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【書籍化に伴い12/21に公開終了】困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。  作者: 新 星緒


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38・急展開でございます

「第一王子ディディエの誕生会から丸四週間。ようやく事態解決となる」

 リュシアンはそう言って、集まったメンバーの顔をぐるりと見回した。


 薬草園の中にある薬師用の会議室。長テーブルにリュシアンをはじめ、左頬にうっすらアザのあるディディエ、マルセル、エルネスト、ジスラン、クレール、ロザリー、ギヨーム、私が座っている。

 リュシアンのそばには、バジルが立っていて側には古ぼけて実用一辺倒のワゴンがひとつ。


「結論から言うと」とリュシアンは続ける。「やはり外的要因はあった。だから皆に集まってもらった」


 誰も何も言わない。リュシアンがこれから話すことは、すでにディディエは聞かされているという。そのせいなのか、ディディエは不機嫌そうな顔だ。

 残りの攻略対象たちはどうしてなのか、無表情を保っている。


「アルベロ・フェリーチェの開花が原因だ。そしてアルベロ・フェリーチェの花から作った薬を飲めば、その影響を打ち消すことができる。ディディエ、マルセル、エルネスト、ジスラン、クレールに、ここで服用してもらいたい」

「拒否したいのだけど」とクレール。

「アニエスのためだ。彼女が困っているのは分かっているだろう? それに」


 リュシアンは目前にあった薄い綴りを、卓の中央に向けて押し出した。


 四日前、ロザリーの気持ちの変化が『真実の愛に辿り着く』によるものかもしれない、と分かってから事態は急速に動いた。


 リュシアンの予想通り、バジルは『真実の愛に辿り着く』をロザリーに飲ませていた。なんとクッキーに練り込んで、お茶会に出していたのだ。ロザリー以外の口にも入るというのに。


 バジルが言うには、本当はロザリーを男爵家になんて行かせたくなかったらしい。だけど彼女の幸せを考え引き留めなかった。でも恋心を断ちきれなくて、思い余ってやってしまったそうだ。


 今のところその事実はロザリーに伏せている。今日全てが終わったら、バジルからロザリーに打ち明ける約束だ。


 一方で。レシピの入っていた古楽器の持ち主が判明、その子孫も見つかった。しかも子孫は、二百年前の先祖から変わらない屋敷に住んでいたのだ。そして楽器の持ち主の妻が宮廷薬師だったことも、家系図であっさりと分かった。


 ギヨーム、セブリーヌ、リュシアンの従者などでそのお宅の書斎を調べさせてもらった。当時の日記でもみつかれば、という程度の考えだったのだが、とんでもないものが出てきたのだ。それが、リュシアンが押しやった綴りだ。


 マルセルがそれを手にした。

「宮廷薬局の印が入っている」と言う。

 うなずくリュシアン。「恐らく、薬局から借りて返し忘れたのだろう」


「『アルベロ・フェリーチェの効用』」とマルセルが読み上げる。「『全てのひとが影響を受けるわけではない。また程度の差があると思われる』」


 マルセルの隣に座っているクレールが覗きこむ。

「『効用。恋していない者を恋に落とす』?」とクレール。


 ジスランが立ち上がって、後ろから覗き込む。

「『僅かな好意を数倍の好意と錯覚させる模様』?」とジスラン。


 エルネストも幼なじみの隣に立った。

「『冷静さを失い、度を越した積極性、激しい好意を持つようになる』?」とエルネスト。

「確かに、お前にしては積極的だもんな」ジスランが言う。


「つまり、これが僕たちの状態だと言いたいわけですか?」

 クレールが綴りから顔を上げて、リュシアンを見る。

「僕たちの恋なんて、アルベロ・フェリーチェがもたらした偽物だから、さっさと目を覚ませ、と?」


 リュシアンは首を横に振った。

「今、書いてあっただろう。そもそも好意がなければ始まらない現象のようだ」


 その綴りは、私も今朝読ませてもらった。

 どうしてアルベロ・フェリーチェが咲くとその現象が起こるのか、なぜ全ての人ではないのかは不明のようだけど、実際に影響を受けた人の状態については詳細に研究されていた。


 どちらかと言うと、恋に身構えている人が影響を受けやすいようだけど、そうとも限らない。

 大抵の場合は積極的になったことで、カップル成立。結果、婚姻となり、世間は幸せな夫婦が次から次へと誕生。出生率も上がって、世の中は普段の年よりも穏やかで幸せになるらしい。


 まれに、樹の伝説の力なんて借りたくない、という者もいるようだが、そこはご安心。花から作った薬『真実の愛に辿り着く』を飲めば、『積極性』と『激しさ』は消える。恋愛感情自体がまるっと消えることもある。それからどう振る舞うかは自分次第。

 逆になにひとつ消えるものがないこともあるという。それはきっと、アルベロ・フェリーチェは関係ない恋なのだ。


 マルセル、クレール、ジスラン、エルネストは綴りに大まかに目を通すと、困惑の表情でお互いの顔を見ていた。


「そういうわけだ」とリュシアン。「冷静な自分を取り戻すつもりで、飲んでほしい」

「……効果はどのくらいで出るの?」とクレール。

「すぐに」答えたのは、バジルだった。「既に何人か服用しました。効果はその場で」

「何人中、何人だ?」とエルネスト。

「六人中、六人」とバジル。

「彼らはどうなったの?」再びクレールが尋ねる。

「四人は気持ちに変化はあったものの、恋した相手との関係を継続。ひとりはは片思いだったせいか気持ちがさっぱり消え、残るひとりは悩み中です」


 四人は再び顔を見合わせた。


「私は飲もう」ジスランが言った。

「……私も」とマルセル。


 クレールとエルネストが視線を交わしている。それから、

「ところで、どうしてギヨームがいるの?」とクレールが尋ねた。


「彼は薬のレシピと、その綴りを見つけてくれた」

 リュシアンが言うとギヨームは

「偶然だけどな」と付け足した。「だから発見者の責任として、最後まで見届ける」

「レシピをあなたが見つけたの?」

「そう、たまたま借りた古楽器に入っていた。最初は惚れ薬だと思ったんだ。名前がすごいから」

「どんな名前ですか」とジスラン。

「『真実の愛に辿り着く』」

「……俺の思いは、真実ではないと?」エルネストが顔を歪めた。


「そういう意味ではない。恐らくこれを飲む気持ちを表しているんだ。だって正体の分からない力に頼りたくない者が飲むのだぞ」

「なるほど」とジスラン。「自分の気持ちを何にも影響されていないと証明する、ということか」

 うなずくギヨーム。


 向かいに座るロザリーが、心配そうに私を見る。


「さっきの、悩み中のひとりって、何を悩んでいるの?」クレールがバジルを見る。

「激しかった恋が落ち着いてしまったことに戸惑っています」


 再び四人が顔を合わせた。


「この綴りによれば、『僅かな好意』というのはトリガーのようなもののようです。何かのきっかけで相手を好ましいと思わないと、アルベロ・フェリーチェの影響は出ないとあります」

 バジルが言うと、四人それぞれがはっとした顔をした。


「おかしな礼」

「頭突き」

「独特なセンス」

「戸惑う姿」

 みな呟いて、それから息を吐いた。


 私もそれにこっそりと続く。本当にバルコニーの外に逃げなければ。それさえしなければ、こんな事態にはならなかったのだ。そうすればいずれロザリーが彼らと出会い、誰かのトリガーを引いたのだろう。


 それにしても私自身は、そんなきっかけが思い当たらない。だけど私が忘れているだけ……だといいのだけど。


「分かった、飲もう」とクレール。

 エルネストもうなずく。


 それぞれが席につくと、リュシアンがバジルに向かって頼む、と言った。

 ギヨームが片手を上げる。

「どんなものか、飲んでみたい」

「私も」と彼に便乗する。

「全員に配ろう」とリュシアン。


 バジルはうなずいて、ワゴンに置かれた鍋のフタを取った。私の場所からは中身は見えない。香りもしない。それを掬って、カップにいれる。


 と、ロザリーが立ち上がってカップを配り始めた。

「昔は配膳ぐらい当たり前にしていましたから。皆様は座っていて下さいね」と可愛らしい声で言う。

 それぞれの前にカップを置いていたロザリーは、私にだけ手渡した。そして受け取った私の手を包み込む。


「アニエスさま。私は何が原因だろうともアニエスさまが大好きです。ずっとお友達でいて下さいね」

「私こそ。素敵なロザリーさまとお友達になれて嬉しいのよ」


 お互いににこりと微笑みあう。ロザリーは私の不安を気遣ってくれているのではないだろうか。

 私が事態の解決を目指したのは、私自身のため。だけどこの薬を飲んで、果たして解決するのかどうか……。


 カップに目を落とす。

 白くてとろみのある液体。少し緑がかっているようだ。重湯(おもゆ)みたい。アルベロ・フェリーチェの花の香りは全くしない。


 ロザリーもカップを手にして席につく。中身をじっと見つめていたかと思うと、

「見覚えはないわ。私の気持ちの変化はどうしてなのかしら」

 と不思議そうに言う。幼馴染を疑う気持ちは全くないらしい。

 バジルはと見ると、うつ向いて唇を噛んでいるようだった。


「ロザリーはもうアニエスを好きではないの?」クレールが驚いたように訊く。

「好きですよ」とロザリー即答。「ただ、以前のようにお嫁さんになってほしいとまでは思わなくなりました」

「結婚したかったのですか」とジスラン。

「ええ」


「いただいていいですか」とギヨームがリュシアンを見る。

 どうぞと答えたリュシアンもカップを口に運んだ。

 私も皆もあとに続く。


 こくりと一口飲む。温かい。本当に重湯みたいなとろみだ。少し甘い。その他には味はしない。これではクッキーに練り込まれたら、気づくことは無理だろう。


 こくりこくりと時間をかけて飲み干して、そっとカップを卓上に戻す。

 ゆっくり視線を上げると、ロザリーと目が合った。やはり心配そうな表情だ。


 誰も何も言わない。


 しばらくするとバジルが

「気分が優れないとか、暑い、動悸がするなどの体調の変化がある方はいませんか」と尋ねた。

 みな一様に首を横にふる。


「アニエスさま。一緒に散歩にでも行きませんか。皆さまに変化が出るか、ここで待つのも気詰まりでしょう?」

 ロザリーの誘いにほっとして、うなずきかけたところでギヨームが

「そういう君は、特に変化はないのか?」と尋ねた。


 どうしてそんな質問をするのだろう。彼はロザリーが既に『真実の愛に辿り着く』を口にしていると知っているのに。


「はい。私は特には」

「だが君もアニエスと結婚したいとは思ってはいた。念のために君ではないほうがいい」

「賛成」とクレール。うなずくエルネストとマルセル。ジスランもそうですねと言った。


「どのみちここは王家の薬草園だ。部外者だけで勝手に歩かれては困る」

 ディディエが不機嫌な声を出す。この部屋に入って初めての発言だ。


「それなら俺が付き添う」リュシアンがそう言って立ち上がった。「行くぞ、アニエス」


 一瞬だけ迷い、それから自然に見えるようにうなずいて立ち上がった。ロザリーがまだ心配そうな表情だ。





 私も、今のところ何の変化もない。




 ◇◇




 なんとなく黙ったまま、リュシアンについて建物を出る。今はあまり顔を見たくない。


 この前通った小道を辿り、着いたのはアルベロ・フェリーチェの樹だった。まだ満開の花だ。綴りによると、短くても半年は咲くようだ。


「結局、この花のなにが原因なのだろうな。薫りだろうか」

 花を見上げながら、リュシアンが言う。

「どうかしらね」と答える。


 実は、ギヨームの予測は花粉だ。この一連の騒動は、単なる花粉症。だから一目惚れの症状が出る人もいれば、出ない人もいる。

 そんなアホなと思ったけれど、ゲーム設定の単純さなんかを考えると、あり得ないことではないような気がしてきた。ギヨームは、きっとクリエイターに花粉症の人間がいたんだよ、と笑っている。


 真実は分からないけどとりあえず、解決方法は見つかった。これにて一件落着……。


「アニエス」とリュシアン。

「なあに?」

 返事をして、お腹に力を入れるとリュシアンを見た。なんだか難しい表情をしている。ディディエたちの様子が気にかかるのだろう。


「みんなに『真実の愛に辿り着く』の効果がちゃんと出てくれるといいのだけど」

 うなずくリュシアン。

「実は俺は……先程ので五杯目だ」

「五杯目!? どうしてそんなに」

 そう言いながら、気がついた。きっとリュシアンも効果が感じられなくて、杯を重ねたのだ。だって今の私は、もう一度飲みたいもの。


「恋しい方がいるのね」

 私はちゃんと話せている? 笑えている?

 友達として彼を助けると約束をしたのだ。


「……いる」とリュシアン。

 思わず目を伏せる。そうなんだと答える声が震えてしまいそうだった。


「アニエス。好きだ」


 耳に届いた声に驚いて、再びリュシアンを見る。泣きそうな顔をしている。


「俺には父の決めた結婚か神官かの未来しかない。だからどうにか事態を解決してこの気持ちを消そうとした。だけど、駄目だった」


 駄目だった、との言葉が頭の中で回る。


「……私も。私も気持ちを消して、良い友達に戻らなくてはと思っていたの。なのに全然薬の効果が感じられないの」


 リュシアンの手が頬に触れる。

「お前はよく泣くな」

「涙腺が壊れているのよ」

「そうだった」

「あなたが好き」

「ああ。嬉しい」


 そっと抱き寄せられる。

「俺はお前と一緒にいたい」

「うん」

「父に反抗しても上手くいくか分からない。お前に迷惑をかけることがあるかもしれない」

「違うわ。迷惑は私がかけるのよ。だって大公家の優等生が、私のせいで反抗するのでしょう」


 耳元で、ははっと笑う声。


「俺は一生、バルコニーからぶら下がる、下半身丸見えのお前を忘れない」

「その言い方はやめて!」


 思わず顔を上げると。

 笑顔のリュシアンと目が合って。それからコツンと額に額を当てられた。

「隙だらけだ」とリュシアン。

 悔しいので背伸びをして、私もやり返す。

「あなたもね」



 リュシアンがぎゅっと腕に力を入れた。

「アニエス。俺はもう、目を背けない」


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