私の口から唸り声が漏れる。
「ああああああああああああっ!!」
ズガァンッ!!
私の唸りに巨大猿がわずかに引いた瞬間、バキバキと腿まで脚が真っ赤な鱗と〝熱〟に覆われ、全力で蹴り飛んだ私は巨大猿ごと向かいのビルへ突っ込んだ。
『ウガァアアアアアアアアアアア!』
「ああああああああああああああああっ!」
私は窓枠と中の物を粉砕しながらビルの中を突き進み、怒りの中にかすかな困惑と〝恐怖〟の表情を浮かべた巨大猿の首を貫通するまで貫いた。
そして――
『ゥホッホォオオ!』
『ウギィイイイイイイ!』
わずかに遅れて一体目と三体目の巨大猿が追ってきたが、ビルの中にいる私と二体目の様子に動きを止める。
「…………」
ゆっくりと血塗れの顔を上げて私がそちらを振り向くと、大きく見開いた巨大猿の黒い瞳に、頭を突っ込んで巨大猿の生き肝や内臓を貪り喰らっていた私の姿が映っていた。
パキッ……パキンッ!
私の全身でそんな音がする……。
「ゥウウウウウウウウウウウゥ……ああっ!!」
私が角槍を拾いあげて飛び出すと、一体目の巨大猿が応戦して爪を振るう。
ギンッ!!
『ウボォオオオオオオオオオオオオオ!?』
角槍が爪を打ち砕き、互いに武器が弾かれ、がら空きになった巨大猿の胴体を渾身の力で蹴り飛ばしてビルの外へと飛び出した私を、三体目の巨大猿が追ってきた。
身体能力が増した私と巨大猿が建ち並ぶビルの外壁を飛び回りながら、互いに武器をぶつけ合って、傷つける。
ガンッ! バァン! ゴンッ!!
身体を打たれ、爪で引き裂かれながらも、私と三体目は互いに引くこともなく、獣の如く殺し合う、その雪降る中で……
「…………」
ビルのガラスに私の姿が映っていた。
指先から伸びる真っ赤な鋭い爪。
血のように赤く二の腕と腿まで覆う真っ赤な鱗。
以前より大きくなった紅水晶の角。
一メートルまで成長した、逆立つ真っ赤な鱗に覆われた尻尾。
血塗れの全身に帯びた傷を鱗で覆い、瞳孔が縦長に細められた金の瞳で牙を剥くその姿に、私は〝人〟であろうと自分の中に閉じ込めていた、自分の正体を自覚した。
そうだ……。
私は――
――〝竜〟だ――
「――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!」
私は天に吠える。
その咆吼は声ですらなく、例えるなら間近で聞く〝雷鳴〟の如く響いた。
周囲のビルの窓ガラスが一斉にひび割れ、その周辺にいた通常の猿たちが気死して、為す術もなく落ちていく。
私の咆吼に三体目の巨大猿が飛び離れ、近場のビルの屋上へ雪を吹き飛ばしながら両手を突くように着地した私を、雄の巨大猿が歯ぎしりをするように牙を剥き出しながら見ていた。
『ウゴァア……ッ』
自分を自覚した竜娘に、巨大猿もその正体に気づく。
次回、『婆ちゃんの家 その8』
巨大猿戦、最終!




