165日目 発展魔法生物学:ハッピー・トランペットの栽培について
165日目
ギルから羽音が聞こえる。よくよく観察してみたら、筋肉の超振動により発しているらしいことがわかった。つくづくあいつ人間じゃねーな。
ギルを起こして食堂へ。ちょっと甘いものを食べたい気分だったのでジャムパンをチョイス。甘酸っぱいマーマレードがマジデリシャス。ピールの苦味もなかなかグレート。個人的に、ピールを活かせていないマーマレードは二流だと思っている。
ギルはもちろんジャガイモを『うめえうめえ!』と貪っていた。マーマレードをちょっぴりつけてやったんだけど、あいつは何で気づかないのだろうか。
それと、『マーマレードもおいしーっ♪』ってほおばるロザリィちゃんが超かわいかったです。お口の端をちょっと汚し、慌ててぺろっとふき取るところもキュートすぎて気絶しそうになった。
そうそう、パレッタちゃんが『ふへへへ……! これぞ究極……!』とかヤバい笑みを浮かべながらマーマレードをべしょべしょになるまで塗った(もはや浸したに近い)パンを食べていた。俺、いまだにパレッタちゃんのキャラがよくわからない。
今日の授業はピアナ先生、グレイベル先生の発展魔法生物学。俺を見るなり、ピアナ先生が『じゃむくっきぃ……』って目をぱちぱちしてきて悶絶しそうになった。
どうやらステラ先生がピアナ先生に自慢したらしい。『ジャムクッキーなら俺も何度か作ったことがあるんだがな』ってグレイベル先生は苦笑いしてたんだけど、あの人どんだけ女子力高いんだろうか。
さて、今日のテーマはハッピー・トランペットっていう綺麗な花。その名の通りトランペットのような形をしていて、仄かなオレンジとピンクのコントラストがなかなか鮮やか。入口のところに飾り付けておいたら客も呼び込めそうな感じのやつ。
が、例によって例のごとくヤバい植物らしく、こいつの香りには強烈な催眠効果があるんだとか。最初は軽い幸せな幻覚を見る程度なんだけど、それを求めて何度もこの花の元に来るうちに強烈な幻覚に引き込まれ、そのままその場に釘付けになって死んじゃうんだって。
で、そうやって仕留めた獲物が自然に土にかえり、こいつらの餌になるってわけだ。魔法植物マジ怖い。
とりあえず、簡単な育成法と注意点を書いておく。
・ハッピー・トランペットは獲物を甘い香りで誘い込み、幸せな幻覚を見せる。この香りには軽い依存性があり、獲物は再びその香りと幻覚を見たくてたまらなくなってしまう。獲物が気に入らない場合、三日間はきつづけた靴下みたいな匂いを出す。
・幻覚症状が強まった獲物は一日中ハッピー・トランペットの周りで過ごすようになる。このころにはすっかり自分の幻覚世界に閉じこもってしまうため、よほどのことがない限り外界からの刺激を受け付けない。よほどのことがあった場合、拗ねて三日間はきつづけた靴下みたいな匂いを出す。
・幻覚症状の末期段階では、獲物はとうとうこの世のものとは思えない幸福感に包まれ、ハッピー・トランペットをむしりとって本物のトランペットさながらに吹こうとする。花の中には香りの元となる非常に毒性、および揮発性の強い分泌液がたまっており、それを過剰に吸引することで獲物は中毒を起こして死ぬ。
・花にたまった分泌液は魅了の秘薬になるほか、魔物の調教薬、精神安定剤、悪魔祓いなどに扱われる。また、その非常に良い香りから魔法の香水、化粧水の材料にも使われるほか、普通の香水、化粧水にも使われる。なお、三日間はきつづけた靴下みたいな匂いが出ていても同じ効能のものが作れる。
・特殊な魔法光をあてることでハッピー・トランペットの香り(分泌液)は消える。これは含有魔力を花本体を守るために充てるからだと言われているが、あてつづけないと再び香り出す。香り出し始めは三日間はきつづけた靴下みたいな匂いがする。
・苗の段階から特殊な魔法水を用いて育てることで依存性の非常に少ないハッピー・トランペットを得ることができる。しかし、その分魔法材料としての質は低い他、得られる幸福感も低い。また、何らかの拍子に本来の依存性を取り戻すことがあるため、栽培には許可がいる。違法栽培して三日間はきつづけた靴下みたいな匂いに悶絶する業者が割といっぱいいる。
・まごころを込めて育てる。込めないと三日間はきつづけた靴下みたいな匂いがする。
・収穫は愛情をこめて行う。
実際に見せてもらったのは特殊な魔法水で栽培したやつ。この特殊な魔法水ってのは火の魔素を強めにしてあれば割となんでもいいらしく、それを打ち消せる薬品を与えることで元の活性状態に戻せるとか。
野生種にうっかり遭遇した場合や駆除に赴くときも火の結界を張るのが効果的らしい。仲間がラリってしまったら顔面を容赦なくひっぱたくか、火気をあててやると正気に戻るとのこと。
『効能目当てに採取に行き、香りにあてられて中毒になった人や、その瞬間まで幸福感に包まれることから、自殺のためにこれを用意した人がいっぱいいて規制されるようになったんだ』ってピアナ先生が真剣に話してた。
たぶん、俺がこいつの香りを嗅いだらロザリィちゃんとステラ先生とピアナ先生にぎゅってしてもらえる幻覚を見ると思う。
そうそう、ギルのやつは『ちょっと幻覚見てみたいからあとよろしく!』とかいって目の前でハッピー・トランペットをもぎ取って吹きやがった。吹いたら死んじゃうって話したばっかなのになぜこのバカはこうもためらいがないのか。
が、『俺の筋肉って……こんなに美しかったのか……!?』と割といつも通りだった。幻覚にかかっていたのかいなかったのか、いまだにわからない。
あと、『ハッピー・トランペットを吹いて無事な人はいないはずなんだけど……』って小首を傾げるピアナ先生がマジエンジェルでした。
そうそう、お試しってことで先生たちが安全なレベルまで薄めた香りをかがせてくれたけど、めっちゃいい感じですっげぇすっきりした。
調子に乗ったフィルラドが全力で吸い込んだんだけど、いきなり『アルテアちゃん……! ちょ、やべぇよ、大胆すぎるよ……!』とか何もない虚空に向かってモジモジしだしてビビった。直後に『こんのバカタレがっ!』って赤くなったアルテアちゃんの全力顔面ビンタが飛ぶ。
が、フィルラドはそれを顔面で受け止め、『ダメだって……! エッグ婦人が見てるって……!』ってハァハァしながらアルテアちゃんに抱き付いた。アルテアちゃんは羞恥のあまり、声にならない悲鳴を上げていた。ラリった男に抱き付かれるとか同情を隠せない。
最終的に、グレイベル先生が後ろから抑え込み、ピアナ先生が火魔法要素をまとった往復ビンタをすることでフィルラドは正気に戻った。
アルテアちゃんは寝るまでずっと不機嫌だったけど、当のフィルラドは記憶が飛んでいるのか『なんかめっちゃ顔痛いんだけど、──、お前なにかしただろ?』と俺のことを疑ってきやがった。あいつマジなんなの?
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。あれからずっと筋肉を愛でていたギルは今日もアホ面晒してイビキをかいている。ハッピー・トランペットの雫……はさすがにもらえなかったので、畑にあった雑草を詰めてみた。グッナイ。




