◆118話◆現場到着
関東の遊水池=荒川第一調整池をイメージしてます。
全国でもTOP10に入る規模の遊水池です。
到着した現地の野営地は、深夜であるにも関わらずそこかしこに灯りが点り活気に満ちていた。
こんな時間にも関わらず人の動きがある。交代制で昼夜問わず作業を進めているのだろう。
しかし、そんな驚きも、もう一つの驚きの前には些末なことだった。
「うわぁ・・・」
作業現場を見た太一の第一声だった。
いや、太一に限らず第二陣の面々からも異口同音に呟きが漏れ、しばし放心するのだった。
すでに遊水予定地が随分と切り開かれており、今なお現在進行形で開拓作業が行われているところだった。
順調に作業が進んでいるようで重畳ではあるのだが、戸惑いはその進捗具合だった。
ペースが速すぎるのだ。
第一陣が到着して、正味まだ1日しか経っていないのだが、辺り一面が切り開かれている。
正確に距離や面積を計る術が無いので何とも言えないが、単位としては東京ドーム〇個分とかそういうレベルである。
太一の目から地平線が見えるところまでは至っていないので、この星の大きさにもよるが5kmまではいっていない。数キロくらいだろう。
そのままボーっと作業を見ていると、左手奥から派手な爆発音とともに火柱があがった。
同時にそこに生えていたと思われる木々が巻き上げられる。
しばし燃えた後、今度は上空から雨のように水が降り注ぎ鎮火していく。
いずれも魔法だと思われるが、太一がこれまでに見てきた魔法とは桁が違う。
言葉を無くしていると、後ろから不意に声を掛けられた。
「あ、タイチ。無事の到着おめでとう」
「おぉ、ナタリア。そっちこそお疲れ」
声の主はナタリアだった。
きちんとした装備を身に付けて野営地から出てきたところを見ると、これから作業なのだろうか。
太一は、想像していなかった現状について聞いてみる。
「なぁ、ナタリア。とんでもない速さで森が切り開かれてるけど、どういうことなんだ??」
「これが魔法師の真の姿。覚醒したようなもの」
フンスと鼻息荒く胸を張って答えるナタリアだが、いまいちよく分からない。
「真の姿?覚醒?どういうことだ??」
「タイチの目論見が当たった、ということじゃ」
ナタリアの代わりに応えたその声は、またもや後ろから聞こえて来た。
「ツェツェーリエさん!」
「長旅お疲れじゃの」
「ありがとうございます。それより俺の目論見ってどういうことです?」
「そのまんまじゃよ。
土木工事に高位の魔法師を使うとこうなる、という単純な結果じゃな。
これまでほとんど活用してなかったのが勿体無いわい」
「いや、そりゃ確かに魔法師を当てれば、手作業でやるより効率が良いとは思ってましたけど、流石にここまでは・・・」
「なんじゃ、そうなのか?ワシはてっきりここまで読んでおると思っておったが・・・
まあ良い。単純な話よ。
なぁタイチよ。パーティー戦において、魔法師が最も気をつけねばならんことは何だと思う?」
「魔法師がですか?うーーん、前に出ないこととか、魔法を使うタイミングとかですかね?」
「うむ。もちろんそれも大事じゃな。
だがな、一番は違う。一番は“周りを巻き込まないこと”じゃ。
遠距離から広範囲に攻撃する事が可能なのが魔法じゃ。
覚えたての火球の魔法ですら、当たれば4メルトくらいは炎に包まれる。
それを何の考えも無しに使ったらどうなる?」
「あー、確かに・・・その辺をよく考えないと、大変なことになりますね」
魔法のメリットは同時にデメリットにもなる。
ツェツェーリエの言う通り、考え無しに使うと味方も危険に晒すことになる。
また使う場所も弁えないと大きな二次被害をもたらす。
以前ナタリアもぼやいていたが、例えば草原や森林で威力の強い炎の魔法を使うと、あっという間に火災に繋がるだろう。
「だから、魔法が使えるようになった魔法師が最初に覚えるのが、威力をコントロールすることなんじゃ。
もっと言うと、威力を抑えることを覚える。これが出来て初めて魔法師を名乗れると言っても良い。
単に魔法が使えるだけのヤツなぞ、ただ危ないだけじゃ」
冒険者として魔法を実戦で使うには、威力をコントロールしなければならない。
フィジカルに劣ることが多い魔法師は、最初からパーティーを組むことがほとんどなので、これは世の中の魔法師ほぼ全てが該当する。
「それが、魔法師である儂ら含めて世界の常識じゃ。
が、その常識のせいで、知らず知らずのうちに可能性に蓋をしておったんじゃな・・・
あくまで、“パーティーでの戦闘に魔法を使う場合”の注意点だったのが、“魔法を使う場合”の注意点になっておった」
「魔法師は皆、無意識に常に威力を抑えて魔法を使っていた、ということですか?」
「その通りじゃ。
が、ここに来てその制約が無くなった。抑えることなく、全力で魔法を使っても良い場所が出来た。
森の中だろうが、切り開くことが目的じゃ、炎の魔法も水魔法と組み合わせれば全く問題無い。
研鑽を積みランクを上げた魔法師の真の姿がこの結果じゃ。
ナタリアの言う覚醒、というのも、魔法師本人から見たらその通りじゃろうの」
「ランクが上がってから初めて全力で魔法を使った。凄い威力だった。これが真の力」
ツェツェーリエの話を横で聞いていたナタリアが、鼻息荒く同意する。
引き続き現状に至るまでの経緯を詳しく聞くと、以下のような流れであった。
昨夜遅くに辿り着いた第一陣の魔法師たちは、最初はこれまでの癖が抜けず力をセーブして魔法を使っていたらしい。
しかし、とあるC級の魔法師が、眠気もあって威力の制御に失敗、全力で風魔法を放ってしまった。
吹き荒れる爆風と真空の刃・・・無残な姿を晒す己の魔法の痕跡を見て彼は気付いた。
今日は、別に威力を抑える必要が無いのでは?いや、むしろ全力の方が良いのでは?と。
急ぎその旨を、陣頭指揮を執っていたツェツェーリエに提言。
目から鱗のその話の有用性にすぐさま気付いたツェツェーリエは、魔法を全力使用するよう大号令を掛ける。
初めは、思った以上に延焼が広がったり、水で足元が沼地になったりとトラブルもあったが、
先程見たように、火魔法と水魔法を組み合わせるなどの工夫で、みるみると改善されていった。
そして今日の昼前には、おおよその運用法が確立。ローテーションによる常時稼働が始まった。
全力で魔法を使うので威力は絶大だが、もちろんその分魔力の消耗も激しい。
一度魔法を使った魔法師は、最低4時間は魔力と体力を回復するための仮眠を取っているとのことだ。
ナタリアは、ちょうど仮眠を終えて現場へ向かうところだったらしい。
そんな魔法師たちにとって渡りに船だったのは、ワイアットのマジックポーションが持ち込まれていたことだった。
盟友であるロマーノのため、店にあった在庫のほとんどをツェツェーリエ宛に提供していたのだ。
流石に毎回ひと瓶使う訳にもいかないが、休憩の度に少しずつ服用することで、魔力の回復量に大きな違いが出た。
やはりゴッドハンド謹製ポーションは伊達ではない。
そんな状況が半日続いたことで、現在のあり得ない状況は作り出されていたのだった。
「ただ、ちょうど問題も出て来たところだったんじゃ」
「問題ですか?」
少し難しい顔で、ツェツェーリエが話し始める。
「一気に広げすぎたせいで、周りから来る魔物の駆除が追い付かん。
魔法を打ち込んだ所は魔物もろとも吹き飛ばすから良いんじゃが、派手にやるから周りの魔物も引き寄せてしまっての。
最初は騎士団と護衛の冒険者で処理できておったんじゃが、こう、戦線が広がりすぎてな・・・
切り開いた所に魔物がそこかしこから入り込んできておるんじゃ」
森は魔物の領域だ。派手な行動をとれば魔物が寄ってくるのは道理だろう。
「分かりました。魔物を討伐するチームを作りましょうか。
第二陣の冒険者を半分、魔法師を入れた5名くらいのグループに分けます。
グループを一定の間隔で並べて戦線を構築、2交代制でこれを押し上げて行くんです。
そうすれば、魔法師の高火力が他人を巻き込むことも無いですし、撃ち漏らしは各個撃破できます」
いわゆるローラー作戦だ。駆除しつつ魔法で多少なりとも地面を掘り下げることも期待できる。
「また、並行して敷地の拡大も続けましょう。念のためもう二回りくらい確保したいです。
敷地が確保出来たら、今度は水を溜められるよう掘り下げます。
川のある方以外の三方向に向かって掘りながら土砂を外側へ運んでいき、外周に沿ってそれで土手を造ります」
ぱっと見で現在、3キロx2キロは切り開かれている。600ヘクタール、東京ドーム130個分以上の広さだ。
太一が以前釣りに行ったことがある関東でも大きな遊水池が、だいたい同じくらいの広さだったはずだ。
しかし、あちらは深さが結構ある。こちらもこの後掘り下げていく予定とは言え、時間的にも作業効率的にも3m程度がやっとだろう。
最低でもその遊水池と同じくらいの貯水量を確保したいところなので、出来る限り広さで稼ぐ必要がある。
幸い日本と違って、この周りには宅地も農地も無いため、規模の拡大に対する障壁は少ない。後は時間との戦いだ。
太一は、残り時間から逆算し、最も効率よく洪水対策をするべく動き出した。




