ハッキング
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──ハッキング
七海たちは李麗華が求める情報が眠る、この火星歴史博物館内のサーバーに向かっている。今のところ予期せぬトラブルは起きていない。
「おっと。厳重な警備が見えてきた」
コントラクターの他に戦闘用アンドロイドなどの姿も見える。それは人間に見えるアドラーとは異なるタイプの、センサーや骨格が剥き出しになっているいかにもなロボットというアンドロイドだ。
そして、それらは厳つい自動小銃で武装している。
「コントラクターが4名。戦闘用アンドロイドが8体か」
「荒事になったら真っ先に潰さないとハチの巣だぜ」
「ああ。だが、戦闘用アンドロイドは無人警備システムにリンクしている。私が潰すことができるから安心していい」
「そうか。なら、大丈夫そうだな」
七海たちはそんなことを話しながらコントラクターたちの前に立った。
「ああ。あなたたちが本社の監査官ですか?」
「そうだ。この施設の警備に問題がないか見て回っている。君たちの仕事ぶりを評価するためにな」
「分かりました。どうぞお通りください」
七海が偉ぶってに言うのにコントラクターたちが道を開ける。
「意外と上手くいくものだな」
「問題は李麗華がハッキングを始めてからだ」
七海が楽勝ムードを出してくるのにアドラーが警告。
彼らは無事に警備をすり抜けて考古学研究棟の地下に降りていった。
『到着、と。サーバールームに向かって。そこにあたしがほしい情報が保存されているサーバーがあるはずだから』
「あいよ。行きましょう」
七海たちは考古学研究棟の地下を、李麗華の案内でサーバールームへと進む。
「ところで、ここは何を研究してるんだ? 上の階と違ってどの部屋も中が見れない。考古学でここまで隠さなきゃいけないものなんてあるのか?」
「さあ? 私も知らないよ、七海。だが、ひとつだけ確かなことがある。李麗華はウォッチャーとインフィニティというメガコーポを敵に回してでも、ここにある情報が欲しいということだ」
「かなり重要そうだな」
アドラーが語り、七海が真剣な表情を浮かべた。
『そこを真っすぐ。だけど、困ったことにサーバールーム前にはウォッチャーのコントラクターがいる』
「どうするね?」
『そっちに任せる。殺してでも、口八丁で追いやってもいい』
「了解だ」
李麗華から連絡が来て、七海たちは警備に当たっているウォッチャーのコントラクターに向けて歩み寄る。ウォッチャーのコントラクターたちの反応はない。
「よう。俺たちは監査官だ。この施設の警備を見て回っている。この中の警備も確認しなければならない」
「ここは立ち入り禁止です、監査官殿」
「警備が適切か確認する必要がある」
「あなた方のセキュリティクリアランスでは通行を許可できません」
ウォッチャーのコントラクターはそう言い、断固として七海たちを通そうとしない。
「オーケー。分かった。これもテストだったんだ。ちゃんとセキュリティクリアランスを確認するかどうかのな。合格だ。おめでとう──!」
七海はにっこり笑ってコントラクターたちを褒めるような言葉を告げた次の瞬間、魔剣“加具土命”を抜いて2名のコントラクターの首を刎ね飛ばした。
「強行突破だ、アドラー! どうせハッキングがばれるならいいだろ!」
「賛成だ。急ごう!」
七海たちはサーバールームに押し入り、中にウォッチャーのコントラクターがいないことを確認した。
「李麗華。サーバールームに入ったぞ。どのサーバーに無線端末を付ければいい?」
『そっちのARにハイライトしたサーバーに突っ込んで』
「了解だ」
七海はARデバイスでハイライトされたサーバーを見つけると、そこにあるポートに無線端末を差し込んだ。無線端末が機能を始め、赤いLEDライトが点滅する。
「やったぞ」
『オーケー、オーケー。ダウンロードを開始した。けど、すぐにインフィニティのサイバーセキュリティが気づくはずだから警戒して』
「あいよ。全部予定通りだな」
七海たちはインフィニティのサイバーセキュリティがハッキングを感知し、サーバーに向けてウォッチャーの部隊を派遣してくるのに備える。
「無人警備システムを乗っ取った。これで博物館内の敵の動きは把握できる」
「おう。しかし、ここで迎え撃つのは不味いよな。サーバーが破壊されたら意味がない。外にバリケードを作って迎え撃とう」
「分かった。そうしよう」
七海とアドラーはそう言葉を交わしてから、考古学研究棟の地下の廊下にバリケードを作り始めた。それは敵の移動を妨害するためのものであり、防弾などは目的としてないものであるが、七海たちにとってはあった方がありがたい。
「李麗華。あとどれくらいでダウンロードは終わる?」
『まだまだだよ。30分はかかると思っていて』
七海がバリケード完成後に尋ねると李麗華がそう答える。
「30分だってさ、相棒。何とか凌ぐぞ!」
「ああ。早速、敵が向かってきた!」
アドラーが乗っ取った無人警備システムの情報で博物館内のウォッチャー部隊が、このサーバールームに向かってるのが把握できた。
「無人警備システムを使って足止めする。こちらが乗っ取っていることに気づかれるが、ここで使わなければ他に使う機会はない」
「思いっきりやってくれ」
「起動」
博物館内の無人警備システムが作動。
そうすると天井や床からタレットが展開し、ウォッチャーのコントラクターたちに向けて発砲を開始。さらには武装したドローンなども飛び、七海たちのところに向かおうとしていたウォッチャーを攻撃し始める。
『アマゾン・ゼロ・ワンより本部! 無人警備システムによる攻撃を受けた! 乗っ取られているぞ!』
『システムを奪還しろ!』
突然の攻撃にうろたえるウォッチャーの部隊。その通信状態もアドラーは無人警備システムを通じて把握していた。
「敵は混乱している。ここまで向かってくるのには時間がかかるかもしれない」
「それはいい知らせだ。30分くらいなんとかなるか……?」
七海たちがバリケードに身を潜めて待つ中で、無人警備システムはウォッチャーの部隊によって次々に制圧されてゆき、ウォッチャーのコントラクターたちが七海たちが身を潜めている考古学研究棟の地下に向けて迫る。
「軍用強化外骨格に装甲を付けた重装兵が複数いる。やつらにはタレットの銃撃もまるで効いてないな」
「マジかよ。化け物じゃねえか」
スカベンジャーたちが装備していたような作業用強化外骨格ではなく、軍用強化外骨格を装備したウォッチャーの重装兵が博物館内を進んでいる。ちょっとした戦車並みの装甲があるものだ。
「接敵まで間もなく。油断するなよ、七海」
「もちろんだ。派手にかますぜ」
アドラーはバリケードから厳ついシルエットの自動小銃を構え、七海は“加具土命”を握って戦闘に備える。
無人警備システムによって封鎖された地下へ扉にゴツンという何かがぶつかる音が響いた次の瞬間、扉が爆破され、それと同時にスタングレネードが放り込まれ来た。
「スタングレネード!? クソ!」
七海は身体能力強化で衝撃に耐え、アドラーはセンサーを再起動させて対処。
『ゴー、ゴー、ゴー!』
しかし、その間にも扉を爆破したウォッチャーの部隊は突入してきており、例の軍用強化外骨格に装甲を施した重装兵が先頭に立って、考古学研究棟の地下に足を踏み入れた。
「来たぞ、アドラー! ぶちかませっ!」
七海は何とかスタングレネードの衝撃から立ち直り、重装兵に向けて突撃する。
『接敵、接敵!』
『ミンチにしてやれ!』
重装兵は手にしている重機関銃での射撃を行い、七海に無数の銃弾を叩き込む。放たれる銃弾は口径12.7ミリであり命中すればミンチだ。
「くたばりやがれ!」
七海はそんな弾幕を身体能力強化で切り抜け、“加具土命”で銃弾を弾き、一気に重装兵に向けて肉薄。
『クソ! こいつサイバーサムライ──』
「死ね」
七海の“加具土命”による一閃。
重装兵は装甲と強化外骨格ごと首を刎ね飛ばされ、ナノマシンの混じった鮮血を噴き上げながら重装兵が崩れ落ちる。
「まずは1体!」
七海はそう言い、次の攻撃に向かう。
同時にアドラーも七海を援護しようとしていた。
「クソ。氷が固い。やはりウォッチャーのネットワークに侵入するのは難しいか。直接、鉛球を叩き込んでやるしかなさそうだ」
アドラーはウォッチャーのネットワークに侵入しようとしたが、流石は火星最大の民間軍事会社なだけあって氷は厳重で侵入は防がれた。
そこでアドラーは自動小銃の銃口をウォッチャーの部隊に向ける。
アドラーが持っているのは軽装部隊向けの標準的な自動小銃で、口径は7.62ミリ。AIによる照準支援機能などがついているが、この場でもっとも効果的なのは空中炸裂弾だ。
空中炸裂弾は文字通り、空中で炸裂する銃弾であり、銃弾に内蔵された超高度軍用爆薬が炸裂することによって、周囲に大きな被害を及ぼす。
「七海! 爆弾を叩き込むぞ! 警戒しろ!」
「あいよ! 構わずやってくれ!」
「分かった!」
アドラーは炸裂地点をARデバイスで指示しながら引き金を引く。
そして、銃弾が飛翔し──炸裂。
衝撃波が周囲一帯に伝播し、それによってウォッチャーのコントラクターたちが薙ぎ払われる。それは重装兵もよろめくほどの威力である。
「よーし! いいぞ、相棒!」
この機を逃すまいと七海が追撃。重装兵を叩き切り、彼らに反撃のチャンスを与えることなく、確実に撃破していった。
『敵の抵抗が激しい!』
『こうなれば構わん。サーバールームごと吹っ飛ばせ!』
ここでウォッチャー側が一度退くと彼らはグレネードランチャーと無反動砲を持ち出した。空中炸裂弾がそうであったように、超高度軍用爆薬はというのは少量でも致命的な破壊力を有する。
「やべえ」
『撃て!』
七海がそううろたえる中、一斉に火力という火力が牙をむいた。
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