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【書籍化に伴い12/21に公開終了】困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。  作者: 新 星緒


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33・恋とはいったい何でしょう

 ふたりの殿下を見送ってまた応接室に戻る。


 嵐のようなディディエが去ったら、急激に不安が押し寄せてきた。『真実の愛に辿り着く』のレシピに効果がなかったことに、思っていた以上のショックを受けているらしい。その上ディディエは遠慮なしに攻め入ってくる。油断した私がバカだったとは思うけれど、デレというかうちひしがれた犬のような態度をするタイミングが、毎回絶妙すぎるのだ。もう次は絶対に騙されない。


 そっと頬に手を触れる。リュシアンも気軽に令嬢の顔を触らないでほしい。ちゃんと、なんてことない風を装えていたか不安だ。いやそれよりも、マナー違反よと怒ったほうが令嬢らしかっただろう。




 ……全く!

 王宮はどういう教育を施しているのだ。それとも王族男子は令嬢に遠慮なく触れていいという決まりでもあるのか。隣国の従兄とやらも、ありえなくない? きっとジスラン並みの女好きに違いない。


 それにしてもこれから先はどうなるのだろう。既にゲームのシナリオとは大きく乖離しているから、先が予想もつかない。ディディエはどうしてあんなに諦めが悪いのだ。外的要因があったにしても、ひどくないだろうか。


 本当にあの時どうしてバルコニーの下に逃げたのだろう。ボルダリングの神様のイタズラだろうか。広背筋が鍛えられた女の子なんてモテナイと言われてスクールを辞めたから、バチを当てられたとか。だって思春期だったんだよ。


 悪役令嬢になりたくなかっただけなのに、ずいぶんと面倒なことになってしまった。じわじわからの恋ってなんなんだ。一足飛びに進みすぎる。

 翌日になって手紙を送ってきたマルセルも、じわじわ派なのだろうか。確か私が広間でうろたえている姿に惹かれたとのことだから、きっかけが一番遅い。


 私に好意を持ってくれているのが、ロザリーを含めて六人。きっかけはまちまち。

 いや、全員にはっきりときっかけがあるのって、普通なのかな?

 だって私、リュシアンを外的要因のせいで気になっているけれど、何がきっかけかなんて分からない。気づいたら、そんな気持ちになっていたのだ。ディディエの言う『じわじわ』が最もしっくりくる。


 目をつぶり、あの晩のことをトレースしてみる。リュシアンとのことはなし。攻略対象とロザリーが問題だ。

 バルコニーにやって来たディディエとロザリー。一方で他の四人は階下で広間に向かっていた。あれこれあって、バルコニーで私は全員に御対面。


 ……そうだ。私を引き上げた人はふたりいた。柵の隙間から出て来て私の腕を掴んだ手は二組。ひとりはリュシアン。もうひとりはエルネストだ。袖が騎士団の制服だったもの。

 いやだ、うっかりしていた。エルネストに礼を言っていない。確かに腕を見ていたのに。エルネストも、『あれは俺が』なんて主張できるタイプではないらしい。そんなふうで、本当に出世頭なのかな。今度会ったら、きちんと言おう。


 それから……、とバルコニーの出来事をなるたけ正確に思い返す。


 そして、小さな引っ掛かりを感じた。ディディエはエスコートをしていたロザリーをその場に残して去った。イヴェットの様子を見に行ったからだという。

 やっぱりこれは、おかしくないだろうか。普通ならば、残っていた誰かに彼女のエスコートを頼むものだ。その場に三人も男性がいたのだから。


 それにその三人のひとりはマルセルだ。ディディエは、イヴェットがジョルジェットと共にいることを知っていた。ディディエ、マルセル、ジョルジェットは幼馴染で友人。それなのになぜマルセルを置いて行ったのだろう。少なくとも、後には皆で集まっている。


 おかしい、と思うのは考え過ぎだろうか。


「お待たせ」


 はっとする。開いたままの扉から、ギヨームがやって来た。


「いいえ。いつもレッスンをありがとう。シャルルはすっかり夢中よ」

「ああ、よく分かる。素晴らしい上達ぶりだ。叔父君より素質があるのではないか?」

「それは良かった。私も下手なのよ」


 ギヨームは笑みを浮かべて椅子に腰かける。執事がお茶と菓子を用意しているからなのか、他愛ない世間話をする。


 やがて執事が退出するとギヨームは、転生仲間の顔になった。

「レシピは、やっぱりというかなんというか。残念だったな」

「ええ」

「四人が服用して、誰ひとり効果がなかったそうだ」

「四人も? よく短期間で惚れ薬を飲んでくれる人がみつかったわね」

「リュシアン殿下の従者、侍従、侍女、薬師見習いだそうだ。きっと殿下をリスペクトしている人たちだろうな。手助けしたかったんだろう」

「人望があるから?」

ギヨームがうなずく。


「大丈夫か? 表情が暗い。君も外的要因が解決されないのは、辛いだろう?」

「……結構、打ちのめされているわ」

「リュシアン殿下もだ。だいぶ参っているようだった」

「そうなの? 私には、陛下の理解を得たから、ディディエを無理やり諦めさせる必要はなくなったと言ったわ」

 うなずくギヨーム。

「それもまた事実」

 そうして傍らの鞄を開く。中から取り出したのは、革張りのノートのようだ。それを私に差し出した。


「これは?」

「リュシアン殿下から預かった。今回の騒動に関するデータと考察だそうだ」

 開くと確かにそのような内容だ。

「これを見て何か思い付くことはないか考えてほしいと頼まれた。見づらいからそちらに座ってもいいか」

 どうぞと答えるとギヨームがやってきて隣に座った。もちろん間隔はあけて。


 ノートは思いの外、細かい情報が書かれていた。

 外的要因に影響されていると考えられる者の、性別、年齢、勤務先、住んでいる地区、場合によっては名前や既婚かどうかまで。それが一覧になっているうえ、性別の割合、年齢の割合など様々に分類されている。

 アルベロ・フェリーチェで作った薬の一覧もあれば、発症者マップまである。


「……こんなに考えていたのね。」

「……なんとかして、解決したいようだな」

 それほどまでに王妃の恩義に報いようとしていたのか。自分のことで手一杯だろうに。

 ……それともこれは、現実逃避のためだろうか。


「殿下も書いているけれど、若者が多いな」とギヨーム。

 二十代半ばまでで八割ほどになる。

「どんな意味があるのかしら」

「ゲームだからか? キャラが四十代とかなさそうなイメージなんだが」

「そうだわ、確かに」


 だとしても。解決の糸口になるのだろうか。何も思い浮かばない。


「うぅん!」

 立ち上がって、伸びをする。

「どうした」目を向くギヨーム。

「本当は私、考えるのは苦手なのよ!」

「ミステリー好きなのに?」

「ミステリーは枠組みがあるもの。手掛かりは全て出ていて、書かれていない世界に答えはないでしょう? 現実は枠組みもなければ手掛かりが出揃っているのかどうかも分からないもの」

「なるほどな」


 つかつかと壁に向かう。手を着く。腕立て伏せ開始。


「何をしているんだ!」

「有酸素運動」

「有酸素運動?」

「脳の活性化にいいのよ。仕事前にジョギングがいいとか聞いたことない? 前世の兄は皇居ランをしてから、仕事に行っていたわ。ちなみに弁護士」

「皇居ラン? 流行っていたのか?」

「知らない?」

「高校からザルツブルクに留学していたんだよ」

「凄い!」


 振り返るとギヨームは、淋しそうな顔をしていた。


「……本場に住んでいた人から見て、このなんちゃって西洋時代劇の世界って、どう?」


 壁腕立ては話しづらいのでやめて、ギヨームの元に戻る。

「向かいでブルガリアンスクワットをしてもいい?」

「何だそれは。いや、どちらにしろやめてくれ。俺の思考がまとまらない」

 なるほど、と諦めて元の場所に座った。


「アニエス。だいぶ追い詰められているな」

「……そんなことはないわ」

 カップを手にしてお茶を飲む。


「ヨーロッパに住んでいた経験から言うと、微妙な違和感があるかな。建物や町並みのことしか分からないけど。なんというか、しっかり考証しないで適当に考えたんだろうなって感触だよ」

「確かにあれこれごった混ぜ感があるものね」

「もっともその違和感もだいぶ薄れてきたけどな。前世を思い出したときは記憶がわりと克明だったんだが、今は曖昧だ。だから曲がどちらの世界のものか分からなくて参る。ああ、音楽も適当だな、完全に。色んな時代のものが混ざっている」

「そうなのね」


 ここは時代考証なしの適当な世界、か。

 ホイップ増し増しのココアとかね。好きだから有難いけど。

 ふと、恐ろしい考えが浮かんだ。


「もしかしたらゲーム設定自体が適当ということはないかしら。全て適当。深い意味はない。アルベロ・フェリーチェの一文なんて、ただのかっこつけ」

 ギヨームがうなる。

「……ないとは言いきれないな」


 このゲームのストーリーはありきたり。攻略対象はテンプレ。悪役は多少ひねってあるけど突飛なキャラはいない。少年好きの変態セブリーヌだって、ゲームではただの楽団員思いの普通の人だった。深く作り込んでいる感はない。


 そうなると、どんなに考えようとも外的要因なんて突き止められない。


「大丈夫か?」

「不安に押し潰されそう。私、自分でこの気持ちに決着をつけられるかしら」

「……ディディエ殿下が目を覚まさないことより、リュシアン殿下を好きなままのほうが心配か?」

「ええ」

「それはな」ギヨームが手を伸ばし、私の頭を撫でる。「自分で決着なんてつけられるものじゃない。その気持ちが消えるまで待つしかできないんだ」


 ふとジョルジェットが思い浮かんだ。気持ちに整理をつけられたと言ったあとも、つらそうだ。


「面倒な感情ね」

「本当だ」ギヨームが笑った。「そう考えると、恋に臆せずやりたい放題、言いたい放題のディディエ殿下は強者だな。うらやましい」

「殿下だけではないわ、ジスランもマルセルもみんな、こちらの意見なんてお構い無しなんだから」


 それからクレールが作った『アニエスのために』の話になった。今のタイトルは『春の夜の夢』だ。お願いして変えてもらった。ただ『変更して』だけではクレールが渋ったので、出会ったときのことを表した今のタイトルを提案したら、すんなりと了解してもらえた。

 実はギヨームの入れ知恵なのだけど、それは墓場まで持っていかなければならない秘密だそうだ。


『春の夜の夢』はすでに人気で、というのもダルシアク邸のお茶会に出席していたご令嬢たちの口コミによって、素晴らしい曲だと広まったからだ。

 おかげでクレールはちょこちょこあちこちの邸宅で演奏しているそうだ。


「クレールにとってはこの騒動は良い方に作用しているよ。君はあいつのミューズだな」

「その言葉は言われたわ」

「……ま。俺も昔、言った」

「芸術家あるあるなのね」


 それからまたしばらく雑談をして。そろそろギヨームは帰るという頃合い。彼はぽつりと。


「外的要因が実際にあるとして、それが原因の恋とそうでない恋の差はなんだろう」


 そう呟いたのだった。


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