亡命//脱出
……………………
──亡命//脱出
七海とアドラーはハイデッガーを護衛する生体機械化兵と対峙している。
「行くぜ! 一気に叩きのめす!」
七海は身体能力強化を全開にして、“加具土命”を手に生体機械化兵に迫る。
『肉薄させるな。火力を集中しろ!』
生体機械化兵たちは近接攻撃しか手段がない七海を接近させまいと弾幕を展開する。
「無駄無駄!」
それでも七海はFREJAの未来予想を利用して、銃弾を弾きながら突撃。
「そらっ! スライスしてやるぜ!」
『クソ──』
七海は1体の生体機械化兵の首を刎ね飛ばし、さらにもう1体の胸に“加具土命”を突き立てる。
「へへっ! いい感じだ!」
「ああ。このまま畳むぞ!」
アドラーも七海を援護しながら、生体機械化兵との交戦を継続。エネルギーブレードが生体機械化兵を引き裂き、白いナノマシン入りの疑似血液が舞う。
『こちらもエネルギーブレードを展開しろ! もう既に肉薄されている!』
『了解!』
残る6名の生体機械化兵たちも電磁ライフルを放棄し、エネルギーブレードを展開。アドラーのそれよりも高出力で巨大なそれが、七海たちに向けられた。
「そっちも剣でやり合おうってわけか。受けて立つ!」
七海はそんな生体機械化兵たちと対峙して、“加具土命”を振るう。
『やらせん!』
青白い炎を纏った剣が、生体機械化兵たちが構えるエネルギーブレードに激突。攻撃は防がれた。
「ちっ! 一撃じゃ無理か……! だが!」
七海は身体能力強化をさらに行使して極限まで体を強化する。これ以上強化すれば、体が耐えられずに壊れる寸前まで強化を実施した。既に肉体は軋みを上げているが、それでもだ。
『まさか──』
それによってエネルギーブレードが引き裂かれ、その先にある生体機械化兵の肉体も引き裂かれた。疑似血液が“加具土命”の炎に触れて蒸発する音を立てる。
「元勇者舐めんなよ!」
七海はそう言い、他の生体機械化兵も狙う。
「さあ、片付けようか」
アドラーもエネルギーブレードを巧みに振るって次々に生体機械化兵を撃破していく。一度押された生体機械化兵には、もはや反撃の機会は失われた。
「よーし! いいぞ、いいぞ!」
「絶好調だな、相棒!」
兵士として規格外な七海とアドラーを前に生体機械化兵は押され続け、ついに──。
『カ、カトラス・ゼロ・ツー! 部隊は全滅だ! 要人を──』
「最後!」
最後の生体機械化兵に七海が“加具土命”を突き立て、ついに七海たちは敵を殲滅した。
「オーケー。これで警備はやったぞ。後は目標を拉致してとんずらだ」
「こっちだ。李麗華がハイデッガーの現在地を教えてくれている」
「向かおう」
七海たちは急いでハイデッガーを探しに非常通路を駆ける。
そこで2発の銃声がした。電磁ライフルなどではなく、昔ながらの火薬式もの。それもそこまで口径は大きくないだろう銃声だった。
「何の音だ……」
「油断するなよ」
アドラーが前を進み、七海が彼女を援護しながら進むと、衝撃的な光景が見えた。
「君たちが引き抜きチームか?」
ハイデッガーが銃を持っていた。そして、彼の前には疑似血液の海に沈んだ護衛2名の死体がある。状況からして、ハイデッガーが射殺したものだ。
「ああ。そうだよ。そいつらは?」
「護衛だ。神経系不可逆阻害ナノマシン入りの銃弾で撃った。生体機械化兵であろうと即死だろう」
「そうかい。で、引き抜きには同意しているってことで間違いないんだよな?」
「そうだ。連れていってくれ」
ハイデッガーは銃を捨てて、そう告げた。
「オーケー。こっちだ、先生。脱出の準備は整えてある。アドラー、先行してくれ」
「了解だ」
アドラーが道を切り開き、七海はハイデッガーが護衛して、脱出を開始。
『ハイデッガーは確保できたみたいだね、七海』
「ああ。あんたのAI、すげえ使えたぞ、李麗華」
『それは何よりー』
ここで李麗華から通信が入った。
『で、状況を知らせるよ。G-APPの強奪もハイデッガーの拉致も既にウォッチャーとメティスの両方に伝わっている。けど、連中はお互いに主導権を握ろうしていて動きは遅い』
「いいニュースじゃないか」
『そ。脱出は楽に行きそうだよ。国連宇宙軍のコルベットも動けてないし。ウォッチャーの戦闘艦も動いてない』
「今回は戦闘艦を相手せずに済むな」
火星のウォッチャーと地球の国連宇宙軍はそれぞれ戦闘艦を、オービタルシティ・ドーンの周辺に展開させていたが、それが動く気配はない。
『だけど、いつまでこの状況が続くかは分からない。何があって両方の戦闘艦が動くかもしれないし、火星統合軍から航空宇宙軍が展開する可能性もある』
「勘弁してくれよ」
『あたしに言ってもしょうがない。急いで逃げることを推奨するよー』
「言われるまでもないさ」
李麗華にのんきに促されて七海はそう返し、ドーンからの脱出を急いだ。
「こっちだ、七海。この先に李麗華がシャトルを準備している」
「さっさと乗り込んでおさらばしよう」
アドラーがそう告げ、七海はハイデッガーを連れて急ぐ。
七海たちが到着したのは宇宙遊泳用のシャトルが駐機されている場所で、その中のひとつに李麗華が大気圏突入が可能で、火星の地上に降りられるものを準備していた。
「あれだな。私が操縦する。乗り込んでくれ」
「あいあい。ハイデッガー、こいつに乗り込め」
李麗華が準備していたシャトルは4人乗りの小さなもので、前に乗ったおんぼろのキーウィより遥かに上等なものであった。そのシャトルにアドラーが操縦席に座り、七海はハイデッガーとともに後部座席に座った。
「出すぞ。急加速するから注意しろ」
アドラーがそう警告し、一気にシャトルが加速して駐機場を出る。そして、オービタルシティ・ドーンの人工重力圏を脱出すると、宇宙空間へと飛び出した。
「ウォッチャーの戦闘艦も国連宇宙軍の戦闘艦も動いてない。このまま逃げられそうだな……」
「ああ。後は火星の増援に警戒するだけだ」
ドーンの周辺に展開していた両軍の戦闘艦に動きはなく、七海たちはひとまず安堵の息を吐いたのだった。
「で、ハイデッガー教授。どうして企業亡命を?」
七海は地上までの暇つぶしとばかりにハイデッガーにそう尋ねる。
「いろいろと事情があったんだ。引き抜きの計画は随分と昔からあったのだからね」
「その事情ってのはG-APPってとんでもない電子ドラッグを囮にして、流出させてもいいぐらいのものだったのかね」
「G-APPにそこまでの価値はない。あれは世界を変えたりしない。何人かの脳と精神を変性させ、人生を台無しにすることはあっても、世界に対する決定的な変化をもたらすものではないのだ」
七海が気になっていたことを尋ねるとハイデッガーはやや疲れた様子でそう言う。
「私には科学者としての夢がある。世界に変化をもたらす。人間が作ったこの社会の理を根底から覆すような、常識を塗り替えるような偉業を成し遂げたい」
ハイデッガーはそう語り始めた。
「例えばヨハネス・グーテンベルクの活版印刷は聖書を民衆に広く広げ、宗教革命を引き起こし、のちまで続くプロテスタントを生み出した。チャールズ・ダーウィンは生命の神秘を暴き、同時に優生学という歪んだ思想を生み出した」
「どっちも知ってるぜ。あんたはそんな偉人になりたいのか?」
「自分の名を後世に残したいと思わないものはいないだろう。それに私には科学しかもはや友と呼べるものがいないのだ」
そう語るハイデッガーは少し寂しげに見えた。
「それをなすために火星に亡命したのか? 地球でもそれは成せただろう」
「いいや。火星に亡命しなければならなかった。事情は詳しく話せないが、火星のとあるメガコーポが有している技術が必要なのだ。そして、そのメガコーポにも私が必要になっている」
「ふむ。火星でしか成し得ないこと……」
アドラーはハイデッガーの語った言葉に思案している。
「ま、ともあれ火星にようこそ、ハイデッガー教授。あんたをジェーン・ドウに引き渡すまでは安心できないけどな」
そこでシャトルに警報が響いた。
「どうした!?」
「七海。妙なフラグを立てるんじゃない。航空宇宙軍が出てきたじゃないか!」
アドラーが睨む先にはウォッチャーの戦闘艦すらも小型艦に見えるほどの、巨大な戦闘艦が火星の地上から上がってきていた。
「フギン級巡航艦だ。まともにやり合えばナノ秒で即死だな」
「どうするんだよ」
「戦闘にならないことを必死に祈る。それだけだ」
アドラーはそう言い、巨大な戦闘艦が火星の重力圏を反重力エンジンによって離脱し、宇宙空間に進出していく様子を見ながらシャトルを飛ばす。
七海たちの祈りが通じたのか、戦闘艦は七海たちの乗ったシャトルを無視し、ドーンの方へと飛行していった。
「はあああ。助かった……」
「運がいいのか悪いのか。とにかく急いで地上に降りよう」
七海とアドラーはそう言葉を交わして、シャトルは大気圏に突入。そのまま火星の地表に向けてシャトルは降下していく。
『七海、アドラー。ジェーン・ドウから連絡があったよ』
「ジェーン・ドウは何だって?」
『指定する飛行場に降りてくれって。迎えに行くって言ってる』
「信じていいんだよな?」
『万が一には備えておいてー』
「あいあい」
李麗華からそう言われ、七海は同意。
「アドラー。指定する飛行場に降りてくれ。ジェーン・ドウが待ってる」
「分かった」
アドラーはシャトルを操縦して、僻地の寂れた飛行場へと降下していった。飛行場以外は周りに何もない荒れ地にシャトルはゆっくりと降下していき、速度を落として着陸態勢に入っていく。
「よーし。タッチダウンだ」
「寿命が縮まる仕事だったな」
七海たちは無事に飛行場に着陸。
それと同時に上空から反重力エンジンの音が聞こえてきた。パワード・リフト機だ。所属も何も記されていない黒いパワード・リフト機が、七海たちのシャトルの傍に向けて降下してきた。
「七海さん、アドラーさん。ご苦労様でした」
そう労いの言葉を駆けて現れたのは、以前のように喪服姿のジェーン・ドウ。
「ほい。お土産だ。受け取ってくれ」
「確かに受け取りました。ハイデッガー教授、どうぞこちらへ」
ジェーン・ドウが満足そうに頷き、ジェーン・ドウに随伴していた所属不明の民間軍事会社のコントラクターがハイデッガーをバイオウェアなどを検査するスキャナーで調査し始めた。
「今回の仕事には大変満足しております。敵対勢力の脅威は大きく、困難な仕事でしたが、あなた方は完璧に達成された。やはりあなた方ウィザーズに依頼して正解でした。これをお受け取りください」
そう言ってジェーン・ドウから七海たちに報酬が支払われる。何と50万ノヴァだ。
「おおー! これはこれは。サンキュー、ジェーン・ドウ!」
「いえ。こちらこそ助かりました。それでは失礼いたします」
ジェーン・ドウは丁寧にお辞儀するとパワード・リフト機に乗り込み、ハイデッガーを連れて去った。
「仕事はおしまい。で、大金がどっさり!」
「いきなり稼げたな。暫くは安定して暮らせそうだ」
「とりあえず李麗華を誘って飯食いに行こうぜ」
「ああ。そうしよう」
七海たちも飛行場を出て、オポチュニティ地区へと戻る。
……………………




