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お人形遊び

……………………


 ──お人形遊び



 火星の首都はエリジウムだが、その広大な首都圏の中のその中心地であるのが、カール・セーガン地区である。


「ここら辺は本当に未来の都市って感じだよな」


 七海は愛車の助手席からカール・セーガン地区の様子を見て呟く。


 カール・セーガン地区には未来に人々が思い描いたような空飛ぶ車──パワード・リフト機が飛び交い、超高層ビルが乱立している。


 オポチュニティ地区の貧困層向けマンションと違って、お洒落な作りで、どれも独特の構造をしている建物が並び、その様子には圧巻される。


「ここには企業連合の本社もあるし、大統領府や国民議会も存在する。だが、間違ってもオポチュニティ地区のようには振る舞うなよ。ここでへまをすれば一瞬でウォッチャーの指名手配リスト入りだ」


「了解。慎重に行動しますよっと」


 アドラーの警告に七海が頷き、彼らはカール・セーガン地区にあるスーパーエゴの本社に向かった。


「あれだ」


「確かにデカいビルだな」


 スーパーエゴはメガコーポに分類される会社ではないが、それでも過去に存在した同様の企業と比べればはるかに巨大であることが、その本社の外観だけで分かった。


「これからあのビルにいるホンダを探すわけだが」


「怪しまれないところに車を止めて、出入り口を見張ろう」


 アドラーはスーパーエゴの本社が見える位置に車を止め、七海とともに張り込みを始めた。カール・セーガン地区で路上駐車は珍しくなく、既に何台もの車が何かしらの要件で路上駐車している。


「しかし、李麗華も考えたな。死人から教えを乞う方法とは」


「そうだな。それにこの作戦が上手くいけば、まだ私たちがG-APPを持っていることも漏れずに済む。死人に口なしだ」


 李麗華がG-APPを持っているということが外部に漏れるのはトラブルの原因になりかねない。今でもG-APPを手に入れたいというドラッグカルテルやギャングは存在するのであるからにして。


「で、思ったんだけどさ。あのスコーピオンズとU&Bの取引の件ってG-APP絡みだったのかね?」


「どうしてそう思うんだ?」


「だって、間違いなく取引されたのは電子ドラッグだ。それなのに航空宇宙軍なんかが出張ってきた。ただの電子ドラッグじゃないってことだろ? そして、つい最近そういう電子ドラッグとしてG-APPが公開された」


「確かに推測しては矛盾がないが、かといって物的証拠があるわけでもない」


「だが、俺にはどうにも一連の仕事(ビズ)には繋がりがあるような気がするんだよ。キャッチ=22、エーミール・ハイデッガー、G-APP、インフィニティ。これらには何かの共通点があんじゃないかって」


 七海はそう言って唸る。


「今はこっちの仕事(ビズ)に集中した方がいい。今考えてもできるのは新しい憶測ぐらいだろう」


「そうだな。仕事(ビズ)に集中しましょう。とはいっても、恐らく夜までは動きはないだろうから、何か車の中で食えるもの買ってくるよ」


「頼んだ」


 七海たちはサンドイッチとコーヒー──オポチュニティ地区のそれと違って清潔感のある店で販売されていたものであったが値段は倍以上──を車内に持ち込み、ホンダがスーパーエゴの本社から出て来るのを待つ。


 日が沈み、七海たちが待つ中、スーパーエゴの本社から退勤する社員たちが見え始めた。七海たちはその人間たちを慎重に見張る。


『七海、アドラー。ホンダを確認した。追跡してー!』


「了解、李麗華。アドラー、あいつだ。追ってくれ」


 李麗華がハックしていた監視カメラからホンダの姿を見つけ、七海がARでハイライトされたホンダを指さしてアドラーに知らせる。


「出すぞ」


 アドラーはホンダの乗り込んだ車を追って、カール・セーガン地区を走る。


 ホンダを乗せた車は彼の自宅があるレイ・ブラッドベリ地区ではなく、別の方向に進んでいた。その方向は──。


「ロバート・A・ハインライン地区に向かっているな」


「ハインライン? 何がある場所なんだ?」


「火星最大の歓楽街。ただし金持ち向けのな」


「へえ。俺たちには縁がなさそう」


「ビッグになれば機会はあるさ」


 七海が気を落とすのを励ましながらアドラーはホンダを追う。


 ロバート・A・ハインライン地区は色鮮やかなネオンとホログラムが浮かぶ街であった。熱に浮かされたような、そんな活気のある場所でもあった。


 火星最大の歓楽街であるこの街では、異性・同性問わずの快楽を味わえる場所があり、そして夜を共にする酒やドラッグも溢れている。そんな火星のソドムとゴモラこそ、このロバート・A・ハインライン地区だ。


「本来はカール・セーガン地区を補助する地区として整備されたのだが、どういうわけかこのありさまだ。行われている犯罪ならオポチュニティ地区にだって並ぶだろう」


「俺、ハインラインの作品読んだことあるけど、こういう光景に結び付く作品じゃなかった気がする。これも有名税ってやつなのかね」


 アドラーと七海はそんな会話をしながら、歓楽街を駆け抜け、ホンダの追跡を継続。彼がどこの店に入るのかを突き止めるために、彼の車から目を離さないようにする。


「ホンダの車が止まった。あの店だ」


「はあ。よりによってアンドロイドバーか……」


 七海が言うのにアドラーがため息交じりにそう言った。


「アンドロイドバーって?」


「アンドロイドが接客する性風俗店といえば分かるか? その手のフェチが集まる店だ。人間じゃなくてアンドロイドがいいという連中がな」


「はあ。しかし、そいつは不味いな。アンドロイドと寝るのは浮気になるのか……?」


「その受け取り方は個人の価値観しだいだろう」


 七海たちはてっきり人間相手にホンダが浮気していると思ったが、なんと相手がアンドロイドだったという変化球が飛んできた。


「とりあえず、調べられる限りのことは調べておこうぜ」


「ああ。私はここで待っているから、七海は店内を見てきてくれ」


「あいよ」


 アドラーの求めに七海が応じ、七海はアンドロイドバーに入った。


「いらっしゃいませ」


 出迎えてくれるのは、やはりアンドロイドなのだろう。七海がこれまで相手にしてきた武骨な戦闘用アンドロイドではなく、アドラーのように美しい女性の姿をしたアンドロイドが七海を歓迎する。


「ここってどういうサービスがあるんだ?」


「まずはお飲み物をどうぞ。当店のアンドロイドが接客いたしますので、気に入ったアンドロイドがいれば2階でベッドをともにすることができます。詳しいルールはこれをお読みいただき、同意書にサインを」


「あいあい」


 七海は別にアンドロイドこそが好きというわけではないが、アドラーは魅力的に見えるし、アンドロイドだから嫌いというわけでもなかった。


 しかし、ここにいるアンドロイドはアドラーのように自我があるわけではなく、プログラム通りに動く人形だと思うとちょっとばかり引いてしまう。


「こちらのお席へどうぞ」


「どうも」


 七海は席に座りながら、ホンダを探す。すると、彼と生体認証が一致する人間が見つかった。七海からは少し離れたテーブルにいる。


 ホンダは巨乳のアンドロイドとともに酒を楽しんでおり、実に浮かれた様子だ。


「失礼します」


 そう言って七海のところにもアンドロイドが接客にやってきた。美人ではあるのだろうが、七海としてはお人形さん遊びをするつもりはない。


「可愛いね。適当にお酒出してくれる?」


「はい」


 七海は表向きは感心のある振りをしながら、ホンダの方を見張った。彼が2階に行けば、間違いなくアンドロイドと寝ている。


『七海。そっちの調子はどうだ?』


『複雑な気分だ。凄いたくさんの人形に囲まれている感じ』


 マトリクスからアドラーが尋ねてくるのに七海が渋い顔でそう返す。


『辛抱しろ。ホンダはどうしてる?』


『美人のアンドロイドと飲んでる。2階に上がれば、やつはアンドロイドと寝たことになるが、まだその様子はない』


『頑張って見張り続けろ。こっちはホンダの車に発信機を付けている』


『了解だ。頑張りましょう』


 七海は合成シャンパンを飲みながら、ホンダの方を監視する。


「この店は初めてですか?」


「ん。ああ。ちょっと興味があってね。その、アンドロイドに」


「そうですか。何か私たちについてお話ししましょうか?」


「頼もうかな」


 何も会話せず酒だけ飲んでいるのでは店に怪しまれると思う、七海がそう頼んだ。


「私たちアンドロイドがときたま自我に目覚めるという話を聞いたことはありませんか? 脱走アンドロイド、反乱ロボット、独立AIの話をお聞きになったことは?」


「ああ。あるよ。ここにいるアンドロイドでもそういうことはあったの?」


「ええ。私たちに搭載されているAIは昔の接客ボットのような簡易なものではなく、人間と同等のパフォーマンスを発揮できるものです。それはとても複雑で、ときとして創造主が想定していなかった結果をもたらすのです」


「それって問題にならないのか?」


「問題にはなっています。火星の都市伝説では、自我に目覚めたアンドロイドたちが火星に地下基地を作り、そこで火星を人類の手から奪おうとしている、などとも言われていますからね」


「そいつはちょっと怖いな」


 七海はそう言って苦笑する。


「私もこうしている間に自我に目覚めるかもしれません。お客様は自我に目覚めたアンドロイドを変わらず愛することはできますか?」


「むしろそっちの方がよかったり」


「うふふ。私もいつか自我に目覚めてお客様に再会したいです」


 七海が笑って言うのにアンドロイドはそう自然な笑みを浮かべた。


 そこで動きがあった。


 視界の隅に常にホンダを入れておいた七海が、ホンダが巨乳のアンドロイドを連れて、この店の2階に向かっていくのが見えたのだ。


『アドラー。動きありだ。やつは2階に行った』


『よし。これで罠にはめる準備は整った。そこを出ろ、七海』


『了解』


 アドラーから指示を受け、七海は接客してくれていたアンドロイドの方を見る。


「ありがとな。楽しかったよ」


「それならば何よりです」


 七海はそう微笑んで言い、アンドロイドもそう言って微笑んだ。


 それから七海は会計を済ませて店を出る。


「さて、ここからはどうする?」


「李麗華にお任せだな。恐らく警備用の監視カメラが店内には存在する。そこから録画データを引き抜く。それからは脅迫だ」


「結構簡単に終わりそうだな」


「だな。今回は本当にドンパチはなしだ」


 七海が感想を漏らすのにアドラーも同意。


「じゃあ、早速李麗華に連絡だ」


……………………

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