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CURSE+HOLIC 〜呪われフェチ子とおせっかい聖女〜  作者: 紙月三角
第二章 As she loved cursing, so let it come unto her
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第七話 〜アンジュside〜

 厳かな雰囲気の、石造建築。

 通常の建物の三階分はありそうな高さの、アーチを描いた天井。等間隔に並ぶ高窓のステンドグラスを通って差し込む光が、室内に赤や黄色の神秘的な模様を作っている。


 そこは、宗教国家トラウバートにあるアンジュの生家――実際には、ラブリの血異人スキルが見せている、その生家を再現した幻覚――だった。



「お母様!」

 礼拝堂のようなつくりの建物を、アンジュが駆けていく。その先には彼女の母親――マリア・ダイアースがいる。

 もちろんそれも、幻覚の一部だ。だが、娘であるアンジュでさえも、「それが本物の母親である」ことを微塵も疑うことが出来ない。それが、ラブリの能力の恐ろしさだった。



「こら! はしたないわよ、アンジュ⁉ 貴女(あなた)も聖女を目指す身ならもっと落ち着いて、ゆっくり歩きなさい!」

 そう言われて、慌てて立ち止まる。

「は、はい……ごめんなさい」

 それから、今度は少しやりすぎなくらいにおしとやかな態度で、偽物の母親のもとへと歩いていった。


「もう、どうしたの?」

「お母様。ワタシ、今日も貧しい人たちにご飯を恵んであげたの。お母様の言いつけを守って、聖女として相応しい行動をとりましたの」

「そう、いい子ね……」

 アンジュを抱きしめ、頭を優しく撫でる母マリア。

「ああ……」

 まるで、柔らかい質感を持った光に包まれたかのような感覚。なめらかな髪、温かい体温、安らぎの香り……そのすべてが、自分が知っている優しい母の愛情を象徴している。自分の全てを肯定されるような、絶対的な安心感。



 今のアンジュは、自分のことを十歳程度と思い込んでいるようだ。

 その頃は、彼女の母が一番アンジュと近くにいてくれて、愛情を注いでくれた。つまり、母親が大好きなアンジュにとっての最も「楽しいことだけ」の時期だ。

 だから血異人ラブリの能力に囚われていたアンジュは、その頃の幻覚を見ていたのだった。



「ワタシ……お母様のような素晴らしい人になるために、いつも頑張っているのよ? 貧しい人や不幸があった人がいたら、その不幸がなくなるように積極的に『施し』をあげているの。だってお母様も、そうやって聖女になったのでしょう?」

「ええ、そうね」

 ローブや装飾品越しでも伝わる、幻覚の母の柔らかい胸の感触に抱かれながら、甘えるような声で話すアンジュ。

「ワタシたちは恵まれているから、可哀想な境遇の人たちを見かけたら、助けてあげなくてはいけないのよね? そうやって悲しみやツラさを取り除いてあげていれば、みんなが幸せになるから。それが、聖女を目指すワタシたちのあるべき姿だから」


 それは、かつてアンジュが本当の母から聞いた言葉だった。

 その言葉は、これまで一度たりとも忘れることなく、アンジュの頭の中の中央に存在していた。彼女の行動を決定する最も重要な要因となっていた。

 アンジュはその教えに従って、誰かがゴロツキに襲われているところを見れば、自己犠牲をかえりみずに助けに入ってきた。不幸な境遇によって何かの障害を背負っている少女がいれば、それを取り除いてあげようと尽力してきた。

 それは、聖女の母を持ち、自身も聖女を目指していたアンジュにとっては当然のことだった。疑う余地のないこと。逆らうことの出来ない絶対的なルール……言わば、呪いのようなものだった。


 だからそれに従っている間は、アンジュは幸せだった。何の迷いもなくいられた。……はずだった。



 しかし、

「ね、ねえ……お母様?」

 現在のアンジュは、その頃にはなかった「迷い」を抱えていた。


 母の胸から体を離し、救いを求めるように彼女の目を見つめる。

「もし……もしも……よ? もしも、ワタシが助けてあげた誰かが……それを喜んでいなかったら……? ワタシが、呪いを解いてあげようとしているのに……それを『余計なおせっかいだ』なんて言って、拒絶したら……? ワ、ワタシは、どうすればいいのかしら?」

 アンジュ自身でも、どうして自分がそんなことを言ったのかは分からなかった。だが、気付いたら口からそんな言葉が出ていた。

 その質問には、「楽しいことだけの世界の幻覚」である母が、「アンジュが答えて欲しい答え」を返してくれる。


「この世界には色々な人がいるからね。普通なら喜ぶようなことを、喜べない人もいるわ」

「そ、そう……ですわよね?」

「そもそも、アンジュが無理をする必要なんてないのよ? あなたはまだ解呪技術については未熟なのだから、下手に解呪しようとして失敗したら危ないし。アンジュが言っているその誰かが、助けを必要としていないのなら……その通りにしてあげなさい。そういう人は、一人にしてあげるのが一番ってことね」

「……そう」


 マリアの胸元では、太陽をモチーフにしたネックレスが揺れている。

 青い宝石の周囲を後光が刺すような形の金属の突起が伸びているそれは、この国の教皇から送られたものだ。マリアが聖女であることを認められた証であり、今のアンジュにとっての一番の憧れ。

 と同時に、それを持たないアンジュが、まだまだ母のように一人前の聖女ではないということを意味する……いわば、免罪符だ。


 そう、よね……。それで、いいのよね……。

 今のワタシにできることは限られているのだから、無理をする必要はない……。

 ワタシは、何も間違っていない。昨日のことも、きっと……。


 アンジュは何度も何度も自分に言い聞かせるように、頭の中でそんな言葉を繰り返していた。


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