11・仲間は頼もしいです、たぶん……
リュシアンとギヨームという、ゲームには登場しない人たちが助けてくれそう。
そう安堵したとたん、前日の疲れと緊張、不安、寝不足のマイナス要素が山盛りだった私は、ダウンしてしまった。寝込んでいるなんて嘘をついたから、バチが当たったのかもしれない。
そんな私をエマをはじめメイドたちはとても心配してくれて、かいがいしく看病してくれた。有り難さが身に染みる。
しかもリュシアンたちと会っている間に、ふたりの友人から手紙が届いていた。どちらも舞踏会での私の状況を心配したものだった。友人ではなく知人程度の仲だと思っていたのは、私の勘違いだったらしい。
オリジナル・アニエスも彼女たちにとっては、それほどアレではなかったのかもしれない(縦ロールは除く)。
友人たちを知人だと思った薄情な自分が恥ずかしい。
とはいえ深く悩む余裕もなく一日中寝込み、起き上がれるようになったのは、翌々日のことだった。
寝込んでいる間に、リュシアンから軟膏が届いた。舞踏会のときに、メイドが私の皮膚がめくれた手に塗ってくれたものだ。彼はメイド姿の私が手袋をはめていたのを見て、ケガを思いだしたのだろう。案外いい奴だし、目敏いらしい。
軟膏には手紙、というか報告のようなものもついていて、やはり市井でも一目惚れが急増しているようだとのことだった。
となると、惚れ薬ではないのだろうか。実はこの世界には魔法があって、悪い魔女の仕業とか。でもゲームにはそんな伏線は一切なかったと思うし、どうにも分からない。
とりあえずエマに、周囲で急な恋愛が始まったら教えてほしいとお願いをした。彼女は訝しげではあったけれど、今回の騒動に関わるのだと説明したら、任せてくれと了承してくれた。
そんな訳でゲーム開始三日目の午前中は、寝込んだ分を取り戻すための軽い運動をしたり、友人やリュシアン、攻略対象五人(マルセルに寝込んでいると伝えたせいで、彼らから見舞い品が届いてしまった)に手紙や礼状を書いて過ごした。
それとリュシアンについての情報収集。と言っても、執事に尋ねただけだけど。彼はゲームに出て来ないし、元々興味もなかったしでどんな人物なのか、よく知らない。
で、分かったこと。
リュシアンの父親デュシュネ大公は、国王の二歳下の弟で、兄弟仲は良好。兄は即位してすぐ弟のために国王補佐という役職を作り、ふたりは十年近く力を合わせて国を統治してきた。
だからリュシアン一家は王宮に住んでいるらしい。大公家でもかなりの例外なのだそうだ。
家族は父親と公爵家出身の母親、三歳下の妹イヴェット(舞踏会で見かけた令嬢だ)、七歳下の妹、八歳下の弟。
また、私はリュシアンを長男だと思っていたけれど、そうではないそうだ。彼は双子の次男で、長男は六歳の時に事故で亡くなられたという。
そんな不幸を経てリュシアンは思うところがあったのか、勉学に武術にと全てに打ち込み、同世代の中では群を抜いてすぐれた青年となったそうだ。
彼が婚約した伯爵令嬢の住む屋敷は都から遠く離れた辺境にあり、しかも当主は中央の政治に一切関わっていないという。リュシアンは結婚後その領地に行く予定だそうで、世間は、大公夫妻がこんな婚約をよく認めたものだと驚いているらしい。
ギヨームも彼を傑物と評していたし、本人は従弟思いのようだ。それなのに都も大公家からも離れる決断をしたのだ。相当に伯爵令嬢を好きだったのだろう。
そう思うと、私をからかったのも意地悪ではなく、本当に気が滅入っていて誰かに甘えたかっただけなのかもしれない。
あの舞踏会は、ディディエの婚約者を探すものだった。かつて自分のその舞踏会で伯爵令嬢を見初めたことを思い出して、実は、辛かったのかもしれない。
ちゃんと話せば、(それほど)悪い奴ではなさそうだし。
軟膏を送ってくれたし。
頼れる良い仲間、と言えそうだ。
◇◇
そうして午後。早い時間にギヨームがやって来た。ちなみに私が寝込んでいる間に、シャルルがチェロを習うことを両親は了承。我が家での担当は執事と決まった。
ギヨームはシャルルに子供用のチェロを持ってきてくれた。ゴベール兄妹がかつて使っていた子供用がいくつかあり、それぞれの生徒に貸し出していたもののひとつが折よく返却されたとのことだった。
恥ずかしながら、子供用のチェロがあるとは露知らず、ありがたくお借りすることにした。ギヨームは、続くか分からないレッスンのためにわざわざ買う必要はないと言い、彼の人気はそんな懐の深さにもあるに違いないと思ったのだった。
ついでに彼は私の件の報告もふたつ、してくれた。楽団や知人にカップルが増えたことがひとつ。もうひとつは、エルネストを心配しているクロヴィスと、クレールを心配しているセブリーヌの様子についてだ。今のところはやきもきはしているけれど、私に悪意はなさそうとのことだ。
とりあえずは、セーフ。
つい三日前までは、マルセルルートで悪役になるオーバン公爵令嬢のジョルジェット以外のことは、あまり気にしていなかった。薄情だとは思うけれど、ジョルジェット以外の三人には会ったことがなく人となりを知らなかったので、思うところがなかったのだ。
だけれども舞踏会で会い、多少なりとも会話を交わした今、彼女たちに悪役になってほしくないと切に思う。
セブリーヌとクロヴィスに関しては任せろとギヨームが請け負ってくれたので、とても助かる。
ギヨームは仕事へ行きがてらうちに寄ってくれただけなので、早々に帰って行った。できれば色々と相談をしたかったけれど、仕方ない。
とりあえずひとりで部屋にこもり、軽く動きながらあれこれ考える(前世で仕事前に軽い運動をすると脳が活性化すると聞いたことがあるからね)。
マルセル家のお茶会に着ていく服とか(まだ招待状をもらっていないけど)。ディディエをきっぱりフるための口実とか。伝説の樹とゲームについてとか。
そんなことを考えていたらリュシアンから、これから屋敷に行くから、との知らせが届いた。尋ねるのではなく決定済みな物言いは、大公令息だからなのだろうか。
仕方ないので、動きすぎてボサッていた髪を直すついでにエマに最高に可愛らしい髪型に結ってもらい、服も私に一番似合うものを選んでもらった。
ふふん、もうセンス崩壊とは言わせない。アニエスは素晴らしい令嬢なのだと見直させてやる。
気合いを入れて待ち構えていると。やって来た大公令息は私を見て瞬きひとつすると、開口一番
「なんだ、俺に惚れたのか? そんなにめかしこんで出迎えるなんて、案外可愛いところもあるのだな。だが俺はダメだぞ。婚約者がいる」
と憎たらしいドヤ顔でのたまった。
「違うわ! メイドに任せればこうなるの!」
リュシアンのために可愛い格好をしたと思われたくなくて本当のことを言うと、彼はくっと笑った。悔しい。作戦失敗だ。
「だがそれではただの美人令嬢だな。キテレツな縦ロールのほうが印象に残る」
「髪型だけでしょう。みんな私の顔なんて認識してなかったじゃない」
「確かに」
楽しそうなリュシアンは、鷹揚な態度で椅子に座った。
挨拶は? まあ、もういいか。
なんだか数年来の友達みたいな雰囲気になってしまっている気がする。
彼の向かいにすわり、
「軟膏をありがとう。とても効いているわ」
と言うと、彼は当然、とうなずいた。
「王家専用のものだ。秘伝のレシピで作られている」
「どうして? 材料が貴重なの?」
「さあ?」
「良いものはどんどん世間に出すべきだと思うけれど。材料が貴重で乱獲されると絶滅するというならともかくね」
「……」
だけどこういう考え方は、この世界の貴族らしくないのかな。富は王が独占するもの。
って、そんな国王ではないと思うけれど。
国内は平和で貧しくもなく、近隣諸国とも友好関係にある。悪い王様ではないだろう。
「それで急な来訪はなぜ? 何か進展があったのかしら?」
そう水を向けると、モブである大公令息はにやりとした。
「進展なぞない。ヒマだからからかいに来ただけだ」
お読み下さりありがとうございます。
書き忘れていましたが、白地にピンクの花びらの花は実際にあります。サフィニアのももいろハート。樹ではありません。
それから今回の話は地の文ばかりなので、つまらなかったかもしれません。会話だらけの次回を、今日中にアップします。




