番外編『駆け落ちから一週間後』
窓際の長椅子にすわるディディエは、物憂げな表情だった。長い足を組み、窓枠に腕をのせ、目はここではないどこか遠くを見ている。
ほう、と深いため息をつけば一幅の絵のように趣がある。
けれどもすぐに、鋭い非難の声が飛んできた。
「鬱陶しいのよ! 毎日アレなんだもの」
そう言って怒るのは、ディディエの従妹であるイヴェット。彼女の隣ではジョルジェットが苦笑している。
「だがリュシアンとアニエスが駆け落ちをして一週間にもなる。会いたくて仕方ないのだ」
ディディエはイヴェットたちに向けて弁明すると、また嘆息した。
「辛気臭いなあ」と、クレールが顔をしかめる。「アルベロフェリーチェの薬を飲んだときは『恋情は消え去った』とかカッコよく振る舞っていたのに」
「ですねえ」と、含み笑いをするジスラン。
一方でエルネストは「そう簡単にダメージは癒えないのだ」とぼそりと呟いた。
「ディディエは頑張ったんだから、今は辛気臭くても構わないのではないかな」
暗い声でとりなしたのはマルセルで、彼の表情も冴えなかった。
ただ彼の場合、沈んでいる原因は明らかにジョルジェットでちらりちらりと彼女の様子をうかがっている。が、完全に無視されている状態だった。
「それで気分転換に私たちをお招きしてくださったんですか?」
小首をかしげて可愛らしく尋ねたのは、ロザリーだ。
彼女やクレール、ジスラン、エルネストの四人はイヴェットによって、王宮に招待されていた。彼らが集まっているのは居住区にあるサロンで、通常なら王族以外は足を踏み入れられない場所だ。
「そうなの。リュシアンから、あなたたちが仲良しメンバーだと聞いていたから。集まってお話したら前向きな気持ちになれるかなって」
イヴェットが答えると、ロザリーと四人の攻略対象は顔を見合わせた。
「『仲良し』との言葉は光栄ですが」とジスラン。
「ぼくはそんなふうに思ったことはないけどね。みんなライバルだったもの」クレールがツンと鼻を空に向ける。
「同じ女性に失恋した仲間……」またもぼそりと呟くエルネスト。
「はぁぁぁっ」
ディディエが特大のため息をもらした。
「アニエスとリュシアンは無事に旅をしているだろうか。会いたいなあ」
◇◇◇
「アニエス、見てみろ!」
頬を上気させたリュシアンは、馬車から離れて大きく伸びをしているアニエスに声をかけた。
「うわあ……!」
リュシアンの示す方に目を向けたアニエスは、感嘆の声をあげて目をみはる。ふたりの眼下では、使節団の馬車が登ってきたばかりの美しい山と、そのすそに広がる青い湖とが見事な光景を作り出していた。
「素敵! 駆け落ち落ちしなかったら、きっと一生見ることがなかった光景だわ!」
「俺もだ」
リュシアンはアニエスの腰に手を添えると、頬にキスを落とす。
「すべてアニエスのおかげだ」
「ありがとう。でも――」アニエスは言葉を切ると、何かを考えている様子を見せた。それからすぐに笑顔になる。「私だけじゃない。大公夫妻との縁切りを決断したのはリュシアン自身でしょ? それにみんなが沢山助けてくれたおかげでもあるもの」
「そうだな」
ふたりが微笑みあっていると、背後から「お土産に絵葉書はいかがですか~」という物売りの声が聞こえてきた。
振り返ると少し離れたところに休憩所兼お土産屋のようなものがあり、使節団の面々が出入りしている。
「いいな、ディディエにここの絵葉書を送ろう」と、リュシアン。「きっと俺たちが無事でいるかを心配している」
「そうね。あなたがいなくなって寂しいでしょうしね」
アニエスがそう答えると、リュシアンは無言で微笑んだ。それからふたりは手を繋ぐと、お土産屋に向けて歩き出した。
《おしまい》
〇重要なお知らせ〇
『困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。』の書籍がアルファポリス様より発売されます。
それに伴い、小説家になろうに掲載中のオリジナル版・改訂版ともに12/21 21時頃に削除いたします。
詳細は活動報告をご覧ください。
これまで『縦ロール』を読んでくださった皆様、ありがとうございました!
新 星緒




