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次の日から僕の農産物開発研究所は上へ下への大騒ぎになった。
予算こそは文句のつけようのない程潤沢になったが、設備も人も絶対的に足りなかった。
大急ぎで増設した設備には故障が頻発した。僕は根気よく一つ一つ原因を潰して、対処していくしかなかった。
それよりもっと問題だったのが「人」であった。
とにかくかき集めた人員は、当然のごとく「玉石混交」。
正直、無断でいなくなる奴なんていい方で、元からいる所員に因縁をつけて喧嘩を始める奴、仕事をせずに昇給を要求する奴、果ては研究所の種苗を持ち逃げし、転売する奴まで現れた。
元からいる所員のストレスは限界に達していた。カミラが根気よく説得していてくれていたが、彼女にだけ全てを押し付けておく訳にはいかない。僕は管理職になった元からいる所員を集めた。
「みんな。人々を飢えさせないため、頑張ってくれてありがとう。心から感謝している。設備のことも人のことも全力を尽くしているが、行き届かなくて申し訳ない。何か要望があったら、どんどん言ってくれ」
彼らの要望は予想通りだった。設備のことは仕方ないと思っているし、状況は徐々にだが、好転してきている。問題は「人」だ。
仕事に来なかったり、来ても仕事をしない、覚えようともしない、指示に従わない者がたくさんいる。一番腹が立ったのは、自分たちが所長と一緒に汗水たらして開発してきた種苗を持ち逃げされ、転売されたことだ。
私は彼らの要望を一通り聞き終えると、再び口を開いた。
「君たちの言うことは分かった。私の回答は二つだ。一つ目は新しく雇用した者は私の方針で全員『仮』採用だ。出来るだけ『教育』はしてもらいたいが、どうにもならない場合、雇用の継続はしない。欠員が出たら、予算を惜しまず、募集をかけ、補充をすることを約束する。ところで…… 」
「?」
「逆に事前の予想に反して、頑張ってくれている奴もいるんじゃないか?」
一斉に場はざわついた。見るからにおとなしい青年が、一言仕事を褒めたら、張り切りだして、凄い成果をあげたこと。逆に町で札付きの不良だった少年が、慈しむように種苗を育てていること……そういった話が次々に出てきた。
私は笑顔で彼らの話を聞いていた。ふと横を見るとカミラも笑顔だ。
私は場が静まるのを待ち、次の話を切り出した。
「二つ目だ。懸命に開発してきた種苗を持ち逃げされた件は、私も悔しい。だがな……」
「?」
「私たちは、もっと高品質なものをたくさん開発中だろう。一刻も早く開発完了し、大量生産して、販売し、持ち逃げした奴を悔しがらせてやろうぜ」
オオーッ
誰かが賛同の声を上げた。
オオーッ
オオーッ
それは瞬く間に波及した。
カミラは私の下に駆け寄ると、大きく頭を下げた。
「所長。ありがとうございます。私の力が足りないばかりに、お手を煩わせて……」
「いや、これは秘書の君に丸投げするような仕事じゃないよ。うまくいって私もほっとしている。それに……」
「?」
「いやなんでもない」
アランの苦労はこんなもんじゃないと言おうとして僕はやめた。
◇◇◇
実際、アランは苦難の連続だった。
大統領選挙自体が薄氷の勝利だったことに始まり、出自がアジア系、しかも、先の大戦で滅んだ国「ニホン」の血筋であったことは、人種差別主義者の憎悪を呼んだ。
そして、断固たる軍事予算大幅削減、農業関係予算大幅増額の政策は、熱狂的な支持者とほぼ同じ数の反対者を生んだ。
反対者たちは多くの疑惑を書き立てた。徹底的な軍事予算大幅削減と戦争回避の影にはチャイナマネーの存在があるのではないか?(これは否定し切れない面があった)。また、実弟の経営する農産物開発研究所への多額の投資の見返りにリベートを受け取っているのではないか?(これは全く事実に反していた。僕にはアランにリベートを出すほどの経済力はなかった。理由はアランの依頼で安く商品を頒布していたためである)。
あらゆる逆風に対し、アランは毅然とした態度で接し、頑として政策を改めなかった。
そのおかげもあって、僕の農産物開発研究所を含めた農業関係産業は隆盛し、世界から飢えは確実に減少していった。
最終更新は8/8(土)21時の予定です。




