第六話 〜マウシィside〜
だいぶおかしな空気になってしまったのを、仕切り直すように。
「つか……あなたってアレだよねー? マウシィちゃん、だよねー?」
長方形の金属板に目を落としていたラブリが、ニヤニヤ顔でようやく本題に入った。
「え……」
「あ。ゴメンゴメン、怖がらせちゃったー? 実は、あーしらの仲間に『この世界でもスマホが使えるようになる』っていうスキルを持った子がいてさー。その子のお陰で、マウシィちゃんの情報もチャットアプリで回ってきてんの、ミナトからー」
ラブリがスマホをマウシィの方向に向ける。するとそこには、最初にアンジュやミナトと出会った村での写真が映し出されていた。
血異人のミナトはあのとき、アンジュやマウシィのことをカメラで隠し撮りしていたらしい。「チャットアプリ」や「写真」という存在自体は知らないマウシィにも、ラブリが言いたいことはなんとなく理解できた。
「ミナトって普通にクズだから、あーしちゃん、あいつのこと嫌いなんだけどねー? でもさー、一応うちら、『慣れない異世界でチート同士、ワンチームでやってこ!』って感じになってるからさー。仲間をボコられんのは、見過ごせないっつーか。だからさー……」
そこで彼女は、マウシィの心を覗き込むような思わせ振りな表情を作って、
「マウシィちゃん……チート襲うの、もうやめてくんなーい?」
と言った。
「わ、私は……血異人さんを襲ってません……。む、むしろ……呪って欲しかっただけでぇ……」
「あ、そうだよねー? 聞いてる聞いてるー。マウシィちゃんは呪いが大好きで、うちらにも呪ってほしいから、わざとうちらから嫌われるようなことをやってるっぽいって。だけどさー……さっきも言ったように、うちらチートは仲間をボコられたら、それを止めなくちゃいけない。マウシィちゃんを、ボコり返さなきゃいけない。あーしとかミナトぐらいなら、まだマシなんだけどー。うちらの中には、もっとクズでヤバいヤツもいるからさー。もしもそいつに会っちゃったりしたら……マウシィちゃん、殺されちゃうかもしれないよー?」
「うひっ⁉」
そこで、マウシィが声をあげた。
それは、「殺される」という言葉に反応した恐怖の悲鳴……ではなく、もちろん興奮の歓声だ。
呪いを愛し、血異人からの呪いを求めていたマウシィにとって、殺されること、殺したいと思うほどの強い感情を向けられることは、「ご褒美」でしかない。だからラブリのその脅しの言葉は、彼女には逆効果だった。
「詳しくは知らないけどー、マウシィちゃんって、呪いの力で『不死身』なんだっけー? でもさー、うちらの中には、たぶんそーゆーのもなんとかしちゃえるスキルを持ったヤツもいると思うんだよねー。だから、マウシィちゃんでも余裕かましてると、普通に死んじゃうと思うんよー」
「ぐ、ぐふひゅ……ふひゅひゅひゅ…………」
言われれば言われるほど……滾って、昂って、いろんなものが溢れ出してしまうマウシィ。
きっとラブリも、そんなマウシィの性格についてまでは知らなかったのだろう。だから彼女は、マウシィに対して意味のない説得を続けてしまう。
「マウシィちゃんだって、死ぬのは怖いっしょー? あーしちゃんたちに、ボコられたくはないっしょー? だからさー、そーゆーことされたくなかったら、うちらのことは放って置いてもらえるとー……」
しかし、そんな説得は、呪われフェチ子のマウシィにあっさりと否定されて…………。
いや。
「……はい」
「お?」
マウシィは、小さくうなづいた。
「わ、分かりました……。血異人さんたちから呪われようとするのは……もう、やめにします」
「あ、ほんとー⁉ わー、良かったー!」
ラブリは両手をあげて喜びを表現する。
「いっやー! あーしちゃんってこー見えて平和主義者だから、誰かと戦うとかしたくない人なんだよねー。でも、『要注意人物』としてチャットに回ってきたマウシィちゃんがこの街にいたら、何もしないわけにはいかないじゃん? スルーするのは、チート仲間のみんなに感じ悪いじゃん? だから、実は結構困ってたんだけどー……。諦めてくれるんだね⁉ もう、放って置いてくれるんだよね⁉ はー、話してみるもんだねー。ありがとー!」
と、そこで……。
「そ、その代わり……」
「ん?」
マウシィは、交換条件をつけてきた。
「アンジュさんを……こ、ここにいる人たちを、解放してあげてください……!」
「……あ?」
ずっとふざけた笑顔だったラブリが、真顔になる。
「し、正直……私はどうなっても構いませんが……。血異人さんに殺してもらえるなら、それに越したことは無いんデスが……。で、でも……それとアンジュさんは、関係ないデス……。彼女がここに来たのは、私のせいデス……。ここに来たいと言った私に、勝手について来ただけなんデス……。だ、だから、今みたいな催眠状態でいるのは……」
「催眠じゃなくて、テイムね?」
「テ、テイム状態でいるのは、お、おかしいデス……。かわいそうデス……。だ、だから……私には、彼女を元の状態に戻す……義務があります、デス……」
「はぁー……」
少し苛立たしそうに、ラブリは大きくため息をつく。
「じゃあ、アンジュちゃんのテイムを解除すればいいってことね? マウシィちゃんはアンジュちゃんのことに責任を感じてるから、彼女だけは取り戻したいってことね? ま、今日来たばっかの『転校生』一人くらいなら……」
「いいえ」
「はぁっ⁉」
思わず大きな声を出してしまうラブリ。しかし、マウシィはひるまない。
「あ、あなたは、アンジュさんのことを、分かっていませぇん……。あ、あの人は、すごくおせっかいなんデス……。だ、だから、たとえアンジュさんだけを解放してもらっても……あの人はきっと、まだ他の人がさいみ……テイムされてる状態を、許さないはずデス……。きっと、他の人も解放させようとするはずデス……。そ、それでは結局、あの人はここから離れられないし、あなたと対立することになる。あの人だけで、あなたに無謀な戦いを挑んでしまうはずデス……。そ、それでは意味がありません。だ、だから、解放するなら全員……ここにいる全員じゃなきゃだめデスぅ。そ、そうすれば……」
「やっだよーん!」
そこでラブリはクルリと体を翻し、右手をあげる。すると、周囲の『テイムされた友だち』状態の人たちが、彼女の後ろに下がった。
「みんな、せっかくスキルで集めたあーしちゃんの『友だち』だよー? どうして解放しなくちゃいけないのー? 絶対やだし! もちろん、アンジュちゃんだって今日からあーしの『友だち』なんだから、やっぱり返してあっげなーい!」
「そう、デスか……」
ほとんどこうなることが分かっていたような様子で、マウシィも小さくため息をつく。そして、小動物が獲物に飛びかかるときのように、背筋を丸めたままラブリに身構えた。
「じゃあ……」
「うーん。結局、こうなっちゃうのかー……」
ラブリもそれに応えるように、じっくりとマウシィを見据える。
そして……。
「む、無理矢理にでも、取り返しますデスぅっ!」
「悪いけどー……あーしちゃん、結構手強いよー?」
そう言って、二人は戦いを始めることになった。




