143日目 夏季特別講座:ヴァルヴァレッド 武系による魔系対処法
143日目
異常魔力波を放つ芋玉が共鳴性を示しながら増殖している。瞬きする間に二倍に増えた。一つだけアエルノチュッチュ寮に向かって投げ、残りは全部トイレに流しておいた。
いつも通りにギルをたたき起こし食堂へ。夏季特別講座があるからか、なんかやたらと食堂に人が多い。ラストいっこのなめらかプリンをアエルノチュッチュの連中の前でかっさらってやった。
が、その直後に消失するなめらかプリン。そんなバカなと杖を取り出し周囲を警戒したら、相変わらずヨダレ臭ぇナターシャがうまそうに食っていやがった。認識阻害魔法を使ったのはなんとなくわかったものの、こうもあっさり盗られたことに苛立ちを隠せない。
でも、『はんぶんこしよっか?』ってロザリィちゃんがほほ笑んてくれて超うれしかった。二人でいちゃいちゃしながらプリンを食べる。朝からこんなに幸せでいいのだろうか。
もちろん、ギルは俺たち以上に幸せそうに『うめえうめえ!』とジャガイモを貪っていた。なんでジャガイモひとつであれだけ幸せになれるのか、いまだによくわからない。
今日の夏季特別講座はヴァルヴァレッドのおっさん。おっさんは完璧肉体派で魔法とはまるで無縁。ある意味で魔系のこの学園に一番ふさわしくない人。筋肉が半端じゃないし、でっかい大剣を釣竿みたいに振り回す別の意味でクレイジーなやつ。
講義内容は『魔系殺しと武闘派と戦う際の対処法』。どうせこれもマデラさんが考えたんだろうと思ったら、『タイトルだけミニリカに考えてもらった』とのこと。おっさん、頭まで筋肉だと思ったらそうでもなかったらしい。
で、実際の講義。まず、魔系ってのは一人で戦うことを苦手とする。攻撃するのにどうしてもワンテンポ遅れるのもそうだし、おっさんたちみたいにガチガチの鎧とかを着込むわけにいかないから、攻撃されたらすごく脆い。
とはいえ、戦闘において大きな脅威になりうることは間違いなく、たいていの場面において魔系は真っ先に狙われる運命にある。故に、一流と呼ばれる魔系はありとあらゆる状況、それこそ苦手とされるシチュエーションでもきちんと対応できなくてはならない。
『中でも脅威なのは、魔法対策を万全にした武系の人間と戦う時だと言える。同じ魔法ならある程度は対抗できるだろうが、物理的なダメージには魔系はあまりにも脆いからだ。したがって、武系による魔系対処法を知り、それを打ち破るすべを身に着けるのが急務であることは明らかだ』……と、なかなか含蓄のありそうなことを言いつつ、おっさんは剣を抜いた。
で、『今からそれを見せようと思う。誰か俺に魔法を使ってみろ』と言った直後、ラフォイドルがほぼノータイムで暗黒の雪崩をおっさんに向かって放った。アエルノチュッチュらしく、不意打ち&全力なガチで殺る気な一撃。俺、あいつのこういうところだけは好きだ。
が、ここで驚くべき事態が。誰もがやったと思ったのに、なんとおっさん、暗黒の雪崩を切り裂いていやがった。まったくもって無傷なうえ、『準備運動にもならんな』とあくびなんかして挑発しやがった。
さすがにこれにはブチ切れたのか、今度は暗黒の渦でラフォイドルは攻めていく。アエルノチュッチュの連中もよくわからん集中砲火をしまくり、ティキータ・ティキータのゼクトもこのときばかりは連中に付与魔法をかけて支援をしていた。
ところが、おっさんはこれをすべて防ぐ。魔法を切り払うってのもいろいろオカシイけど、動きながらも足元の小石なんかを拾って投げつけていた。当然、集中が途切れれば魔法は不発。要は、『攻撃を防ぐ』ってのと、『攻撃を出させない』ってのを同時にやっていたわけだ。
『物量による集中砲火は戦法としては正しい。しかし、魔系の致命的な弱点として……』とおっさんがいった瞬間にラフォイドルの動きが止まった。ナイフが首に突き付けられている。忌々しそうに杖をおろし、降参のポーズをとった。
『戦士の役割を本質で理解していないところにある。いつからおっさん一人だと錯覚していた?』とテッドがニヤニヤしながらナイフを引いた。
戦士の役割ってのは敵を引き付けることらしい。くだらない挑発によりラフォイドルたちはおっさんに釘付けにされ、その隙を突かれたってわけだ。
『このように、技術と戦法の二つを持って武系は魔系を倒そうとしてくる。なにも直接殴ることだけが武系の仕事じゃない。武系の役割を果たすのが武系の仕事だ』とおっさんはきれいに締めくくった……ように思えたが、物事そううまくはいかない。
テッドが悲鳴。当然だ。俺が後ろから筋肉質な杖で殴り、ラフォイドルが股間を全力で蹴り上げたのだから。
『ちょ、おま……!?』ってテッドが呻いていたけど、ラフォイドルが『ポーズはとったが降参とは言ってない。あんたらも、魔系の本質を理解していないな』とあいつにしてはいいことを言ってくれる。目的のためならアエルノだろうと手を組むのが魔系なのだ。
『やってくれたなぁ……!?』とおっさんが剣を構えなおしたけど、もはやそれすら想定内。なんのために、俺たちがあの集中砲火のときに動かなかったのか理解していない。
おっさんの周囲を除いてあたりに闇が満ちる。シャンテちゃんが闇の精霊を召還した。すでに配備についていたジオルドが死者の大鎌を具現して切りかかる。おっさんが受ける……も、アルテアちゃんの射撃魔法によりバランスを崩した。
しかしおっさん、ジオルドを盾にすることで追撃を防ぐ。クーラスの罠魔法は剣でぶち抜いた。フィルラドの召還した幻魔はおっさんが一睨みしただけでチビッて逃げていきやがった。
『狡いやり方は相変わらずだなぁ……? 正々堂々、お前自身がかかってきたらどうだ?』とおっさんはこっちに剣を向ける。俺が直接関わっていないから油断したのだろうか、誘い込まれたことに気づいていない。慌てて剣を構えなおしても、もう遅い。
ギルが『遅え遅え!』とおっさんに渾身の腹パンを食らわせた。さすがにきつかったのか、膝を落とすおっさん。しかしギルの追撃は受け止め、あのギルを思いっきり投げて叩き付ける。
『そうこなくっちゃ!』とギルは実に嬉しそう。魔系らしからぬダイナミックな肉弾戦に会場が湧く。拳と拳のぶつかり合いがめっちゃ熱い。『なんで魔系にこんなのがいるんだよ……!?』とおっさんは驚いていた。
おっさんは根本的に勘違いをしている。俺じゃないならいくらでも対応できると思っていたのだろう。俺のクラスメイト達を舐めすぎていた。『魔系だから』っていうその固定観念が武系の悪いところだ。
どうせおっさんのことだからこういう授業になるだろうと、事前にみんなに伝えておいたんだよね。ラフォイドルが最初に攻撃したのも、ティキータとアエルノだけが最初に攻撃したのも、全部予定調和だったってわけだ。テッドまで使われたのが予想外だったけど。
で、おっさんとギルの決着がなかなかつかないから俺直々に袋にしてやろうと思ったんだけど、ここで『それくらいにしとけぃ!』って傍観を決め込んでいたミニリカにケツビンタされた。おっさんは『魔系の子供相手になに本気になってんの!?』とナターシャにケツビンタされていた。
『いや、魔系って言っても……』と、おっさんはマッスルボディを惜しげもなく晒してポージングするギルを指さしたけど、『本気にさせられた時点であんたの負けでしょ!?』と追撃の纏魔のケツビンタを食らっていた。魔系の理不尽さを少しは理解してくれただろうか?
その後はなんやかんやあって武系にとってやられたら嫌な攻撃をおっさん自身がレクチャーしてくれた。足を止めるのと、逃げようがない広域攻撃と、あと精神系の幻覚魔法が武系には効きやすいらしい。
最後に『動ける魔系ほど恐ろしいものはないと今日初めて知った。各自筋トレを怠らないように』と締めくくって終了となった。ステラ先生たちが慌てておっさんに頭を下げに行ってたけど、おっさんは『本物の戦闘を想定しておきながら──なによりあいつのクラスメイト達だというのに油断していたこちらが悪いですし、なかなか楽しかったですよ』と紳士的。
あの戦闘中、先生は誰も止めようとしなかったことに気づいていない。シューン先生やシキラ先生が魔銃や触媒の準備を超ウキウキしながらしていたことを知ったら、いったいどんな表情をするのだろうか。
なんか日記が無駄に長くなった気がする。あと、なんだかんだで今日はあんまり動いていない。俺、おっさんのヘイトをやたらと買ってたけど、俺自身がやったのってテッドをぶん殴っただけだよね? なんでおっさんはあんなに俺に敵意を向けていたんだろう? おっかない人ってやーね。
今日は全力で遊べたのか、ギルはいつも以上に大きなイビキをかいている。手ごろなものがなかったので本棚の裏にたまっていた埃を詰めておいた。グッナイ。




