39《幕間》ギヨームは見た③
長い会合が終わり、それぞれが帰宅の途につく。アニエスに馬車に誘われたけれど、王宮に用があるからと断った。
リュシアン殿下は『真実の愛に辿り着く』のことで薬師と話があるとどこかに消えた。
「ならば私の馬車に乗せてやろうか、チェリスト」
王子が冗談とも本気ともつかない様子で言うのをありがたく受け取って、同乗させてもらった。王子の従者は気をきかせたのか主の指示なのか、馭者台に座ったようだった。
二人きりの車内。
「本当に乗るとは」と王子。
「独り言を言いたい気分ですからね」
「独り言?」
「ディディエ殿下はいつから、リュシアン殿下の思いに気づいていたのか不思議だ」
殊更わざとらしく呟く。王子の顔からは笑みが消え、目付きが暗くなる。
「それがチェリストに関係があるか?」
「何も。ただ恋心が消えてないのに消えたふりをして、善人を演じる王子に興味が湧いただけです」
王子はしばらくじとっと俺をねめつけていたが、やがて吐息した。
「大抵のことでリュシアンに負けている。あげくに恋まで負けたなんて、悔しいではないか。私のちっぽけなプライドを踏みにじらないでくれ」
「立派ですよ。アニエスはあなたが目を覚ましたと、心底安堵しています」
「……また、唇を奪ってやろうかな」
「またも何も、失敗したでしょう? あれだって本当は、リュシアン殿下が止められるように、わざわざ一言予告してからキスしようとしたのですよね」
「……そんなことはない」
「それは失礼を」
王子は顔を窓に向けた。
長い沈黙。
「……最初からだ」ぽつりと王子が言った。
「バルコニーで出会ったとき。毎日暗い顔をしていたリュシアンが、楽しそうだった。自分の誕生会からこっち、令嬢たちとも距離をとってきたのに、アニエスを抱きかかえて連れて行った。アニエスに会う前に良いことでもあったかと、あいつと会っていた者たちに確認しにいったがそれはなく、ならばアニエスを気に入ったとしか考えようがない」
王子の目が閉じられる。
「だが私も彼女を好きになってしまった。リュシアンと争いたくなかったけれど、諦めたくもない。それにあいつは、自分は何とも思っていないと言い張った。それなら私が彼女を得てもいいはずだ」
また、長い沈黙。
「私は本気で彼女を妃に迎えるつもりだった」
「今日のあなたはご立派でした」
「一介のチェリストが、生意気だな」
王子は深く息を吐いた。
「全て独り言だ。忘れろ」
「御心のままに」
王子とは反対側の窓を見る。もう王宮の中庭を走っている。
「ギヨーム」と王子。
「何でしょう」
「気が紛れた。礼を言う」
一礼をして、再び窓外を見た。




