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【書籍化に伴い12/21に公開終了】困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。  作者: 新 星緒


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36・歯をくいしばれ!でございます

「隠れる必要はない」

 不機嫌丸出しの声と共に、ディディエが部屋に入ってきた。ツカツカと私に歩みより手を取ると口付けし、

「私のアニエス。これはどういうことかな?」とのたまった。


「恐れながら、私は殿下のモノではございません」

 こちらも負けじと不機嫌オーラを全開にして、だけれど優雅に立ち上がる。

「どうぞ誤解を招くお言葉はお使いにならないで下さい。そしてまずは私たちに、挨拶をさせて下さいませ」


 突然の王子乱入に、みなそれぞれの表情で立ち上がっている。


「不躾な行いですまない」と謝ったのはディディエではなく、リュシアンだった。「ギヨーム殿、マノン殿。それから客人方」


 ギヨームとマノンは、とんでもないと慌てている。とはいえ、いくら王子だからといって、不躾なのは事実だ。執事の案内を待たずに乱入したのは明らかで、王族だから文句は言われないだけのこと。


「おめでとうございます、ディディエ殿下。あなたの好感度は地獄の底で底無し沼に沈みました」

 可能な限りに冷たい声で告げると、ディディエが怯んだ。


「……ギヨーム、マノン、邪魔をする」


 改めてそれぞれが挨拶をする。ギヨーム兄妹はディディエに対して恐縮しきりだ。リュシアンには礼節がありつつも緊張を解いている。

 ふたりの騎士は騎士としての、ジスランは余裕の笑みで、カロンは普通に挨拶をした。

 問題はクレールで、ディディエには無表情でリュシアンには親しげと、完全に差をつけていた。ついさっきクロヴィスにたしなめられていたというのに。


 それから短い議論を経て、私の両隣はマノンとカロン、向かいは変わらずクレール、ジスラン、エルネスト、右手にギヨーム左手にディディエ。離れた二人がけにクロヴィスとリュシアンが並んで座り、何やら小声で話している。


「それで?」とディディエ。「私をのけ者にして、これは一体どういう集まりだ?」

「僕たちは薬草園に誘われていませんよ?」と刺々しい声を出すクレール。

「薬草園は王族しか入れない」澄まし顔のディディエ。


 アニエスも王族ではない、と私を含めてみな思ったことだろう。


「それ以外にディディエ殿下は二回、バダンテール邸に突撃してきましたね」と私。

「いいのだ。私はもう協定は抜けた」

「ならば邪魔をしないで下さいよ」とクレール。「王子の権力を傘にきて、ずるい」

 対してディディエは、ふんっと鼻を鳴らした。


「アニエス殿がディディエ殿下をお選びになったのならば、会合の件の抗議は諾として受けましょう」ジスランが笑顔で言う。

 その隣でエルネストがうなずく。

「不良神官。祭祀の禊期間ではないのか?」とディディエ。

「まだ前段階ですから、制限されていることは食事や行動のことだけです。準備はほぼ終わりましたし、今日は本段階前の休息日ですよ。王族ならばご存知では?」

「う。準備が終わったとは知らな……」

「おとついに連絡済みですね」

 クレールが軽蔑の表情になる。


「一昨日はバタついていたな。外出もしたし」リュシアンが離れたところから助け船をだした。

 確かに一昨日はふたりでうちに来て、ディディエは騙し討ち(?)をかましていった。……思い出すだけで、自分の危機感のなさに腹が立つ。


「先輩がふしだら神官であることは事実ですけどね。上層部がどれだけ嘆いていることか」

 カロンの言葉に何人かが吹き出して、場がなごむ。


「それでこれは何の集まりなんだ」

 ディディエはギヨームを向いて尋ねた。

「特には。何故か多くの客人が集まってしまっただけです。元々はクレールとアニエス嬢しか招いていませんから」

「何のために?」

「アニエス殿が、改めて『アニエスのために』を聴きたいと」


 ディディエが私を見る。


「ダルシアク邸では、ちゃんと聴けませんでしたから。今、大変な評判になっているでしょう?」

 ギヨームの咄嗟の嘘に乗る。

 ふうん、とディディエ。「……アニエス。次に会うときはお前に捧げる詩を書いてくる」

「そうだ、アニエス嬢」とジスラン。「以前、私が捧げた詩はどうでしたか?」

 不快そうな表情になるディディエ。

「私宛てでなければ、素敵でした」

 答えながら、そういえばダルシアク邸でも競っていたっけと思い出す。


「先輩って口がうまいだけあって、女性に捧げる詩が上手なんです。ちゃんとその人その人に合わせているんですよ」

 カロンが言う。さすがタラシと思ったけれど、もしやカロンの狙いは違うのではないだろうか。


「つまり、私宛てなのだからそんなつれないことは言わないであげて、ということ?」

 カロンの頬がほんのり赤くなる。


「ていうか、なんであなたがそれを知っているの?」とクレール。

「カロンに読み上げを頼んでいますから。他人に読んでもらったほうが、出来の悪いところが目につくのですよ」シレッとジスラン。

 なんて奴だ。カロンにどれだけ酷なことをさせているか、分かっていない。


「お前、最低」ぼそっとエルネスト。

「あなたの恋人たちは、先に別の女性が読んだ詩をもらって嬉しいのかな?」純粋に不思議そうなクレール。

「私は嫌」クロヴィスを気にしながらのマノン。

「あり得ないな。そういうのは同性に頼むのがエチケットだ」とギヨーム。

「こいつには同性の友人なんていない」とエルネスト。

「お前は?」ジスランが親友を見る。

「俺はだいぶ昔に辞めた」


「先輩、すみません。余計なことを」

 カロンが肩を落とす。

「余計なことなんかじゃない。カロンが読み上げてくれるからこそ、美しい詩ができる」


 ジスランを殴っていいかな? これじゃカロンが悪役巫女になるのは仕方ないよ。

 ちょっと考えてみる。そうして


「ならばジスランさまに必要なのは、私ではなくてカロンさまですね」

 にこりと笑みを浮かべて引導を渡してやるとジスランは、目を瞬いた。


「よし、これでひとり脱落だね」とクレール。振り返りリュシアンを見る。「ところでマルセルさんは今日はいないのですか?」

「今日は会っていない。忙しいようだ」

「ふたり脱落でいいのかな?」と首をかしげるショタ。「やったね。さあ、縦ロール、誰を選ぶ? 僕を選びなよ。好感度が地獄の底の底無し沼以下よりは、僕がいいと思うよ」

「すぐに挽回する」とディディエ。

「俺」とエルネスト。


 マノンがこちらを見て、大変ね、と囁く。

「マノンさま。誰かひとりを引き取ってくれませんか」

 私はやや大きめの声で返答する。と、

「それは駄目だ!」

 との叫びとともに、クロヴィスが立ち上がった。


 ニヤニヤするクレール、ギヨーム。エルネストとディディエは目を見張っている。


「いや、その」

 途端に赤面してもじもじしだす悪役騎士。見ればマノンも同じようだ。

 リュシアンが何事かをクロヴィスに伝える。

 ひとつうなずいた、奥手騎士は真っ直ぐに愛しいひとを見た。


「マノン。俺と交際してくれ。できれば結婚前提で」

 隣で彼女が息を飲むのが分かった。応接間に水を打ったような静けさが広がる。


「はい」


 小さいけれど、確かなマノンの声。

 誰からともなく拍手が上がる。


「ようやくだよ。マノンが行き遅れになったらどうしようかと気が気じゃなかった」そう言ったのはクレールで。

「ついにクロヴィスもか」と呟くのはエルネスト。

「素敵な恋人ですね」とマノンに声をかけるはカロン。

「私の面前でするか?」と狭量王子がぼやく。

「おめでとう。あやかりたいよ」と妹に笑いかけるギヨーム。

 私もお祝いを告げた。まさか一気に告白に進むなんて思いもよらなかった。


 すっかり和んだ雰囲気の中で突如ディディエが

「席替えをしよう」と言い出した。「そこに」と私が座っている椅子を指差した。「クロヴィスとマノンが座れ。馴れ初めから聞かせてもらおう。巫女はリュシアンの隣に。アニエスは私の膝においで」


 変態だ。


「僕においでよ」とクレール。

「俺」とエルネスト。

 こういうときに、真っ先に声をかけてくるだろうジスランは、なぜか黙っている。


「申し訳ありません、殿下」とクロヴィスがディディエに歩み寄る。「私はそろそろ仕事に戻る時間です」

「そうか。仕方ない」とディディエ。


 クロヴィスは休憩時間を使って、ゴベール邸に来たようだ。彼は全員に丁寧に挨拶をして部屋を出て、マノンが彼を見送りについた。ギヨームは出来立てカップルのために、部屋に残った。


「これで分隊長で伴侶も恋人もいないのは、俺だけになった」エルネストが言う。「アニエス、俺を選んでほしい」

「そんな理由で縦ロールを得ようなんて、おこがましい。僕は彼女の非凡なるセンスに惹かれた。芸術を愛する者同士、素晴らしい伴侶となれるよ」


 クレールの独特な理論も意味がわからない。


 と、ディディエは立ち上がると、当然のように私の隣に座った。

「隙あり」

 とたんにズルいと抗議の声があがる。


「もう、僕がアニエスの膝に座ろうかな」

「え」

 クレールの言葉にその姿を想像して、ヨダレが出そうになる。彼は今日も膝丸出しの半ズボン姿だ。そんな麗しのショタが膝の上。

 ……犯罪ではないだろうか。


「俺は膝枕がいい」聞き取れるギリギリの声が堅物方面から聞こえる。

「むっつり」とジスランが幼馴染をからかう。


 結局、今回もカオスだ。

 立ち上がり、先ほどまでディディエが座っていた椅子に座る。

「正しい選択だ」とリュシアンが笑う。

 今度はクレールが立ち上がった。

「『アニエスのために』を弾こうかな。カロンさん、僕の席に座りなよ。そこは居づらいだろう?」

「そうだ、おいでカロン」とジスランも言う。

 カロンは素直に従う。


 三楽章だけ、と言ってクレールがピアノを弾き出した。やっぱり曲は素敵だ。以前は深く考えなかったけれど、クレールから見た私の印象がこうなのだろうか。だとしたら、ずいぶん私を買い被っている。きっと外的要因のせいで、おかしなフィルターを通して私を見ているのだな。


 ディディエも、エルネストも同様なのだろう。




 ……それなら私は?

 印象の悪かったリュシアンがそうではなくなったのは、やっぱり外的要因のせい?


 そっとリュシアンを見ると、彼は何やら難しい顔であらぬ方を向いていた。



 演奏が終わり、万雷の拍手に恭しく頭を下げたクレールは

「飛び込み客のディディエ殿下には演奏料をいただきます」と笑顔で言った。

「私から金を取るのか!」

「あなたは招待されていないでしょう? 楽団のお給料だけじゃ楽器の維持が出来ないから、みんな個人レッスンをして糊口をしのいでいるのですよ。御存じですよね?」


 ディディエの視線が従兄の元に向かう。

「いずれ変えていきたいと、彼は考えているよ」とリュシアン。「ただ、細かい変革が必要なことが多すぎる。ディディエひとりが全てを把握することは難しいし、国のトップに立つ者は大局を見ることも重要だ。理解してほしい」


 クレールの表情が歪んだ。

「だって。橋渡ししてくれるはずの人がいなくなるじゃないですか。局長だって、ギヨームだって、他の団員たちだって、それを不安に思っている」


「クレール!」

 ギヨームが聞いたことのないような鋭い声を出した。すぐに立ち上がり、ふたりの殿下の間を向いて深く頭を下げる。

「うちの団員が先ほどから大変な失礼を、申し訳ありません」


「気にするな」すぐにリュシアンが応じた。「俺は貴重な意見だと捉えている。ディディエもこの程度で腹を立てるほどの狭量ではない。それからクレール。橋渡しなど誰でもできる。近くにいるから存在が目立つだけのことだ」


 クレールは不満そうな表情をしていたが、謝った。ギヨームの顔を立てたのだと思う。

 それに対して。


「現在の橋渡しがいなくなることは、私も我慢ならない。そこは意見が合うな」

 ディディエはそう言って、わざとらしく従兄を見た。


 私はまだリュシアンに、ディディエからの提案の話を出来ていない。できれば手紙ではなく、直接話したい。

 だけどこの様子なら、直接は諦めて早く打ち明けるべきかも。ディディエがなんとかしたいと考えていると知らないリュシアンには、今の発言は結構なストレスだろう。


 と、入口からマノンが入ってきた。

「あら。どうしたの?」

 部屋の異様な雰囲気に戸惑っている。


「いや、何。クレールがあんまり失礼なことを言うから、ギヨームが謝罪したところだ」とディディエ。

 マノンはまあ、と一言、それは申し訳ありませんと頭を下げた。


「クロヴィスがいたら、拳骨では済まないところでしたね」とジスランが笑顔をクレールに向ける。

 うなずくエルネスト。


「そろそろ我々もお暇しましょうか。クレール殿。帰りも馬車に乗せていただけるのでしょうか」

 そうジスランが言えば、

「神殿までお送りするよ」とクレール。

「俺は歩いて帰る」とはエルネスト。


 それならばと皆が立ち上がる。

 私の目的も果たした。マルセルを除いた攻略対象に変化はない。ということはロザリーの変化は、多分、自然的なものではないだろう。


 それぞれが扉に向かう。私はカロンとクレールのピアノについて話ながら。

 帰りは、まずはふたりの殿下を見送らなければならない。そのあと、ギヨームに改めて今日のお礼を言おう。


「アニエス」

 とエルネストと話していたはずのディディエがそばにやって来た。カロンがさっと離れてしまう。

「先日の話を覚えているだろうな?」

 リュシアンのことか。返事はまだできないな。

「次は退かないと、ちゃんと伝えてあるぞ」


 ディディエはそう言うと、私の顎をくいと持ち上げた。近づいてくる、顔。


 咄嗟のことだった。


 ぎゅっと目をつむり、固く握りしめた拳を繰り出す。

 確かな衝撃。

 手に走る激痛。


「大丈夫かっ!」

 ふわりと、痛む手を包まれる。

「ギヨーム! 冷やすものを!」

 目を開けると、リュシアンが私の手を取り叫んでいた。

「こんな華奢な手でなんて無茶を! 骨が折れるぞ」


「咄嗟によけたから、そこまでではないだろう」

 見るとディディエが左頬を押さえ、床に座り込んでいた。エルネストやジスランがそばで膝をついている。


「悪ふざけが過ぎるぞ!」リュシアンが強い口調で詰る。

「ふざけてはいないが?」とディディエ。


「アニエス、手は大丈夫か? 動くか?」

 心配そうなリュシアンの声に、手をグーパーして確かめる。

「……大丈夫」

 メイドが差し出したタオルをリュシアンは私の手に巻いた。濡れてひんやりとしている。

「折れていなかったとしても、しばらく腫れるぞ」

 そうなんだ。人を殴るのはさすがに初めてだ。鼓動が早い。


 そうだ。私、本当に殴ったんだ。


 もう一度ディディエを見るともう立ち上がって、やはり濡れタオルを頬に当てている。

「まさか拳が飛んでくるとは思わなかったから、反応が遅れた」とディディエはなぜかにこりと笑みを浮かべた。「多少は当たったが、しっかり入ったわけではない。私はケガはしていないから、安心するように。次は手をふさいでからキスをする」


「いい加減にしろ! 彼女を怖がらせて楽しいのか」とリュシアン。

「……いいや。怖がらせたつもりはない」とディディエ。

 リュシアンの目が更に険しくなる。


「リュシアン。大丈夫。私は、大丈夫よ」

 思ったほど声が出なくて、震えた。

「大丈夫だから。心配しないで」





 気のせいだろうか。

 リュシアンが泣きそうな顔をしている。


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[良い点] 殿下、最後に一言。 貴方のそれはごーか○と同じです。 (特にこの時代の価値観なら死人が出るな)
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