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CURSE+HOLIC 〜呪われフェチ子とおせっかい聖女〜  作者: 紙月三角
第三章 Out of the same mouth proceedeth blessing, cursing and ...
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第六話

 深夜。


 エリーデ・ネルア中央の湖のほとりに、アンジュがいる。

 ボートの波止場らしい、木製の桟橋に座って、水面すれすれまで垂らした両脚をブラブラとさせている。うつむいた顔は、夜空に浮かぶ大きな月や星々を映す湖面ではなく、そのさらに奥――昼間でも光の届かなそうな湖底を見ているようだ。

 呪いのせいもあってか、周囲に人影はない。水が揺れるかすかな音を伴奏に、ときおり魚が湖面を跳ねる音がアクセントのように聞こえていた。


 宿屋の店主から話を聞いて、アンジュは今の状況を理解した。

 ハルマの「白い光の呪い」によって、自分は太陽が出ている間、屋外に出られなくなってしまった。

 解呪技術が未熟なアンジュはもちろん、この町に住んでいる聖職者でも、彼の「呪い」を解くことは出来なかったらしい。「呪い」の性質から、町の外に助けを呼びに行くのはかなり危険だ。こんな辺境の地に、解呪が得意な誰かがフラリとやってくるということも、そうそうないだろう。

 聖女であり、大抵の呪いなら解くことが出来るアンジュの母親がこの状況を知れば、なんとかしてくれるかもしれないが……。今のアンジュは、聖女修行で全国各地を旅している、ということになっている。だから、長期間アンジュからの連絡がなかったとしても、きっと母は不思議に思わないだろう。救助は期待できない。


 つまり……。

 もしかしたらアンジュは、これからずっと太陽の光を見ることは出来ないのかもしれないのだ。まるでアンデッドモンスターか、人間の生き血をすすって生きていると言われている闇の眷属のように。一生、夜の闇の中に紛れて生きていかなくてはいけないかもしれない。

 そのくらい、今の自分は恐ろしい「呪い」を受けてしまったのだ…………なのに。


 今の彼女の頭にあったのは、その「呪い」とは別のことだった。



 マウシィ……。

 意識を取り戻してからずっとアンジュの頭のほとんどを占めていたのは、マウシィのことだった。

 助けに来たはずの彼女から、拒絶されてしまったこと。呪い好きの彼女に、「おせっかい」と言われてしまったこと。

 そして……彼女の「最後の質問」に、答えられなかったこと。


 自分は、とっくに分かっていたはずなのに。

 彼女が何を求めていたのか。自分があのとき、何を答えるべきだったのか。自分の、気持ちを……。

 それ、なのに……。

 あのときの自分は、それを言うことが出来なかった。「呪い」の効果で体に不調をきたしていたから、答える前に体力が尽きてしまって……。

 ……いや、それはただの言い訳だ。


 だって、「呪いは愛と同じ」なのだから。

 「それに勝る強い想いがあれば、どんな呪いにだって打ち勝てる」はずなのだから。

 だから。

 やはりあのときの自分には、想いの力が足りなかったのだろう。わざわざここまで彼女を追いかけて来たのに……自分の想いは、「呪い」に負けてしまう程度の強さだったのだ。それを、マウシィに見抜かれてしまったのだ。


 アンジュの瞳から、また、ジワっと涙がにじむ。それはやはり悲しさではなく、悔しさの涙だ。自分の想いが、「呪い」に勝てなかったという不甲斐なさからくるものだ。

 顔をうつむかせていたせいで、その涙は引き寄せられるように静かに自由落下をして、湖の水の一部として溶けてしまった。




 やがて。


「さて……と」

 座っていた波止場から、彼女は立ち上がる。

「もう、こんな終わったことをいつまでも考えていても仕方ないわよね? これからどうするのかを、考えなくちゃ」

 言葉の内容は前向きなはずなのに、心のどこにも向かっていない、空虚な独り言だ。


 そんな「思ってもいないこと」をつぶやいた彼女は、湖に背を向け、ずんずんと歩き出す。突然の桟橋がきしむ音に驚いたのか、近くで休んでいたらしい数羽の鳥たちが飛び立ち、湖の端から端を横切っていく。

「だって……太陽の日を浴びたら死ぬほど苦しくなるなんて、普通じゃないもの! あー! これからが、大変だわー!」

 しかし、未だに全く気持ちを切り替えられていなかったアンジュは、そんなことは気にしない。誰に聞かせるでもない言葉をつぶやきながら、店主の男が部屋を用意してくれた宿屋に戻ろうとしていた。

「これから一生日焼け対策しなくていいのが、唯一のメリットかしら? でも、夏の海でワタシの水着姿が見られなくなっちゃうのは、人類にとって大きな損失じゃない⁉ 世界中の人に幸せを与える聖女としては、申し訳ないわねっ!」



 そんな調子だったので。

 自分で自分を誤魔化すことに必死だった彼女は注意散漫になり、やはり、気付いていなかった。

 「その人物」が、自分に手が届くほどすぐそばまで来ていたことに。




「あっれー⁉ やっぱ、アンジュちゃんだよねー⁉ うっわー、こんなとこで会えちゃうなんて、すっごい偶然! ってゆーか、もはや運命じゃね⁉ なんつってー! ウケるー」


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