35・秘密の会合は大にぎわいです
ピアノにチェロ、ヴィオラ、バイオリン、ハープにリュート。さすが音楽一家。応接間に楽器があふれている。
ここはゴベール邸。私の右隣にはマノン。その向こうにはギヨーム。向かいの長椅子には難しい表情のクレール。笑顔のジスラン。無表情のエルネスト。左手のひとり掛けには困惑顔のクロヴィス。右手のひとり掛けには憂い顔のカロン。
どうして、こうなったんだ。
◇◇
きのうロザリーの心境の変化を知った私は、それをすぐにリュシアンに伝えるか迷い、ギヨームに手紙で相談した。結果、その変化が外的要因を受けた他の人にも起きているのかを、自分たちで確認しようとなった。その時はクレールとここで会う案だったのだ。
だけれど蓋を開けたら、こうだった。
「大勢で押し掛けてごめん、ギヨーム」とクレール。「僕だけ抜け駆けはしたくなくて、ジスランとエルネストを誘ったんだ」
「すみません」とカロン。「先輩は祭祀に向けた禊期間で。ふしだらなことをしないよう、見張っていないといけないのです」
ぷっと笑うクレール。慌てて顔を作る。なるほど、先輩団員の屋敷に約束なしに大勢を連れてきてしまったから、殊勝にしているらしい。
「クロヴィスは」と笑顔のジスラン。「私がゴベール邸に行くと知って、恋人が口説かれないか心配で付いてきたらしい」
顔を赤らめる悪役騎士とマノン。ふたりしてもごもごと、恋人では……と言っている。一体いつ、くっつくのだ。奥手すぎか。
「ノロノロしていると、私がいただきますよ」とジスラン。
「先輩。その時は切り落とすよう、長から命じられています」
とカロンがどこかから、そこそこ立派な短剣を取り出して、ガコンと卓上に置いた。
「女の子にそんなことを任せるなんて」とジスランが呆れたように吐息する。
「カロン、案ずるな。その時はオレがやる」とエルネスト。
「助かります」
「いや、待て、お前じゃ冗談にならん」
余裕だった笑みがひきつるジスラン。
「冗談のつもりはないが」と堅物エルネスト。
「どうして抜け駆けがいやなんだ?」ギヨームがアホ神官のやり取りをスルーして、クレールに尋ねる。「もう協定は形骸化したと知っているだろう?」
皆の視線がクレールに集まった。
「ディディエ殿下が縦ロールに求婚したんだろう?」
クレールの言葉にカロンとマノンが驚きの声をあげた。ギヨームが内密にね、と言う。
「協定を結び、エルネストには強要したのに卑怯な行いだ。僕はああなりたくない」
「まだまだ純粋で可愛らしい」
ジスランがそう言うと、クレールはきっと睨んだ。それから大きなため息。
「正直に言えば、僕は縦ロールに好かれていると思えない。多分、他のみんなも。その条件が同じならば、彼女を手に入れられるのは権力を持つディディエ殿下だ。そんなのは面白くないじゃないか。だから僕でなくてもいいから、縦ロールが誰かに興味を持てばいいと思ってね」
協定を破る卑怯な王子でなければ、自分でない他のひとでもいいということか。可愛いショタのくせにクレールは、なかなかに負けず嫌いなのだろう。
「……とは言ってもジスランでは腹が立つからエルネストあたりかな。あくまで僕でないとしたらね」
ひどいなとジスラン。でも本気でそう思っているのではない声。
「マルセルさまはお誘いしなかったの?」とクレールに尋ねると、
「彼は殿下の味方だろう?」との答えが返ってきた。
エルネストがうなずく。「三人でアニエスに会いに行ったと聞いている。薬草園に」
「三人? あとひとりはリュシアン殿下?」
クレールの問いに、そうと肯定するエルネストとクロヴィス。もしや王子の行動って、騎士の間では筒抜けなのだろうか。恐ろしい。
「リュシアン殿下も、結局は縦ロールの周りをうろちょろしているよね」
「でも」と思わず声を上げる。「薬草園は、マルセルさまはジョルジェットさまにお話があり、リュシアン殿下は弟たちの相手をしてくれていたのよ」
「ふうん」とクレールが半眼になる。
「つまりその間、あなたは殿下と二人っきり」
そうか。しまった。エルネストの目付きが凶悪になる。
……というか。もう当初の用件は済んだみたい。クレール、エルネストの私への好意に変化はないもの。ジスランはよく分からないので、参考にならない。
「クレールに尋ねたいことがあったのだが、もう必要なくなった。お茶を楽しんだらお開きにしよう」とギヨーム。
「尋ねたいことって?」
「私への好意がその後変化していないか」
「ますます好きだけど? 会えないし、殿下は抜け駆けするしで身悶えする日々だ」
クレールの言葉にエルネストとジスランが力強くうなずく。
「……ごめんなさい。お気持ちに添えません」
ため息の三重奏。
「先輩」とカロンが固い声を出した。「アニエス様を本当にお好きなのですか?」
「もちろん」軽い口調の答え。
「ならば神官を辞めるべきです」
ジスランの顔から笑みが消えた。
「私は先輩を神官としては尊敬しています。祭祀の完璧さ美しさは随一ですしね。だけどアニエス様を本気でお慕いしているのならば、神官を辞めてほしいです。彼女はあなたが今まで遊んできたような人妻ではありません。未婚で未成年の、素晴らしい令嬢です。誠意を見せずに美味しいところだけ、なんて。さすがに私も軽蔑しますよ」
カロンの表情は真剣だった。きっと思い付きなんかではなく、何日も考えた結果の発言だろう。
「カロンさま。私はジスランさまの誠意なんて必要ありません。彼を好きになることはないし、そんな相手に仕事を辞められても重くて困惑するだけ。私はジスランさまの誠意より、カロンさまのお気遣いのほうが何倍も嬉しいです。ありがとう」
カロンは何度か瞬いて。ペコリと頭を下げた。きっと真面目なひとなのだ。
部屋の空気が重い。クレールが卓上のクッキーをひとくち食べ、美味しいよとカロンに勧める。クレールもツッコミ担当かと思っていたけど、優しいショタらしい。
と、正面の堅物騎士と目が合う。そうだ、彼に礼を言うのだった。
「そうだエルネストさま。すっかり忘れていましたが、誕生会のときは引き上げて下さってありがとうございました」
ああ、と堅物騎士。
「俺だけでも余裕だったのだが、リュシアン殿下が構わぬと仰るから」
「あの方はフットワークが軽いから」とクロヴィス。「で、何をしたんだ?」
「そこは聞かないで下さい!」
クレールがくすくす笑っている。
「アニエス殿がうっかりバルコニーから落ちたのですよ」とジスラン。「バランスを崩してね」
まあ。なんて良いフォロー。あなたって、時々いいところがあるわよね!
カロンとマノンは驚いている。これで自らバルコニーの外に出たなんて知ったら、私をおかしな令嬢だと思うだろう。
「手すりにぶら下がっていた彼女を殿下が見つけて引き上げようとした」とジスラン。
「万が一殿下が落ちてはいけないから、俺がやると言ったのだが、聞いて下さらなくてな。せめてふたりでと頼んだのだ」とエルネスト。「リュシアン殿下は王族なのだから、もう少し御身を大切にしていただきたい」
「それが殿下だからとしか言い様がないな」とため息混じりのクロヴィス。
「あの。リュシアン殿下って、そんなにフットワークがアレなのですか?」
そう、とふたりの騎士が声を合わせる。
「剣術体術とも騎士並みに習得されているし、毎日の修練も欠かさない。その分、ちょっと慎重さにかけるのが心配でな」とクロヴィス。
「どのみち王族は抜けるのだろう? 伯爵家に婿入りでは」とジスラン。「むしろこうなってくると、その時に備えて会得したのかと穿ってしまうな」
ふたりの騎士は沈黙で答えた。ということは、騎士団の間でもその考えがあるということではないだろうか。
「勿体ないよ」とクレール。「国王は無理でも将来は補佐となってくれるものだと思っていた」
「……その言い回しはよくない」クロヴィスが低い声でたしなめる。
「だけどそう考えている人は、結構いるだろう?」
ひょい、とマノンが立ち上がった。つかつかと部屋の一隅に歩いて行き、そこにあったリュートを手に取る。そして近くの椅子に座ると、黙って弾き出した。
どこか哀愁漂う音色。
静かに耳を傾ける。
曲が終わり、皆で拍手する。
そこにメイドが小走りで飛び込んできた。全員が何事かと息を飲む。
「大変です! ディディエ殿下とリュシアン殿下がいらっしゃいました!大層不機嫌なようですけど、ギヨーム様は何をおやらかしになったのでしょう!」
あぁという、声ともため息ともつかないものが一斉に漏れる。
不機嫌の理由は、私に違いない。
「私、隠れたほうがいいかしら?」
お読み下さり、ありがとうございます。
前回投稿からまた日があいてしまい、すみません。
その間に衝動的に書いたうさぎもふりたい小説(?)『精霊の愛し子のお仕事』にたくさんの反響をいただいております。
ブックマーク、評価、誤字報告、何より拙作をお読み下さったこと。とても嬉しいです。ありがとうございます。
『愛し子』効果でこちらのブックマークもだいぶ増えたようです。ありがとうございます。
次話は、あまり日をおかずに投稿したい、と思っています。




