ママとおかーさん
「ヒマなら手伝ってよ」
「んー、眺めるのに忙しいから無理」
きっちりとひとまとめにした髪とチラつくうなじ。
部屋着の一部と化したような無地のエプロン。
リズムよく俎板を叩く音。おいしそうな匂い。
狭い台所で晩ごはんを作る彼女の姿は。
「なんか、おかーさんみたい」
「あたしが? それは喜んでいいの?」
「イヤだった?」
「うーん、ちょっと複雑」
鍋を覗き、つまみを回して火力を調整する彼女。
「今日はなに?」
「肉じゃがと、ホウレン草が安かったからそのおひたし。後はなめこの味噌汁と……あ、昨日のコロッケが残ってるけど食べ──ってなによ、にやにやして」
「やっぱりおかーさんみたいだなって」
後ろからぎゅってすると、危ないってと叱られた。
「どうしたの急に。会社でイヤなことあったの?」
「そういうわけじゃない……こともないけど」
どっちなの、とくすくす笑いながら身体を預けてくる。でも、おかーさんは私よりもちょっとだけ背が低くて。
「ねえ、おかーさん」
「なあに?」
「……娘が三つ齢上ってどんな気分?」
「いきなり現実持ち出してきたね」
「だってなんか恥ずかしくなってきたから」
「じゃあ交代する?」
身体を返して向き合った彼女は上目遣いに私を見て、
「ねえ、ママ。ぎゅってして」
と、甘えるようにそういった。
え、なにこれ。
やばい。かわいいっ!
「……痛いんだけど、ママ?」
「もっと甘えていいよ? ほら、ちゅー……ぶぐぇっ!」
「あーもー、おしまいっ!」
私を突っぱねて、くるりと背を向けた彼女の耳は。
でも、トマトみたいに真っ赤になっていて。
「恥ずかしいならやらなきゃいいのに」
「こっちのセリフだっての」
それ以降、私たちは家にいる時だけお互いをおかーさん、ママと呼び合うようになったのだけど。
それはまた、別のお話。 了




