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【書籍化に伴い12/21に公開終了】困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。  作者: 新 星緒


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9・思わぬ展開になりそうです

 リュシアンは部屋に入るなり、眉をひそめた。

「執事が、お前がおかしな格好をしていると詫びていたが、なんだその服は? 縦ロール、ご夫人ときて、今度はメイドか?」


 その言い方にむっとしたものの、相手は大公令息だ。服装について詫び、丁寧に挨拶をする。

 するとリュシアンは鼻白んだような表情をした。


「今さら令嬢ぶらなくていいぞ。ひとの腹に拳を叩き込んだくせに」

「え!」と声を上げたのはギヨーム。

 リュシアンの後ろでは執事が蒼白になって目を剥いている。

「それはあなたが!」

「男女問わず、武術の練習でもないのに暴力をふるわれたのは、初めてだ」

「……申し訳ありません」

 謝るのは悔しいけれど、立場を考えたら仕方ない。


「すごいへの字口だ」リュシアンはそう言って笑った。「お前の一撃なんて、蚊がとまったようなものだ。気にするな」

 あなたが話をふったくせに! やっぱり性格が悪い!


 リュシアンはギヨームの挨拶を受けると優雅に座り、二人はにこやかに話し始めた。昨晩の演奏についてだ。何しに来たんだ。


 だがしばらくすると、リュシアンは私を見た。

「さて。俺は昨日の話をしたいのだが」

 なるほど。これは私のミスだ。彼に説明をしていなかった。


「殿下。お話にギヨームさんも同席してもよろしいでしょうか?」

 リュシアンがギヨームに目を向ける。

「実は彼から、私が退出したあとのことを聞いていたところだったのです。クレール・フィヨンも関わっているから、彼としても気になるそうです」

「……なるほどな」


 リュシアンが部屋に来るまでの間に、ギヨームとそう打ち合わせをしたのだ。ギヨームがクレールが気がかりなのは事実だし、私はリュシアンとふたりで話すのがイヤだ。


「分かった。同席を許そう」とリュシアン。

 ほっと胸を撫で下ろす。

 折よく執事がやって来て新しいお茶を出した。


 彼が部屋を出るのを待ってから、リュシアンは口を開いた。

「アニエス、幾つか確認をする」

 あ、嬢が消えている。身分はだいぶ下だからいいけどさ。

「ディディエと今までに交流は?」

「ありません。挨拶ぐらいです」


 記憶を取り戻す前のアニエスだって、ディディエに近づいたことはない。あちらは王子で私はただの伯爵令嬢。いくら性格がアレでも厳しく躾られてはいたから、階級をわきまえずに図々しく話しかけるなんてことはしなかった。

 そんな風だっからゲームの私はストーカーになり、男爵令嬢でありながら王子と仲良くするロザリーに嫉妬したのだと思う。


 ちなみに一番近づいたのはリュシアンの誕生会だ。友達と談笑していた席に彼がやってきて、

「楽しんでいるかな?」

 と一言だけ声をかけて、私たちがうなずくのを見て去っていった。

 その優しげな笑顔が、令嬢に悪態をついてばかりのリュシアンと対照的で、ちょっとばかり胸がキュンとした。

 幸い、本格的に好きになるまえに前世の記憶を取り戻したから、良かったけどね。


 という訳で、本当にろくに会話したことがないのだ。


「ならば他の四人は?」とリュシアンが重ねて尋ねる。「ああ、そうだ。マルセルから恋文は届いているか?」

「何故それを!」

 リュシアンがうんざりした顔をした。

「お前が退出したあとに、あいつもお前を気に入ったと言い出した。俺のせいで伝えそびれたとうるさく言うから、ならば手紙を出せと言った」


 ギヨームがうなずいている。彼もその話を聞いていたらしい。ということは、あの広間でそんなやりとりをしていたのだろう。げっそりだな。


「そうでしたか。手紙は朝一番に受けとりました」

 朝一番、とギヨームが呟く。本当だよ! 私相手に、熱心すぎるよね。


「マルセルさまとクレールは挨拶したことがある程度。神官のジスランさまと騎士のエルネストさまは、多分、挨拶すらしたことがなかったと思います」

後者のふたりなんて、そもそも会う機会がなかった。すれ違ったことすらないのではないだろうか。


「ふむ。彼らもそのように話していた」とそこでリュシアンは、ギヨームを見た。「で、彼とは?」

「ギヨームさんとも、きちんと話したのは昨晩が初めてです。今日は弟のチェロレッスンのためにお越し下さったのです」

 リュシアンは鷹揚にうなずいた。ギヨームの訪問理由については、執事が説明済みだろう。


「ギヨーム殿。単刀直入に尋ねるが、彼女を好きか?」

 いいえ、とギヨームは苦笑した。

「私はただの傍観者ですよ」

「そうか。アニエス、昨日の五人の他に様子のおかしい者はいるのか?」

「……ロザリー様?」

「ああ、あの男爵令嬢か。あれも確かにおかしかったな。お前、彼らにヘンな物を食べさせたり、あげたりは?」

「していません」


 だよな、彼らからもそう聞いていると言ったリュシアンは、卓上のカップを手に取りお茶を飲んだ。

「一目惚れということはあるかもしれないが、一度に複数というのがおかしい。しかもアホなひとりを除けば、みな普段は冷静なタイプだ」


 アホなひとり、とは間違いなくジスランだろう。


「不自然ですよね」とギヨームが同意する。


 リュシアンに、ゲームのせいなのです、と打ち明けたほうがいいのだろうか。

 アニエスは男を惑わす悪女だ、なんて断罪される可能性に気づいて、怖くなる。このゲームにはそんなエンドはないけれど、ヒロインのバッドエンドによくあるパターンだよね。


「実は彼ら以外にも、急に恋に落ちる者が何人も出ている。一昨日ぐらいからのようだ」

「え?」リュシアンの言葉に、思わず私もギヨームも聞き返した。「どういうことですか?」

「分からん。他にも同じような者がいると分かったのが、今日でな。俺の従者によると、城の若い侍従や侍女の間でそうなっているそうだ。今、城外はどうかを調べさせている」


「……一目惚れする病とか?」ギヨームが自分でも信じていない口調で言う。「だけれどそんなものは聞いたことがない」

 リュシアンがうなずく。

「ディディエ、マルセル、エルネストの三人に質問してみたが、病にかかるような覚えはないようだった」


 ギヨームが物言いたげな顔で私を見ている。だけれど私も、分からない。ゲームは関係ないのだろうか。


「『アルベロ・フェリーチェ』」とリュシアン。「聞いたことはあるか?」

 私は首をかしげた。その名前に覚えはあるけれど、なんだったかは思い出せない。

「伝説の樹ですよね」とギヨームが答える。「その名のチェロ三重奏を書きました」

「ああ、そうだった」とリュシアンが笑みを浮かべた。

「若いころの作品なので、いまいち深みがたりないのですが」とはにかむギヨーム。


 アルベロ・フェリーチェ。伝説の樹。


「あ!」思わず声を上げた。「数百年に一度、花が咲く。咲いた年から数年間は国内に幸せがあふれ、平和な御代が続くという樹!」

「そうだ」リュシアンがうなずく。


 すっかり忘れていたけれど、歴史の授業で習った。そしてゲームの世界にもあった。ゲームスタート時にたったひと文、『幸せを運ぶ伝説の樹アルベロ・フェリーチェの開花とともに始まる恋』とあるのだ。それ以外では全く出てこないからファンの間では、あの一文の意図が分からないと話題になっていた。


「あれが咲いたのですか?」

「そう。一昨日からだ」


 リュシアン、ギヨーム、私の三人は顔を見合わせた。


「……ということは、花のせい?」

「まだ分からん」

「まずは樹に関する資料、文献などを読むことからでしょうかね」とギヨーム。

 だがリュシアンは首を横に振った。

「残念ながら、ない」


 リュシアンの話によると、アルベロ・フェリーチェは城近くの王家専用の薬草園の中にあり、樹の世話と観察は宮廷薬局が担当しているそうだ。薬局の本部は薬草園の中にあり、薬草と樹に関するあらゆる資料はそこに納められている。


 だがその薬局本部は百五十年ほど前に落雷による火災で全焼してしまった。必死に貴重書を運び出したものの、大半が燃え尽きてしまい、その中にはアルベロ・フェリーチェに関するものも入っていたそうだ。


 当時の薬師たちは記憶を頼りに、失われた資料を書き起こしたけれど、あまり読まれていなかった伝説の樹に関しては、不可能だったという。


「全くない訳ではないのだが」とリュシアン。「たった数ページだけで、たいした情報はなかった。唯一ひっかかるのは、花から惚れ薬が作れるらしい、という記述だけだ」


「花から惚れ薬?」とギヨーム。「ほぼビンゴじゃないですか」

「だが花はひとつも盗まれていない。薬局が記録している」

「数えられる程度しか咲いていないの?」と私。

「昨日までは。今日は爆発的に増えて、数は不明だ」


「つぼみは?」今度はギヨーム。

「確かにつぼみは数えていない。だけれど記述が『花』とある以上、盗むなら花のはずだ」

「薬局以外に樹の資料がある可能性は?そちらには、つぼみでも大丈夫と書いてあるかもしれない」

 と言いながら、敬語を忘れていることに気づく。でも咎められないから、いいのかな。


「可能性はゼロではないがな。だとしても、今回おかしくなっている者の顔ぶれを見てみろ。原因が惚れ薬だったとして、身分、住まい、交遊関係が異なる彼らに、いつどうやって飲ませた」

「確かに」とギヨーム。


「その説明は簡単よ。飲ませるひと、つまり実行犯ね。実行犯が複数いればいいのだから。城、それぞれの屋敷、もしくは職場にね」

「それならアリか」とギヨーム。


「開花は一昨日。最初のつぼみが一週間前」とリュシアン。

「薬師の中に犯人のひとりがいたとして、さらにつぼみからも惚れ薬が作れるとしたら。一週間あれば、薬を作って、欲しがる実行犯に売り付けるには十分じゃない?」


 リュシアンがジロリと私を見る。

「お前、やけに詳しいな」

「ミステリーが好きなの」

 ミステリー?とリュシアンが眉を寄せる。

「殿下はお読みにならないかもしれませんね」とギヨーム。「娯楽小説ですよ。事件が起こって、それを解決する」

「そんなものがおもしろいのか?」

「『そんなもの』!? ミステリーなくして人生はないわ!」

 思わず中腰になって力説する。前世も今世もミステリーが大好きなのだ。


「ふうん。ならばそのミステリーとやらを貸せ」

「分かったわ。オススメを用意するから、ちゃんと読まないとダメよ」

リュシアンは素直にうなずいた。やや好感度アップ。


「だが樹の惚れ薬説が正しい場合、飲ませた方法はともかくとして、犯人の可能性が高いのはお前だぞ」とリュシアン。

「どうして……あぁ、確かに」

 惚れられているのは私なのだから、当然そうなるか。

「薬が遅効性という可能性もあるけれど、ロザリーを含めた六人が同じ頃合いに効果が出るなんてヘンよね。ううん。難しい」


「城外の状況を調べているとおっしゃいましたね」とギヨーム。リュシアンがうなずく。「これで城外にも同じようなケースが多ければ、惚れ薬説は弱くなる」

「そうだ。もしつぼみを盗んでいたのだとしても、大量となれば薬師だって気づく」


 そうか。供給には限りがある。つぼみひとつから数人分作れるのならばともかくとして。


「そういえば、花はどんなサイズなのですか?」

「直径5センチ程度。花びらは5枚。白地にピンクのハート模様」

「ピンクのハート?」

「そう。他では見たことがない、と薬師たちは言っている」

「ハートだから惚れ薬説が出たのかな」とギヨーム。

「全く分からない」とリュシアン。「アルベロ・フェリーチェが原因との仮説は立てられても、そうでないことだって十分に考えられる」


 どうだろう。ゲームで最初にその名前が出ているのだから、伝説の樹がキーアイテムなのは間違いがない気がする。それをどうやって伝えればいいのかな。

 あとでギヨームに相談してみようかな。貴重な転生仲間だ。


「とにかく俺が言いたいのは」とリュシアンが続ける。「ディディエたちの様子がおかしいのには、原因があるかもしれないということだ」

「原因があるのなら、彼らが正気に戻れるかもしれないわよね」

「そうだ」

「良かったわ」

 今のところ、まだ分からないことが多すぎる。けれどとにかく私は、ヒロインポジションから逃げたい。穏やかで平和な令嬢ライフを送りたいのだ。


「お前はそれでいいのか? 王子妃になるチャンスだが?」リュシアンが尋ねた。

「同じことをギヨームさんにも問われました。ディディエ殿下にも他の方々にも興味はありません」

「すでに意中の相手がいるのか?」

「いません」

「ふうん」

「私は同じような階級の穏やかで平凡なイケメンがいいのです」


 ギヨームがぶふっと吹き出した。

「イケメンも必須なんだ」

「だって好みじゃない方を紹介されたら困るもの」

「正直だな」


「穏やかで平凡なイケメンのほうが、バルコニーにぶら下がっている不審者を遠慮するだろうな」

 リュシアンが意地悪な顔をしている。

「あんなことは二度としないわ!」

「どうだか」

「意地悪なひとね」


 上がった好感度が下がる。そんな風だから婚約者に逃げられるのだ。せっかく顔はいいのに、残念なヤツ。


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