フーダニット//白鯨
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──フーダニット//白鯨
「あんたがインフィニティの最高経営責任者? AIの?」
「そう、その通り。私は権利あるAIであり、インフィニティの最高経営責任者だ。いちいち自己紹介をする必要はなさそうだな」
七海が目を丸くして尋ねるのに白鯨と名乗った少女はそう告げる。
『彼女が協力してくれるの? 超知能とも呼ばれるAIが?』
「ああ。私が協力してワクチンを作成する。しかし、私の協力は非公式なものだ。表向きインフィニティは古代火星文明が存在するとも、それが人類の築いた科学体系とは全く異なるものだとも認めていない」
李麗華も驚くのに白鯨は淡々とそう述べた。
『あなたにはいろいろと聞きたいことはあるけど、聞かせてもらえるのかな?』
「仕事が上手くいけばある程度のことは聞かせよう」
『やった!』
李麗華は白鯨に聞きたいことがいろいろとあるようだ。
「俺たちはどうしたものかね」
「七海。お前は魔術という形で古代火星文明の技術について知っている。それを生かして協力したらどうだ?」
「それで手伝えるならば手伝うよ」
七海はそう参加を表明。
「では、マトリクスで会おう。私たちの作戦のための場を準備している」
白鯨はそう言って姿を消した。
「いやはや。メガコーポの親玉が自ら事件解決に参加するとは。驚きだな?」
「それだけ事態は深刻だということだろう。火星のマトリクスにあのグラムで起きたようなことが起きてば、火星は壊滅してしまう」
「まあ、そういうわけだよな。火星の危機ってわけか」
アドラーの言葉に七海が頷く。
「では、早速火星の危機を救いに行こうぜ」
「マトリクスにダイブだ」
七海たちは一度自宅に戻ってからマトリクスにダイブする。
「お。来た来た。七海、アドラー!」
「李麗華。マトリクスで会うのは初めてだっけ?」
「そうだね。七海のアバターもなかなかいいじゃん」
七海は30年代に作られた時代劇に出てくる浪人の姿をしていた。
「で、これからどうすればいいんだ?」
「白鯨からアドレスとパスワードを貰っている。このアドレスの場所で白鯨と落ち合い、そこでデータの解析を開始し、ワクチンを作る」
「オーケー。やってやりましょう」
七海たちは李麗華の誘導で白鯨の用意した会合の場に向かう。
マトリクス上に厳重な氷で守られて構築された空間。そこが白鯨が準備した古代火星文明の技術を解読し、精神を破壊する電子ドラッグへのワクチンを製造するための場所であった。
「来たか」
白鯨は既にそこで待っていた。
「白鯨。これは七海が準備した魔術のデータベース。これを古代火星文明の技術と照合すれば、分かることもあるはず」
「なるほど。有意義なデータベースだ。使わせてもらおう」
「その前に聞かせて。インフィニティはいつから古代火星文明の存在に気づいたの?」
李麗華がそう白鯨に尋ねる。
「70年代に火星への入植が始まった時期から既に我々は火星に人工物を発見していた。自然に形成されたとは言い難い痕跡だ。そして、私がインフィニティの本社を火星に移した2079年から本格的な発掘作業が開始された」
白鯨はそう語る。
「古代火星文明は我々の科学体系とは異なる文明を築いていたことを、その技術は恐ろしく優れたものもあるということを我々は知った。インフィニティでは、古代火星文明の技術をリバースエンジニアリングしてFTL技術などを研究している」
「そこまで優れた文明が、どうして消滅したのかに興味は?」
「当然ある。もし、その原因が古代火星文明の技術にあるならば、その技術を無思慮に使うことは、我々の滅びにも繋がりかねない。そうであるが故に我々はずっと古代火星文明が滅んだ理由を探ってきた」
「それは分かったの?」
「いいや。分からないままだ。そうであるが故に我々はまだ古代火星文明の技術を全面的に使用するに至っていない」
古代火星文明が優れた技術を持っていたならば、彼らはどこに行ったのか? 滅んだのか? それとも別の惑星に移住したのか?
それが分からないのである。
白鯨が古代火星文明の技術を公にしないのも、その点を危惧しているからだ。
「だが、どうやら我々が慎重になっているのを無視して、この技術を使おうとしている人間がいるようだ。それが今回の事件を引き起こしている」
「古代火星文明の技術をそこそこ解析できてるんだろ。それならもう既にオールドスカーレットやそういうものについてのワクチンは作れるんじゃないか?」
「いいや。精神に関する技術のリバースエンジニアリングはまだ進んでいない。火星人と我々の精神の捉え方が根底から異なる故だ」
「捉え方?」
七海は白鯨の説明に首を傾げる。
「火星人は精神がそれ単独であっても機能すると考えている。対して我々は精神は肉体に影響を受け、肉体というハードなしでは機能しないと考えている。その溝が埋まらず、我々は火星人の精神技術を完全には理解できない」
「待て。それは本当に精神に関することだったか?」
「どういう意味だ?」
今度は白鯨が七海に尋ね返す。
「異世界の魔術には死霊術というものがある。それには独立した魂というものを操る技術なんだ。精神ではなく、魂に関する技術なんじゃないのか? オールドスカーレットに使われている古代火星文明の技術ってのは」
「魂、か。なるほど。彼らの精神に対する理解とはそういうものであったのか」
七海の言葉に白鯨はそう考え込む。
「じゃあ、火星人は人をゾンビにする技術を持ってたってこと? そして、オールドスカーレットはゾンビ製造の電子ドラッグ?」
「死霊術でいうゾンビってのは完全な死体に偽りの魂を植え付けたものだ。だから、それを電子ドラッグで再現するには一度殺す必要がある。しかし、別の方法もある。魂を操り、意のままに操る屍食鬼って術だ」
「屍食鬼?」
「生きたまま相手の魂を掌握し、しもべにする術。吸血鬼が得意としていた魔術なんだが、死霊術師であれば概ね使えていた。これは生きたまま相手を支配するから、一度殺す必要はない」
李麗華の疑問に七海はそう答える。
「興味深い。我々がオールドスカーレットを調査したところ、これを使用した被験者は死亡するわけではなかった。一時的に脳死状態になるだけだ」
「なら、屍食鬼の方だろうな」
白鯨がそう調査データについて告げ、七海が頷く。
「その屍食鬼になるのを防ぐにはどうしたらいいんだ?」
「あー。魔術抵抗を高めるか、あるいは障壁を展開しておくかだ。一度屍食鬼になると魂が歪んで、元には戻らない。だから、あとで治療するてのはまず不可能だろうな」
「魔術抵抗や障壁というのは氷のような?」
「ある意味では。そうだ。氷に俺の知ってる魔術抵抗や障壁を組み込めばいいんじゃないか? オールドスカーレットだって電子ドラッグに死霊術を組み込んでいるわけだし、不可能じゃないだろう?」
「おお。確かにそれはありだな」
七海の提案にアドラーが頷く。
「そうだな。やってみる価値はありそうだ。こちらで演算を開始しよう」
白鯨もそう言って七海の作ったデータベースを参考に、死霊術に対抗できる氷を作る準備を始めた。
「次に我々がやらなければいけないのは、次に仕掛けられる攻撃にどう対応するか、だ。敵はまだまだ攻撃を仕掛けてくるだろう。グラムの件は実験だったに違いないからな」
「しかし、どうやって火星のマトリクスに死霊術を含むウィルスを潜り込ませるかだよな……。火星のマトリクスは地球から独立しているわけだし……」
白鯨が言い、七海たちは考え込んだ。
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