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【書籍化に伴い12/21に公開終了】困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。  作者: 新 星緒


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19/51

18・私は斜め上で破壊力抜群らしいです

 私を結婚させる?

 なるほど。そうすればディディエたちは諦めざるを得ない。


「嬉しくないけど、そちら側からすれば有効な策ね」

「……怒らないのか?」リュシアンは意外そうな顔をする。

「怒らないわよ。元々、自分の意思で結婚できるなんて思っていないもの」

「条件を言っていたよな。穏やかで平凡なイケメンだったか?」

「プラス同じような階級、ね。あくまで私の希望。通るなんて思っていない。どう考えたってうちの両親は、自分たちの選んだ相手と私を結婚させるもの」

「……そうか」


 両親は私にもシャルルにも関心が薄い。その分好き勝手にさせてくれている(というより放置だ)けど結婚となれば話は別で、自分たちに都合がいいようにするだろう。今のところ私が第一王子に気に入られていると気づいてないようだけど、知れば大喜びするに違いない。


「それに阻止してくれたのでしょう?」

「一応、だ」とリュシアンは言葉を強調した。「そんなことをしたら外的要因のせいで冷静な判断が下せないディディエが、駆け落ちしかねないと進言してな。なんとか諦めてもらったが、この状況が長引けばどうなるか分からない」

「その時は、せめて子持ちではない方がいいです」

「子持ち……?」

「だっていきなり継母になるのはキツイもの。自分と変わらない年の子供とかは、ちょっとね」

「……分かった。覚えておく」


 それからリュシアンは、力が抜けたように笑った。

「お前って、ほとほとおかしい」

「そう?」

「やることも考えも斜め上」

「そうかな」

「ドレス姿でバルコニーにぶらさがるのは、十分に普通ではないだろう」

「あれは仕方ないのよ!」

「仕方なかろうが、普通の令嬢ならばやらない。確実に」


 うぅっ。これは一生言われるネタだな。これはもう話をそらすしかない。

「それで手紙にあった策って、そのことなの?」

「……お前、都合が悪くなると無理やり話を変えるな」

「なんのことかしら」

「まあ、いい。俺の考えた策は別だ。物理的に距離をとる」


 それは、ディディエを視察という名目で何週間か都から離れさせるというものだった。おまけでエルネストを護衛につけて、マルセルにもそれらしい理由をつけ帯同させる。そして彼らがいない間に、なんとか原因究明をする。

 この案が実現しそうだという。


 しばらく前から王宮には隣国カルターレガンの王子と王女が来ている。カルターレガンは妃殿下の母国で、彼らは甥姪にあたる方たちだ。従兄弟であるディディエの誕生会に参加するために訪れたらしい。


 そこで、このふたりに国内を案内するという名目での視察旅行に出発するという。早ければ来週にでも。今現在は、急ピッチで警備計画を立てているところだそうだ。


「だけれど王女殿下のご体調は大丈夫なの?」

 王女も王子もディディエの誕生会には出ていなかった。王女は長旅で体調を崩し、王子は彼女に付き添っているとの噂だ。


「ああ、体調ね。問題ない」

 リュシアンは何故か小バカにしたような口振りだ。珍しい。というか私以外の人に対して、そんな口調をすることはなかったような気がする。

 だけどそれ以上は言わないので、恐らくは伯爵令嬢風情が掘り下げていい話題ではないのだろう。私も興味はないし。


「それから」とリュシアンは話を変えた。「クレールは事務局長に掛け合って、二週間ほど演奏旅行に出すことになった。ジスランも地方での神事に参加だ。来週から準備で神殿から出るヒマはなくなる」

「すごい。完璧ね。全て陛下が動いて下さっているの?」

 助かるけれど、私が国王に諸悪の根元と目をつけられているような、そんな恐ろしさも感じてしまう。

「いや、違う。セブリーヌ・ベロンとは元々楽団運営についてよく話す。だから提案をしたらすぐに乗ってくれた。神殿の中枢にも親しい方たちがいるんだ。みな、ジスランの奔放ぶりには手を焼いていてな。もっともヤツのおかげでお布施は増えているから、釣り合いはとれているんだよ」とリュシアン。


 ……確かディディエは宮廷楽団の入団希望者が減っていることも知らなかったよね。ギヨームにリュシアンについて尋ねたとき、好意的な答えだった。殿下だからかと思っていたけど、もしかしたらリュシアンだからだったのかもしれない。


 なんだかモヤモヤする。

 私が知っていることなんて僅かなことだろうけど、リュシアンは都で活躍したほうがいいのじゃないかな。


「もうひとつ、進展があるぞ」

 大公令息は嬉しそうに言う。よく見ると、今日も目の下にくまがある。

「どんな?」モヤモヤを飲み込んで聞き返す。

「通史でアルベロ・フェリーチェの開花の記述を見つけた」

「本当!?」

「ああ。数行の、なんてことのない記述だったがな。ひとつ、新しいことが分かった。花びらを幸運のお守りとして市民に配っている。開花したときの慣例らしい」

 花びらを配る?

「それって……」

 リュシアンがうなずく。

「つまり花びらは無害ということだ」

「薬局の資料は? そちらでは惚れ薬が作れるとなっているのでしょう?」

「恐らく資料が間違いだ。薬師の記憶を元に書き起こしたものだからな。綴り間違いなのか、単なる記憶違いなのかは分からないが、そういうことが起こったのだろう」


 そうなのだろうか。

 確かに配布しているのならば、それは害がないからだろう。だけれどもディディエたちの問題にはアルベロ・フェリーチェが関わっているはすだ。でなければゲームの冒頭にその名が出てくる理由が分からない。

 それとも理由なんてなくて、本当に無関係なのだろうか。


「納得してない顔だな」とリュシアン。

「だってそうなると、今回の騒動の原因はなに?」

「分からん。だがアルベロ・フェリーチェでないことは分かった。次の手がかりを探すまでだ。ディディエが視察旅行から帰るまでにはなんとか解決したい」

「人手は足りているの?」

「問題ない」

「だけどくまがひどいわよ。お茶会の時もそうだった」


 するとリュシアンの頬がうっすら赤くなった。

「……これは違う。お前に借りた本がおもしろくて、ついつい読み耽ってしまう。いや、ちゃんと仕事もしているぞ! アルベロ・フェリーチェの記述を見つけたのは俺だし」

「分かる! 読みだすと止まらないのよね」

「そうなんだ。寝る時間が惜しい」


 リュシアンは既に本格モノを読み終えていて、そのトリックについてふたりで熱く語り合ってしまった。リュシアンはすっかりはまったようだ。今はもう一冊のユーモアものを読んでいるという。


「だけれど、しっかり睡眠はとってね。忙しそうだから」

「俺が倒れたら看病に来い」

「遠慮する。王宮なんてなるべく近よりたくないもの。第一あなたは婚約中でしょう。私が非常識な令嬢とそしりを受けてしまうわ……と。そう言えばイヴェットさまにあなたの恋人と誤解されていたのだけど」


 リュシアンは小さなため息をついた。

「あいつはちょっとばかり恋愛に夢見がちなんだ。そういった本ばかり読んでいるし、ドラマチックな恋愛に憧れている節がある」

 分かるような気がする。

「すごくいい笑顔で、ふたりの力になるつもりだったと言われたわ」


 と、リュシアンは背もたれに身を投げ出した。

「頼まれたのだろう? 婚約を解消するよう、俺を説得しろと」


 っ!!

 これは、どうしよう。なんて答えるべきかな。リュシアンはかま掛けだろうか。助けてくれている彼に嘘はつきたくないけど、お茶会で協力してくれたイヴェットを困らせたくもない。


「バレバレなんだよ」とリュシアンは笑った。「イヴェットのヤツ、お前を王宮に招いて、ジョルジェットと俺の四人でディディエ対策会議をしようと持ちかけてきてな」

 なるほど。彼女、行動が早い。

「だけど嘘をつくのが下手だから、ちょっと深く質問したらしどろもどろになった」

「お茶会でも、ぎこちなかったものね。素直な可愛い人なのね」

「可愛いかどうかは知らんが、素直なのは間違いない。兄思いのいい妹なんだ。その分、最近は考えすぎのきらいがある」


 考えすぎ、か。

 少しだけ迷ったけれど、正直に打ち明けることにした。


「イヴェットさまから、あなたとお母様のご関係を伺ったの」

 リュシアンはうなずいた。

「『だから母と距離をとるため都合のいい相手と婚約をした。あんまりだから考え直してほしい』、だろ?」

「そう。違うの?」

「その通りだよ。だがイヴェットはうるさいから、秘密にしておけ。面倒だから、相手を気に入ったで押し通している」

「……私は事情がよく分からないから。だけどあなたはそんな結婚でいいの?」

 実際、逃げられているし、との言葉は飲み込む。

「いいから、そうしたのだろうが。結婚相手に望むものが、俺は『都から離れられる』という条件だっただけだ。条件なんて人それぞれ違うものだろう? イヴェットの望むものと異なるから間違った結婚だ、なんて言われても困る」


 そう話すリュシアンにおかしなところはない。普段と変わらない表情と口調。本心を偽りなく話しているように見える。


「親しい人たちと離れるのは淋しくないの?」

「一生会えないならともかく、いつだって都に来られるのに淋しいもなにもない」


 まただ。モヤモヤする。

「……私は淋しいかな。せっかくミステリ仲間ができたのに」

「……」

「叔父が屋敷を出てから話せる相手がいなかったから」

「……叔父はどこに行ったんだ? 遠いのか?」

「ラリベルテの王都」

「遠いな」


 カルターレガンは北側の隣国だけれど、ラリベルテは南側の隣国だ。気軽に会える距離ではない。

「なんでそんな所に」とリュシアン。


 叔父は父に穀潰しと言われていた。残念ながらそれも仕方ないかなと思える程度に、彼は趣味に生きる人だった。私がミステリ好きなのは、叔父の影響。他にも絵も嗜んだし、あらゆる賭け事、スポーツ、なんでも好き。そんな中で群を抜いて好んでいたのがチェロだった。

 自分で弾くのは下手だったけど(悲しきかな、私もその血を受け継いでいる)、聴くのは大好き。


 その大好きが高じて、ラリベルテから公演に来た楽団のチェリストと恋に落ちて結婚した。そして楽団と共に都を去った。ちょうどリュシアンの誕生会の頃だ。

 今は向こうで音楽やミステリやらの批評家として活躍している。結構な人気もあるらしい。


 そう説明するとリュシアンは

「なるほど、お前が変なのはその叔父のせいか」と勝手に納得した。

 確かに叔父は変わり者かもしれない。趣味人でマイペース。自分勝手に生きている人だった。だけど私や弟が望めば構ってくれた。両親と違って。


 ただ、私におかしいところがあるとしても、叔父のせいではないはず。前世の記憶を取り戻したせいだと思う。でも面倒なので乗っかることにした。


「きっとそうね。叔父の影響だわ」

「叔父もバルコニーにぶら下がるか」

「それは!」

 リュシアンはニヤニヤしている。

「……いつまでも同じ話題を引っ張る嫌なヤツ」

「大公令息に向かって失礼だな」

「だけど伯爵家に婿入りしたら、同じ階級よ」

「確かに。まずいな威張れん」

「何それ」

 思わず笑ってしまう。つられたのかリュシアンも笑う。


 でももうひとつ、不安材料がある。あと五ヶ月のうちに婚約者が戻らなければ、神官になるという話だ。イヴェットはもう兄に確かめただろうか。


「……神官の話も聞いたそうだな」

 話を切り出すか悩んでいたら、リュシアンから持ち出してくれた。ええ、とうなずく。

「修行期間が終われば、自由だ。ミステリ談義でも何でもできる」

「……確かにジスランさまを見る限り自由そうだし、人生を楽しんでいそうだけど」

「だろ?」


 リュシアンはなんてことのないような顔をしている。私はこのモヤモヤをどう言葉にしていいのか、分からない。『なんだか納得できない』なんて漠然とした気持ちを、口にしていいのだろうか。


「俺がそうしたいと望んでいることだ。口出しはされたくない」

「……」

 そうだよね。

「分かった。あなたはそう望んでいるのね」

「そう言っている」

「それならこの件は私は何も言わない。イヴェットさまには申し訳ないけど」

 うなずくリュシアン。

「だけどもし悩むこととか判断に迷うことがあって、近しい人には相談しにくいときは、私に力にならせて。私は王族のしがらみとか分からないもの。斜め上から素晴らしい解決方法を思い付くかもしれないわよ」

「そんなぶっ飛んだ解決方法には頼りたくない」

「そう?」

「冗談だ」リュシアンは破顔した。「お前の提案は破壊力抜群そうだからな。悩みそのものを吹き飛ばしてくれそうだ。そのときは頼るよ」

「破壊力って。私、かよわい令嬢なのに」

 だけどその言葉は前にも言われた気がするな。いつだろう。


 リュシアンは卓上のカップを手にとり口に運んだ。もうお茶は冷めているだろう。何度か様子を見に来た執事を、彼はその度に制して部屋に入れなかった。







 気のせいだろうか。

 伏せられた目を縁取る長い睫毛が震えているように見える。


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