G-APP・古代火星文明・魔術
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──G-APP・古代火星文明・魔術
七海たちはラーシド・アル=サフィーのバックアップ・コンストラクトをお土産に李麗華のマンションへと戻ってきた。
「お帰り! 早速だけどお土産を見せてー!」
「ああ。これだ」
七海は手に入れたお土産を李麗華に差し出す。李麗華はまず記憶媒体をスキャンしてから、追跡エージェントなどを仕込まれていないことを確認。それから自身のサイバーデッキに接続した。
「おおー。これだよ、ほしかったのは。今からこのバックアップ・コンストラクトと会話できるようにシステムを組むから暫く待ってて」
「あいよ。飯食ってくるよ」
「あ。よければあたしにも何買ってきてー」
「何がいい? 中華? インド?」
「龍龍亭の肉まん!」
「ラジャ、ラジャ」
七海たちは李麗華の分析が終わるまで食事をすることにした。
七海たちが出ていくと、李麗華はまずラーシド・アル=サフィーのバックアップ・コンストラクトと対話可能な環境を作ることに。
バックアップ・コンストラクトはあくまで脳神経データをそっくりコピーしただけのものに過ぎない。それそのものだけでは対話も何もできない。このデータから問題のラーシド・アル=サフィーを復元しないことには。
李麗華はマトリクスで必要なプログラムを入手し、必要ならば自分でコードを書いて、ラーシド・アル=サフィーとの対話を目指す。
ラーシド・アル=サフィーこそ、古代火星文明について知っているのだ。これを逃すわけにはいかない。
「できた!」
それから4時間ほどかけて、李麗華はラーシド・アル=サフィーのバックアップ・コンストラクトとついに対話可能な環境を整えることに成功。
「では、始めるとしますか」
そして、李麗華はラーシド・アル=サフィーのバックアップ・コンストラクトを作り上げた環境にセットした。
『ん? ここは……』
「ハロー、ラーシド・アル=サフィー教授。私は李麗華」
生前の姿そのもののアバターを形成しながらも困惑するラーシド・アル=サフィーに李麗華がそう挨拶する。
『ここはマトリクスだな。そして、君は恐らく私のバックアップ・コンストラクトを再生している。そうだろう?』
「イエス。話が早くて助かるよー」
『どういう理由で私のバックアップ・コンストラクトを再生したのか聞かせてもらってもいいかね?』
「ちょっと知恵を拝借したいことがあって。あなたが生前にメガコーポから圧力を受けていたことは知ってる。古代火星文明について、公開するなって圧力を受けていたんでしょう?」
『その通りだ。君は古代火星文明について知りたいのか?』
「正確にはその痕跡があるプログラム。これを見て、教授」
李麗華はそう言ってG-APPのコードをラーシド・アル=サフィーに見せる。
『これは。ふむ。間違いなく古代火星文明に残されていた紋様に一致するだろう』
「私の友人はこれが人の精神を操るためのコードだといっている。事実、このプログラムのコードはとある電子ドラッグから発見された」
『その友人はどこで古代火星文明について知ったのだ?』
「彼は特殊な経歴があるってねー」
『そうか。だが、私は古代火星文明についてひとつの結論を持っている。彼らの技術を我々が理解するには、彼らと同じ目を持たなければならないということだ』
「彼らと同じ目……?」
ラーシド・アル=サフィーの言葉に李麗華が首を傾げる。
『我々の世界はどう見えている、李麗華嬢?』
「それは世界があるように?」
『私たちの見えている世界が世界の全てだという考えならば、それは驕りだ。私たちに見えている全てが世界の全てではない。私たちは人間という目でしか、世界を見えていないのだよ』
ラーシド・アル=サフィーはそう言って語り始める。
『ネコの目、シカの目、サソリの目、人間の目。それぞれの目で見える光景は異なる。我々はこの目で見えて、肌で感じることこそが世界の全てだと考えがちだが、私たちの感覚器が捉える情報は、極めて限定されている』
生物の目は生き残るために進化し、様々なものを捉えるようになった。だが、それは生存のためであり、世界を知り尽くすためでないとラーシド・アル=サフィー。
『もしも、我々の目、鼻、耳、肌、そして心で全く捉えられない存在があるとすれば? 姿もなく、臭いもせず、音もなく、熱さもない存在。それをどうやって認識し、把握し、知ろうとすることができる?』
「それは科学の進歩ってやつじゃないですか? 放射線だってその条件に当てはまるけれど、あたしたちはその存在を知っている」
『放射線は良くも悪くも影響を及ぼしている。人体に有害であるという点でね。だが、いい例だ。我々は放射線を測定するのに、人体に由来する感覚器を頼らない。頼るのはガイガーカウンターのような、放射線を見る目だ』
李麗華の質問にラーシド・アル=サフィーがそう言った。
「つまり火星人が残した技術は人間の本来の知覚では認識できず、火星人が備えていた知覚があって初めて認識できるということ?」
『そうだ。私たちはその火星人の感覚器について研究してきた。しかし、研究はメガコーポによって差し止められ、私はそれをなすことはできなかった』
「なるほど。火星人はこの技術を見ることができたけど、あたしたちにはそれができない。そういうわけか……」
李麗華はラーシド・アル=サフィーの言わんとすることを飲み込んだ。
「その上で尋ねるけれど、このコードの意味するところは分かりません?」
『君が私の意志を継いで研究を続けてくれるならば、データベースを託そう。このアドレスと暗号キーを使えばデータベースにアクセスできる。どうするかね?』
「待って、待って。あたしは、その、このコードの意味さえ知れれば……」
『だが、興味はある。だろう?』
「降参。そのアドレスと暗号キーをください」
『幸運を祈るよ、若き研究者』
ラーシド・アル=サフィーからデータベースのアドレスと暗号キーを受け取ると、李麗華はバックアップ・コンストラクトの再生を停止した。
そして、マトリクスから引き上げる。
そこでチャイムが鳴っているのに気づく。
『李麗華。肉まん買ってきたぞー』
「ああ。ありがとうー! 今、開けるから」
七海がインターホンに向けて言うのに李麗華が扉を開ける。
「それで? ラーシド・アル=サフィーの幽霊は何だって?」
「火星の技術は火星人の目を持たなければ認識すらできないってさ」
「へえ。面白そうな話だ。聞かせてくれよ」
七海に求められて、李麗華はラーシド・アル=サフィーとの会話を説明する。
「ふむ。となると、俺がいた異世界の魔術と古代火星文明に一致するところがあるならば、魔術を認識することは、この世界の人間には難しいってことか」
「そもそもどうやって七海は魔術と言うのを使っているんだ?」
「それは体内の魔力を使ってだよ。それを通じて精霊界に呼び掛けて、力を借りる。そんなところだな」
アドラーが尋ねるのに七海がそう答えた。
「さっぱりだな。それはどうやって認識しているんだ?」
「説明するのは難しいな……。最初の頃は詠唱してそれをやっていたんだけど、何度も精霊界にアクセスできているとその詠唱は必要なくなって……。まあ、精霊様お願いします! って気持ちで念じると何とかなるんだよ」
「凄く適当だな……」
七海のいい加減な説明にアドラーたちは渋い顔。
「けど、地球の人間であった七海が魔法を使えたということは、ラーシド・アル=サフィーの仮説は間違っていたのかも。彼は火星人そのものでなければ、火星人の技術は使えないと思っているから」
「それを今から調べるんだろう?」
「そうそう。また暫く籠るから、仕事の話や他の用事があったらメッセージを送っておいてー」
「了解だ。ちゃんと飯は食っておけよ」
七海たちはそう言って李麗華のマンションを出た。
「七海。魔術と言うのは私では使えないのか?」
「おいおい。俺だってすぐに使えるようになったわけじゃないんだぜ。一生懸命修行して、それでようやく使えるようになったんだ。アドラーでもいきなり使えるようになったりはしないよ」
「そうか。使えると便利だと思ったのだがな」
七海の答えにアドラーが少しがっかりしていた。
「まあ、役割分担だ。あんたはサイバーウェアで、俺は魔法で戦う。それでいいだろう? 俺たちはチームなんだ」
「ああ。そうだな」
七海とアドラーはそう言葉を交わしながら、自宅に戻っていく。
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