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【書籍化に伴い12/21に公開終了】困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。  作者: 新 星緒


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29・振り出しに戻るのでしょうか

 三日前に薬草園でディディエに会ってから、毎日花束が送られてくる。それと歯が浮くような口説き文句だらけの手紙。困ってしまうと返事をしたが、やめるつもりはないようだ。


 リュシアンからは何の連絡もない。


 ジョルジェットからは、マルセルの件で不行儀をして申し訳なかったとの手紙が来た。彼女もだいぶ参っているようだ。


 アルベロ・フェリーチェの実物を見ても解決のヒントは見つからなかったうえ、ディディエは私の意見を聞く気はない。リュシアンは外的要因の調査を続けていると思うけれど、連絡がないということは進展もないということだろう。


 何よりまずいのは、リュシアンから連絡がないことに、消沈しすぎている私自身だ。


 打開策を考えなければと思っても、良案は浮かばない。困ったと頭を抱えていたら、突然ギヨームがやって来た。私に緊急の用件があるという。

 いつもの応接室で会うとギヨームは、相変わらずやつれていたけれど、切迫という様子ではなかった。悪い知らせではないようで、ほっとする。


「約束もなしに悪いな」

 執事が下がるとギヨームは、前世持ち仲間の顔になった。

「いいえ。実は私も会いたかったの。相談に乗ってほしくて」

「ディディエ殿下だな。猛攻をかけられているんだって?」

「どうして知っているの?まさか、もう噂に!」

 血の気が引く。そんなことになれば、ますます逃げようがなくなる。だけれどギヨームは、違うと言った。


「リュシアン殿下に聞いた。さっきまで王宮で会っていた」

 その名前にピクリと反応した自分が恨めしい。

「その話を先にしていいか?」とギヨームが、全てを見透かしたような優しげな口調で言った。


 もちろんと答えると、ギヨームは傍らの鞄から紙ばさみを取り出した。中から出したのは五線譜。だけど音符はなく、代わりに五線と五線の間に文字が書いてある。

「手近に普通の紙がなくて」と照れるギヨーム。「これは俺が見つけたものの写し。元のものは殿下に渡した」


 手にとって見る。

「……『真実の愛に辿りつく』?」

 曲名のようだけれど、その下には『生の花びら』『乾燥花びら』、薬草名などが並び、分量が書かれている。その更に下には、作り方の手順だ。ただ、読めないことはないけれど、使われている言葉や文法が古めかしい。


「これは……?」

「何なのかは、分からない」とギヨーム。「何の花びらを使うのかも不明だ。だけど薬の名前がどことなく恋の妙薬っぽくないか?」

「ええ。どうしたの、これ?」

「事務局で借りたものに入っていた。コンペに出す曲は古典に回帰したものにするのだけど、煮詰まっていてね。何かの足掛かりになればと、古楽器を幾つか借りた。そのケースの中に書きかけの楽譜が緩衝材がわりにまるめて入っていて、それに混じっていたんだよ。楽譜に書かれていた日付が二百年ちょっと前だ」


 アルベロ・フェリーチェが前回咲いたのがそのぐらいだ。ということは、もしかしたら……。


 ギヨームは私の言いたいことを察しているのだろう。しっかりとうなずいた。

「アルベロ・フェリーチェの資料が指す惚れ薬の可能性はある」

 だからリュシアンに渡したのだという。


 見つけたレシピも楽譜に書いてあったそうだ。ただし裏側。恐らくはそれも書き写したもので、間違って緩衝材にしてしまったのだろう。

 だからギヨームは間違えて捨てることがないように、表に書いたらしい。


「ただ、惚れ薬にしては名前が微妙だ」

『真実の愛に辿りつく』というのは、惚れさせる感も惚れてもらう感もない。


「とはいえ、これをアルベロ・フェリーチェで作らせるそうだ」

「それはいいけど、誰が飲むの? 本当に惚れ薬だったら、大変なことになるわよね」

「志願者を密かに募るらしい。ただ、出来ることなら効果を無効化するレシピも見つけたい、とのことだった」

「このレシピを書いた人が、それも合わせて写した可能性はあるわよね」

 うなずくギヨーム。

「古楽器の持ち主なり来歴なりが分からないか、セブリーヌに調べてもらっている」


 すごい発見だ。本当にアルベロ・フェリーチェの惚れ薬なのかは分からないけれど、八方塞がりだった事態が動いてくれた。


「あまり期待しないでくれよ。全く関係ないかもしれない」

「そうね。分かっている。でも、やはり期待してしまう」


 切実に今の状況を解消してくれるものが必要なのだ。このレシピが一目惚れの原因だとなれば……。

 そこまで考えて、おやと思った。


「乾燥花びら?」

「そう。それがネックだ」とギヨーム。


 一目惚れの流行はアルベロ・フェリーチェの開花とほぼ同じだ。となると乾燥花びらを使った惚れ薬が原因では時期が合わなくなる。


「以前の論争と同じだ」とギヨーム。「『花びら』につぼみが含まれるのなら、いけるかもしれない。つぼみが見つかってから誕生会までが約一週間。乾燥はギリギリ」

「難しいところなのね」


 ため息をついてレシピを再度見る。日数上はいけたとしても、必要な量が準備できるのかどうかという問題がある。

 これを写した人は、なぜ花の名前を書かなかったのだろう。知られたくなかったから? 分かりきったことだから?


「リュシアン殿下からの伝言」

 掛けられた言葉にギヨームを見た。

「『ディディエのこと、助力できずすまない』だそうだ」

「……彼が謝ることではないわ」

「ディディエ殿下が協定をやめて求婚したんだって?」

「ええ」

「陛下もそれを許可したとか」

 首を振ってうなずく。

「君は外堀を埋められて困っているようだから、相談に乗ってあげてほしいと頼まれたよ」

「リュシアン殿下に?」

「そう。君のメンタルを心配していた」


 それは友人としてのこと、と自分に言い聞かせる。


「……無理しないで喜んでいいんだぞ」

 優しい声に目を上げた。ギヨームが声と同様に優しい表情をしている。


「予防線を張る気持ちも分かるけど、素直にしていたほうが楽。友人としてだろうが何だろうが、気にかけてもらえるのは幸せなことだ。俺なんてクレールの半分も気に留めてもらえないからな」

「そっか」

 そうだよ、とギヨーム。


 ありがとうと礼を言い、少しだけ彼の恋バナを聞いた。多分、私を気遣ったのだ。くすりと笑える愉快な話だったから。


 それから、彼に相談したかったことを話した。ディディエに対して、どうすれば良いのか分からなくなってしまったことだ。

 悩みを打ち明け終えると彼はうなり声をあげて、椅子の背にもたれて天井を見上げていた。


 ギヨームのような大人でも、難しい問題らしい。そう思ったらほんの少し、気が楽になった。


 かなりの間を置いてから、ギヨームはゆっくりと口を開いた。

「真摯に好意を向けられて、結婚の障壁になるものを自力で取り除く努力までされたら、気持ちは揺れるよな。そこで相手を突っぱねるのは、良心が痛んで当然だ。きっと」

 セブリーヌ並みに突き抜けた人間じゃないとね、と笑う。

「これが伯爵令息あたりだったら、絆されてもいいとは思う。だけどディディエ殿下は次の王になる人間だ。同情で結婚なんてすべきじゃない。いくら大公家に養女に入ろうとも、伯爵家の出であることには変わりない。不満に思う人間、足を引っ張る人間は必ず出てくる。それを乗り越えるだけの愛があるのか? もしくは野心」

 どちらもないわ、と答える。

「ならば、ディディエ殿下と結婚してはいけない。これは冷淡じゃない。君自身を守るための選択だ」


『冷淡じゃない。私自身を守るため』と心の中で繰り返す。


「一年も時間をおく必要もない。そんなことの結果は見えている。君は求婚を退けることを諦める。それだけだ」

 いいのかしらと呟くと、ギヨームは力強くうなずいた。


「いいんだ。ディディエ殿下は確かに君が好きなのだろうし、手に入れたくて必死なのだろう。だけど彼は自分が王子だということを考慮していない。自分の妻になることがどういうことかも分かっていない。そのうえアニエスの気持ちに寄り添わず、自分の努力ばかり見せて返事を欲しがっている。絆されて結婚すれば、大変な苦労をするぞ。もっとも殿下はまだ十七歳だからな。自分のことで手一杯なのは仕方ない。けれど一生を左右することだから、生半可な考えではダメなんだ」


 ギヨームの言葉を反芻する。驚くほどストンと心に落ちて納得できた。けれど本当にそれでいいのかな。考えることが面倒になって他人の意見にすがろうとしていないかな。そんな不安もある。


「ここは前世の世界とは全く違うぞ」とギヨーム。「君は貴族の一員で、ディディエ殿下は王子。この結婚は失敗だったから仕切り直します、なんて軽く済ますことはできないんだ。感情でなく理性で考えろ」

「……私、同じようなことを殿下に言ったわ」


 うん。そうだ。忘れていたけど大事だよね、理性。感情に流されるほどディディエを好きではない。好感度は上がっているけど、彼のために生涯にわたる苦労なんて背負い込みたくない。


「ありがとう。すごくすっきりした」

「俺がアドバイスしたなんて、ディディエ殿下には絶対に話すなよ。しがないチェリストのクビなんて簡単に飛ぶ」

「しがなくはないわ。唯一無二よ。でも、もちろん話さない」

「この世界は決断が早いよな。十六、七歳で結婚相手を決めるなんてさ。しかも貴族じゃ離婚も容易じゃない。リュシアン殿下だって普段は誰よりも明晰なのに、なんであんな結婚を選んだんだか」


 それは本人が選んだからではないの、と心の中だけで答える。

「何か事情があるのかと勘繰っちゃうよ。ま、俺だって少年好きの変態を好きだから、ひとのことは言えないけどな」

 適当に笑って誤魔化す。

「だけどな。実はちょっと引っ掛かっている」とギヨームは言って、卓上の五線譜に目を遣った。


「何が?」

「うん。なんと言うか、不自然? らしくない? 俺は乙女ゲームをしたことがないからアレだけど。ディディエ殿下たちのことに本当に外的要因があるのかどうか」

 言われた言葉に衝撃が走った。

「……どういうこと?」

「うん」とギヨームは頭をかく。「確かに誕生会のディディエ殿下の様子はおかしかった。急に恋に落ちたのだとしても、だ。だけどまあ、ジスランは通常通り。エルネストはよく知らん。クレールは元からはっきりとものを言う性格だ」

「外的要因はないと言うの?」

「いや、分からない。ただ、外的要因があったとしてそれが惚れ薬、というのがどうも腑に落ちない」

「どうして?」

 確か、惚れ薬の話が出た時のギヨームは肯定的だったはずだ。


「この世界は乙女ゲームの世界なんだろう?」

 首肯する。

「『ヒロインが攻略する相手は惚れ薬を飲まされていました』ってのは、どうなんだろうって思った」


 頭を殴られたような衝撃が走った。

 確かにそんな前提の乙女ゲームなんてイヤだ。


「それに『アルベロ・フェリーチェの花から始まる恋』だったっけ? その文言と惚れ薬の相性も良くないような気がする」


 息を飲んだ。すっかり忘れていた。

「……ちがう」と思わず呟く。

「違うかな、やっぱり」また頭をかくギヨーム。

「ちがうの! ゲームでの文言はこうよ。『幸せを運ぶ伝説の樹アルベロ・フェリーチェの()()とともに始まる恋』!」


 ゲームのことを何度も何度も考えたのに。なぜこの文言をしっかり考えなかったんだろう。


「『開花』か! 確かなのか」

「確かよ。おかしな一文だから、話題になっていたのだもの」

「ならばつぼみはダメだ」

 そう。つぼみが含まれるならば、『開花』なんて言葉は使わない。ただ『花』とすればいいはずだ。


「となると……。どうなるんだ?」

 そう問うたギヨームの顔は困惑している。きっと、私もだ。


 つぼみがダメなら、乾燥花びらを作る惚れ薬は時間的に不可能だ。他のレシピがあるとしても、結局そちらもつぼみを使えれば可能性が高いという結論だった。ゲームのことを考えると、惚れ薬の使用ということに疑問もある。



「……惚れ薬は関係ないの?」

 五線譜のレシピに目を落としながら、呟いた。




お読み下さり、ありがとうございます。

以下、個人的なことですので、ご興味ある方のみお読み下さい。



◇◇



先日の活動報告でモチベーションが……ということを書きましたが、昨日他作品の改稿・バックアップを一息にやったら回復しました(単純)。


そしてこのタイミングで、ポイントが3000になりました!キリ番、ゾロ目を見ると良いことがありそうで、ついついスクショをしてしまいます。


ブックマーク、評価、ご感想、大変励みになります。本当にありがとうございます。

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