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【書籍化に伴い12/21に公開終了】困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。  作者: 新 星緒


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25・どうやら勘違いをしていたようです

 ディディエの襲撃に喜んだ両親は、リュシアンが連れて来た侍従に、『己が可愛ければ勘違いをしないように』と釘を刺されたらしい。ふたりには珍しく根掘り葉掘り質問攻めにされたけれど、無難に答えておいた。

 私としては上手くかわせたと思っているけれど、執事とエマの意見は違うようだ。両親は盛大な勘違いをしているという。

 まあ、何でもいい。誤解しようが頭の中だけのことならば実害はない。


 そんなことよりも私は一目惚れブームの原因を見つけないとまずい。ゲームキャラ以外にも起きている現象なのだから、絶対に社会的な原因があるはず。

 一度、アルベロ・フェリーチェの実物を見てみたいな。見たら何か閃くことがあるかもしれない。

 だけど一般は立ち入り禁止という話だ。だったら薬師になるしかない。となると、まずは見習いへの就職だな。どうすればできるかを確認しよう。




 寝不足と情報過多で重い頭をもて余しながら自室に戻ると、チェストに飾られた小瓶が目に入った。手に取って見る。リュシアンと交換した花びらだ。ディディエはずるいと言っていた。あのときの私は深く考えていなかったけれど、端からみるといちゃついているように見える行動だったらしい。これからは言動に気を付けよう。

 私も外的要因を受けているなんて、知られないほうがいい。


 物音がして振り返ると、エマが頼んでおいたホットミルクを持ってきていた。

「お嬢様、大丈夫ですか。お加減がすぐれませんか」

「寝不足みたい」

 椅子に腰掛けミルクを手にする。

「少し休んでいていいかしら」

「横になりますか」

「そこまでではないわ」

 では家庭教師を断ってきますね、とエマが下がると目を閉じた。


 原因がわかったとして、この状況を解決する手段はあるのだろうか。

 ない、なんて恐ろしいことは考えたくない。あるという前提でがんばるしかないのだ。


 ディディエにだって早急に必要だしね。彼のおかれた状況は微妙なようだから、早く目を覚まして理性的に結婚相手を選んだほうがいいだろう。




 あれ。待って。

 外的要因から解放されたディディエは、政略的に『正しい』結婚相手を選択するだろうか。そうしたらゲームの要素はゼロになる。そんなストーリーはどこにもなかったはずだ。一番近いのは、彼のルートのバッドエンドだろう。ディディエは『恋愛なんて馬鹿げたことをしているヒマはない』という捨て台詞を吐いて、ロザリーの前から姿を消して終わりだった。


 いや、そもそもロザリーもヒロインポジションになった私も攻略対象を攻略していないから、ゲーム自体が成り立っていないということもあるかな。展開がまるで違うもの。



 ああ、頭がこんがらがるな。こういうのは私には向いてないのだ。




 ◇◇




 その翌日の午後。

 応接間でギヨームとふたりでお茶を飲んでいる。シャルルのチェロレッスン後に声をかけてみたら、時間をとってくれたのだ。だけどダルシアク邸で会ったときに比べて、だいぶやつれている。


「作曲で忙しいと聞いていたのだけど、大丈夫? 時間をとらせてごめんなさいね」

「ああ。全く大丈夫じゃない。諦めて昨日から各生徒のレッスンに出てる」と真顔で言うギヨーム。

「どっ……どうフォローしていいのか分からない」

 ぷっと彼は笑った。

「いいよ、しなくて。下手な慰めをされたら、キレるよ、俺。追い詰められているから」

「そうなの」

 複雑な心理状況なのかな?

「本の差し入れは感謝している」

「それはよかった。叔父の新作なのよ」

「へえ。すごいな。あの人にそんな才があるなんて知らなかったよ。で、何があった? 相談だろ?」


 察しのいいことに感謝して、現在の状況を手短に伝えた。

「手詰まりなの。宮廷薬局に入ろうと思ったけど、見習いになるにもある程度の知識があるか、推薦があるかしないとダメみたいで。申し訳ないけど、ツテはない? 音楽家は交遊関係が多岐にわたると叔父が話していたのだけど」

「薬局に? 悪いけど、ない。多分、マノンも」

「そうか」

「リュシアン殿下に頼むのも、ディディエ殿下との仲がこじれている今はまずいな」

 そうなのだ。イヴェットでも同様の理由でよくない気がする。

「最終手段ね。ロザリーにバジルを紹介してもらう」

 ただバジルは薬師最年少だから人事の力はなさそうだし、私に好意を持っていてくれる彼女に頼むのも、なんというか裏切り行為のような、そんな後ろめたさを感じるのだ。だけど背に腹は代えられない。


「ジョルジェットは?」とギヨーム。「公爵家ならば王族専用の薬師にも繋がりがあるんじゃないか?」

「なるほど」その発想はなかった。手紙を出してみよう。「ありがとう。少しでも進展があると、ほっとする。きのうはゲームについてもできるだけ思い出してみたのだけど、これといって手がかりになることがなかったの」

「ゲームだと今はどの辺りなんだ?」

「まだスタートしたばかり。時間軸はね。だけどこの世界では始まってないのではないかと思うの。何もかもちがいすぎる」


 ふうん、とギヨームは気のない返事をして黙りこんだ。あらぬ方を見ている。彼も自分の仕事が忙しいのだ。あまり引き留めてはいけないか。

「そろそろ……」と言いかけるのと同時にギヨームが

「ゲームでアニエス・バダンテールは悪役令嬢なんだよな?」と言った。

「そうよ」

「で、世間では、悪役令嬢がヒロインポジションになる小説も流行っていた」

「その通り」

「だから君は自分がヒロインポジションになって、逆ハーレムになったと考えている」

「ええ」

「この前提が違うんじゃないか?」

「え……?」

 思わぬ言葉に、瞬く。


「ヒロインはロザリー。彼女が選んだ攻略対象がアニエス・バダンテール」

 ギヨームはそう言ってから、困ったような顔をした。

「だから何だって話だけどな。状況が変わるとは思えないし」

「ちょっと待って! どういうこと?」

「そのままだよ」

「だって私は攻略対象ではないわよ」

「悪役令嬢がヒロインになる話があるなら、攻略対象になる話があってもいいだろ? 実際にロザリーは君を気に入っている」

 そうだ。花びら配布に一緒に並んだとき、

「お嫁さんになってと言われたわ」

「ほら、攻略されてるじゃないか」


 そんなこと、全く考えつかなかった。無意識に自分を主役にして物事を見ていたんだ。

「となると、どうなるのかな?」

「立ち位置が分かっただけだと思う。状況が変わるとは思えない」

 うぅむと考える。

「やっぱり違うんじゃないかな。このゲーム、ひとりの攻略対象につき、ひとりの悪役がいるの。私担当はいないわ」

「いるじゃん」とギヨームが笑った。「リュシアン殿下」

「リュシアン殿下? どうして?」

「一連の状況には外的要因があると考えて、解決を目指している。ヒロインからすれば、恋を邪魔してくる悪役だ」


 そうだ。ディディエも同じようなことを言っていた。

 となると。ヒロインはロザリーでアニエス・ルートのゲームが進行中ということ? 私の対応次第でエンドが決まって、そうしたら悪役のリュシアンはどうなるの?


「悪役は程度の差はあるけど、ゲームの終わりでは良くない状況になるのよ。リュシアン殿下にもそういうことが起こるかもしれないということ?」

「それは……。悪い、わからない」


 心臓が激しく脈打っている。ギヨームの説が正しければ、悪役のリュシアンはいずれ断罪される。

 結末は処刑から減給まで色々とあるけれど、アニエス・ルートなんてなかったのだからどうなるかは分からない。もしかして命じられた結婚とか神官がそれに当たるのか。それとも別に何かが起こるのか。


「落ち着け」

 ギヨームの声に我に返る。「悪役の結末には軽重があるのだろう? リュシアン殿下は人望がある。何かが起こるにしてもきっと軽く済むはずだ」

「そうかな」

「それに君のルートならば自分で何とかできるかもしれない。ロザリーとは友達だから、エンドはノーマル。平和的だ」


 人望があるとしても実の両親が味方になりそうにないし、現在ディディエとも微妙な仲だ。本当に大丈夫だろうか。


「それに」とギヨームが続けた。「このゲームの主要キャラ全員がアニエスに好意を持っている。頼めばリュシアン殿下を救ってくれるに違いない」

「……なんとかなる?」

「なるよ、きっと」


 ギヨームは息をつくと、目を反らした。視線がさまよっている。まだ何か悪い話があるのだろうか。


「アニエス」視線を再び合わせてギヨームが私の名前を呼んだ。「もしかしてリュシアン殿下に惚れたか」


 カッと顔が熱くなる。誤魔化す? どうする?


「……ツラいときは俺に吐き出していいぞ。望み薄い片思いなら、俺は年季が入っているからな」

 ギヨームは優しい表情だ。

「……外的要因のせいよ。解消方法さえみつかれば大丈夫。だけど、ありがとう」

「そっか。早く解決するといいな」


 それからセブリーヌやクレールの話をした。クレールの演奏旅行の話は流れたという。どうやらディディエが手を回したようで、昨夕突然に中止が決まったそうだ。このぶんだとジスランも予定が変わっているかもしれない。

 リュシアンの策は全滅なのだろうか。やはり解決策を……。


 ふと、引っ掛かった。私の元々の懸念は、逆ハー状態のことではなかった。すっかり忘れていたけれど誕生会が始まるまでは、『悪役令嬢になりたくない』と不安だったのだ。


「そうよ。私はヒロインじゃない」

「ん? どうした急に」

「ヒロインじゃないから、悪役ポジションの人たちが悪役をしていないのじゃないかしら?」

 セブリーヌには誕生会の時にしか会っていないけれど、ジョルジェット、カロン、クロヴィスには一度以上会っている。そして敵意は全くない。

「なるほど。そうかもな」


 そうすると彼らは全員安全。だけどリュシアンが、となるのか。


「……正直、今はあんまり余裕がないんだ。作曲がな」とギヨーム。「だけど転生仲間、ミステリ仲間だからな。なるたけアンテナ張って、解決に結びつきそうなことを拾うようにするよ」

「ありがと。素晴らしい曲になるよう、祈っているね」

「前世の記憶が邪魔をするんだ。どうやっても、何かの焼き直しのような感じがしてさ」


 そんな不便なことがあるのか。確かに私も、自分の知識がどちらの世のものなのか分からなくなるときがある。


「難しいわね」

「ま、これを乗り越えないとこの世界で作曲できなくなるから、なんとかするさ」

「前にも言ったと思うけど、私はあなたのチェロが好きよ。曲もね」

「嬉しいね」




 それからすぐにギヨームは、次の仕事に向かっていった。楽団で全体練習だそうだ。セブリーヌに会って癒されてくる、と嬉しそうだった。


 癒される……?

 と疑問に思ったのは内緒にしておこう。


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