カルテル//完了
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──カルテル//完了
2本のナイフを抜いた、所属不明のさらりまんファッションの男。
「行くぞ」
次の瞬間、その男は信じられない速度で加速し、七海たちに一瞬で迫った。
『警告。回避を推奨!』
「あいよ!」
七海は迫る男に自身も身体能力強化を全開にして回避行動をとる。これまで電磁ライフルによる銃撃であろうと、これで回避できてきた。
「なっ!」
しかし、男は七海の動きについてきた。元勇者として常人を越えた力を有する七海の動きを見切り、迫り続けたのだ。
「不味い……!」
「どうした、若者? 息が上がったか?」
男はそう言ってナイフを振るい、七海は必死に“加具土命”で攻撃を防ぐ。
「ふっざけんなよ! イグニス!」
七海にはまだ切り札がある。イグニスだ。
「おや、坊や。気味の悪いのと戦っているね」
「姐さん! 援護してくれ! こっちはぎりぎりだ!」
「ああ。分かったよ。燃やしてやろう」
召喚されたイグニスが男を狙って炎を放つ。
「奇妙なサイバーウェアを使用しているな。どういう原理だろうか、これは」
だが、その炎は男に達さなかった。多層性のデフレクターシールドが、イグニスの放った炎を辛うじて防ぎ、男は危険を察知して七海から距離を取ろうとする。
「今だ!」
そこで七海が踏み込んだ。七海の掲げる“加具土命”が振り下ろされ、男の右腕を完全に切断。切断面からナノマシン入りの体液が漏れ、男は苦笑すると、それ以上追撃される前に完全に距離を取った。
「なかなかの腕前だ、若者」
「うるせえ。とっとと死ね」
七海はアドレナリンがどばどば出た状態で男をにらむ。
「そう言うわけにはいかない。私には私の仕事があるのでね」
すると、再び男が姿を消す。
「さらばだ」
そして、男は完全にいなくなってしまった。
「クソ。しまった。逃がしちまった!」
「この状況ではしょうがないと思うぞ」
七海が唸るのにアドラーがため息交じりにそう言う。
「とりあえず、ここに残っている技術の痕跡を消して行こう。それぐらいはやっておかないとジェーン・ドウが怖いぞ」
「そうだな。クソ、本当に何だったんだよ、あのおっさん」
アドラーの言葉に七海がそう愚痴りながら仕事を続ける。
残されていた端末などから、ジェーン・ドウが消したがっている技術の痕跡を消していくのだが、面倒なのでまとめて電磁パルスグレネードで処理した。
「アドラー。その腕は修理が必要だな」
「ああ。またジャンクヤードに行ってこなければいけない」
「金ならあるし、正規の品を買ったらどうだ?」
「それも考えてはおこう。ひとまずはジェーン・ドウに報告だ」
「憂鬱だぜ」
仕事は事実上失敗で、ジェーン・ドウから怒られても仕方ない状況だ。それでもジェーン・ドウに仕事について報告しなければいけない。
七海は渡されていたジェーン・ドウのアドレスにメッセ―ジを送った。
「返事がきた」
「ジェーン・ドウは何と?」
「カール・セーガン地区の喫茶店で待つ、だと」
「では、向かうか」
「あんたは腕を直しておけよ。俺が怒られてくるから」
「しかし、いいのか?」
「いいよ。困ったときに助けるのが友人だ」
「すまない」
七海はそう言ってまたビックル・タクシーに乗って、今度はカール・セーガン地区を目指した。カール・セーガン地区のあまり目立たない場所に、ジェーン・ドウが指定した喫茶店はあった。
「いらっしゃいませ」
「待ち合わせをしている。七海将人だ」
「しばらくお待ちください」
接客用アンドロイドが七海の言葉に応じて七海を生体認証する。
「どうぞこちらへ」
それから七海は奥の個室に案内された。
「七海さん。仕事は完了したと聞いております」
「ジェーン・ドウ。そのことなんだが、少しトラブルがあってな……」
「トラブルと言いますと?」
ジェーン・ドウが目を細めて七海の方を見る。
「仕事に乱入してきた男がいる。その男が何かを持ち去った可能性は否定できないという状況だ。だが、技術者は全員始末したし、デバイスも電磁パルスグレネードで焼き払っておいた」
「そうですか。乱入者の特徴は分かりますか?」
「一応記憶してある。そっちにデータを送る」
七海は録画しておいた乱入者の情報をジェーン・ドウに送信。
「ありがとうございます。これについてはこちらで調べさせていただきます」
「ああ。その、仕事は失敗……か?」
「いえ。ある程度の目的は達成していただけましたので、完全な失敗ではありません。報酬はちゃんとお支払いさせていただきます」
ジェーン・ドウは微笑んでそういうと七海に報酬を送信。
「おお。悪いね」
「我々はあなた方に注目しております。これからもよろしくお願いしますね」
「ああ。また仕事があったら回してくれ」
七海はジェーン・ドウにそう言って喫茶店を出る。
それからタクシーで李麗華のマンションに向かった。
「李麗華。アドラーは戻ってるか?」
「まだだよー。で、ジェーン・ドウは怒ってた?」
「いいや。不通に報酬をくれた」
「それはそれで怖いね」
七海と李麗華はそう言葉を交わす。しかし、アドラーはまだ修理に時間がかかっているらしく、ここにはいない。
「ところでさ、七海。データベースを作る気はない?」
「データベースって?」
「魔法のだよ。君の知っている魔法の知識をデータベースにしておくってこと」
「それって何か意味があるのか?」
「もちろんあるよー! 君の知識を分析できるようになるし、応用することもできるようになる。今まではあたしたちは古代火星文明の遺跡について、君から意見を聞くしか知る方法はなかったけど、その選択肢が広がる」
「なるほど。なら、協力するぜ。アドラーもまだみたいだし、開いてる時間でよければ作業を手伝う。それでどうだ?」
「ありがとー! 早速だけど始めよう」
「オーケー」
七海と李麗華はマトリクスに潜り、そこでデータベースの構築を始める。
「で、データベースってのはどうやって構築するんだ?」
「質問応答型でやろう。AIが君に質問するから、それに答えていけばいい。そうすればあとは情報をAIが分類し、整理し、データベースにしてくれる」
「俺が魔術学校で教わったみたいにAIに教えればいいわけか」
「そうそう。とりあえずやってみて!」
李麗華に言われて七海はAIを相手に魔術の教師を始めた。
基礎の部分からしっかりと。とは言っても異世界の魔術はそこまで体系化されていない。まだ魔術は未知の部分が多く、科学という体系化された学問になってはいないためである。
それでも七海の教えたことをAIは確実に規則性を見つけ、分類し、データベースとして構築していった。
『七海、李麗華? 取り込み中か?』
「ああ。アドラー。そっちは終わったのか?」
『今終わったところだ。マトリクスで七海は何を?』
「魔術をデータベースにしてる。李麗華に頼まれてね」
『そうか。直にそっちに合流するが、ジェーン・ドウはどうだった?』
「怒ってはいなかったよ」
『それは何よりだ』
それからアドラーが李麗華のマンションに合流。
「しかし、魔術のデータベースとはな。李麗華も妙なことを思いつく」
「いや。けど、これで古代火星文明について分かれば、一連の陰謀について分かることもあるかもしれないぜ?」
「確かに仕事の裏にあることについて知っておいて損はないだろうが」
アドラーは荒唐無稽な話だと思っているようだ。
「古代火星文明について分かれば、俺がどうして火星に送られたかも分かる。俺はそれが知りたいんだよ」
「そうか。ならば邪魔しない。頑張ってくれ」
「ああ」
そして、七海と李麗華は魔術のデータベース化を進めた。
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