カージャック
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──カージャック
七海たちは民間軍事会社ウォッチャー・インターナショナルの装備を手に入れるために動き始めた。
「ウォッチャーに制服などの装備を納入しているのは、カイマン・アーマメントって会社だ。この会社からウォッチャーの装備を拝借する」
「そのために車両を手に入れるんだよな」
「ああ。李麗華から使えそうな車両のリストが来ている」
「見せてくれ」
アドラーが言うのに七海がそう求める。今の彼はARデバイスを装備しているので、アドラーと同様に電子データを閲覧することができるのだ。
「これだ」
アドラーが七海の端末に情報を送信し、七海の視界にデータが表示される。
そこには様々なトラックが表示されており、どれもこれまでカイマン・アーマメントが輸送業者として利用したことのある車両だった。
「これらのどれかを手に入れるわけか」
「今、陸運局への登録情報を見ている。しかし、これだけでは見つけ出すのは難しそうだな。リアルタイムで情報が手に入るといいのだが……」
「ううむ」
リアルタイムの場所が分からなければ、問題の車両をカージャックするのには何日もかかってしまうだろう。時間がないわけではないが、時間が経てば李麗華が得ていた情報に変化が生じ、不確定要素が大きくなる。
『おーい、おふたりさん。仕事の調子はどう?』
「李麗華。まだ車両が見つかってない」
『そこかー。車両が見つからないって感じ?』
「そんな感じだ」
李麗華が唸りながら言うのに、七海がそう言った。
『じゃあ、あたしが交通監視システムをハックして、その情報をそっちに送るね。その情報を分析して、どこに車両がいるが把握してみてー』
「分かった。送ってくれ」
『はいはーい』
李麗華はマトリクスから火星の首都エリジウムの交通監視システムに侵入し、システムを掌握。交通監視システムは固定のカメラセンサーとドローンによって構成されており、リアルタイムで交通情報が得られるものだ。
そこで得られた膨大な情報をアドラーに向けてそう送信する。
「どうだ、アドラー?」
「見つけた。目的のトラックが近くを走っている」
「なら、追いかけようぜ」
「いや。待ち伏せしよう。私たちには足がないから、まともに追いかけても追いつけない。待ち伏せて止まったところをカージャックする」
「なるほど。確かに映画みたいに追いかけるには車がねーや」
七海たちの移動手段は徒歩か公共交通機関しかないのだ。
「どこで待ち伏せる?」
「治安が悪い場所を選ばないといけない。そうでないとそれこそ警察業務を委託されている民間軍事会社が飛んでくる。そうなっては本来の仕事どころではなくなってしまう」
「治安が悪いと言うとオポチュニティ地区のような?」
「ああ。オポチュニティ地区ならば文句のつけようがないほど好都合だ。ここでは何が起きようと誰も気にしない」
「そんなところを走るトラックがいりゃいいが」
「喜べ、七海。ちょうど、このオポチュニティ地区に向かっているトラックがいる」
「マジかよ。俺たちってついてるな」
アドラーはにんまり笑ってそう言い、七海も嬉しそうに頷いた。
「ただ、面倒なことに護衛がついている。重機関銃をマウントしたテクニカルが2台だ。それに加えて兵員が6名」
「問題ない。ぶち殺して強奪しちまおうぜ」
七海も仕事だとか強奪だとかいう言葉に慣れてきた。
「なら、計画を立てよう。今、トラックはこのオポチュニティ地区に向かって前進中だ。目的地は車両の登録情報から逆算して、このリサイクルセンターだと思われる。それまでに予想されるルートはこれだ」
アドラーから七海の端末に情報が送られてくる。
「ふむ。いくつかのルートがあるが、絶対にこの通りを通るな。ちょっとばかり開けていて、人通りも多いが、他のルートで待ち伏せして迂回されたら意味がない」
トラックはリサイクルセンターに向かうまでに複数のルートを選択するだろうが、最終的に通るルートはひとつ。複数の貧困層向けマンションに囲まれた場所で、6車線の開けた道路。ここである。
「では、そこで待ち伏せということでいいか?」
「ああ。早速向かおうぜ」
「了解だ」
七海たちは徒歩で待ち伏せ地点へと向かう。
「おおー。すげー。このARデバイスって道案内もしてくれるのな」
七海のARデバイスには目的までのルートまで記されていた。現実の映像に上書きされた情報というのは、まさに拡張現実である。
「だが、あまり信じすぎるなよ。氷が構築しにくいARデバイスは、いつ外部からハックされてもおかしくない。気づいたら敵地の真っただ中に誘導されてた、なんてこともあるからな」
「あいよ。あくまで自分の脳みそで考えるのが大事なのは昔と一緒か」
アドラーの警告を受けて、七海はARデバイスを信じるのはほどほどにすることに。
「到着だ。まだ時間はある。作戦を考えおこう」
「まずはどうあれど車両を停止させないといかんだろう。というわけで、俺が正面に立って通行を妨害するから、アドラーは側面からトラックの運転手を撃ち抜いて、トラックを分捕れるようにしておいてくれ」
「分かった。任せておけ」
七海がそのタフさを活かし、体を張ってトラックを停車させる。そうやって停車したトラックの側面からアドラーが銃撃を加えてトラックの運転手を殺害する。
そうしてトラックをゲットだ。
「しかし、未来になったら運転手なんていらないぐらい自動運転の世界になると思っていたんだけどな」
「このトラックは最低限のセキュリティしか積んでないモデルだからな。人間を置いておかないと私たちみたいなのに積み荷を奪われる。それと、AIによる運転はハッキングなどのリスクもある」
「なるほど。古典的な技術が最先端の問題を解決することもある、と」
もっと高級なトラックには自己防衛システムなどが内蔵され、装備している銃火器などを使ってトラックと積み荷を自動で防衛する。当然AIによる自動運転であり、運転手は不要だ。
だが、このトラックは積み荷を詰んで運ぶだけの簡易モデル。人間が番犬としてハンドルを握らなければならない。
「しかし、護衛を雇うくらいなら、武装付きのトラックでもいいだろうに」
「護衛と言ってもギャングに依頼しているだけだ。真っ当な民間軍事会社などではないから、格安で付けられる護衛だ」
「その分、雑魚でもある?」
「我々にとってはその通り」
「いいね」
アドラーが余裕の表情でそう言い、七海も不敵な笑み。
そして、彼らがトラックを待ち伏せること30分あまり。
『来るぞ、七海。そっちのデバイスにも目的の車両をマークしてある』
「確認した。結構、ゴツイトラックだな」
アドラーから連絡があり、七海の視野に6輪の厳つい見た目のトラックが見えてきた。トラックはそれなりの速度で走行しており、その前後には重機関銃をマウントしたテクニカルが存在する。
「よーし、よーし。やるぞっ!」
トラックを含んだ車列が十分に接近したタイミングで、七海が道路に飛び出した。トラックはそれによって──。
「ええ!? とまらねえ!?」
トラックとテクニカルは止まるどころか、加速して七海に突っ込んできた。アクセルを踏み込んだトラックが七海に向けて突き進んでくる。
「こんにゃろ!」
七海はとっさに身体能力強化を限界まで使うと、まず突っ込んできたテクニカルを押さえつける。
「な、なんだあっ!?」
テクニカルは強引に止められ、乗っていたギャングたちが目を見開いて驚いた。
そこにさらに停車させられたテクニカルを回避し損ねたトラックが突っ込み、テクニカルの後部に突っ込むとテクニカルが潰され、七海も吹き飛ばされかかる。
「なんのっ! ふんぬっ!」
だが、七海は何とか耐えきり、トラックは停車。
『よくやった、七海』
ここでアドラーが側面からトラックの運転手を狙撃し、運転席に血しぶきが散る。
「クソ野郎! 襲撃だ!」
「先頭車両がやられちまった!」
「ハチの巣にしてやれ!」
ここで後方から進んでいたテクニカルが前に出て、七海に向けて重機関銃を発砲。口径12.7ミリの大口径ライフル弾が七海に叩き込まれようとする。
「イグニス!」
ここで七海がイグニスを召喚。
「おや、坊や。今日は何の用事だい?」
「いつも通りだ。敵をぶっ潰す! それだけ!」
「ははっ! シンプルでいいね」
イグニスの出現によって生じた灼熱の壁が銃弾を蒸発させ、イグニスが手を伸ばせばテクニカルが炎に包まれた。
「畜生、何て日だ! ついてねえ!」
「くたばりやがれ!」
それでもギャングたちは銃を持って七海に立ち向かおうとする。
「“加具土命”!」
しかし、数名のギャング程度では七海を止めることはできない。七海は魔剣“加具土命”を振るって、ギャングたちに襲い掛かる。
ギャングたちの皮膚装甲インプラントごと七海はギャングたちを切り裂き、ギャングだったものが周囲に飛散する。
この戦闘はあっけないほどすぐに終わった。
「サンキュー、イグニスの姐さん。助かったぜ」
「またいつでも呼ぶといい」
そう言ってイグニスが精霊界に帰還。
「オーケー。片付いた。これで問題はなし?」
「問題なしだ、七海。これで車が手に入ったな」
それから七海がやや疲れた様子で尋ねるのに、アドラーがやってきて早速運転席から死体を引きずり下ろし、道路に放り捨てる。運転手もギャングだったらしく、凄い入れ墨をあちこちに入れていた。
「じゃあ、次はウォッチャーの装備を手に入れに行きますか」
「私が運転しよう。乗ってくれ」
「あいよ」
そうして七海たちはウォッチャーの装備を生産している、カイマン・アーマメントに向けて盗んだトラックを走らせた。
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