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今日も雨の粒が大きい。
暑い時期はそうなるみたいだ。
僕は今日も兄ちゃんと二人でじいちゃんの畑に出かけた。
今日は「トマト」のとこにいるって言ってた。
楽しみだ。
◇◇◇
バラバラバラバラバラバラバラ
雨の粒が畑の屋根に当たり、音をたてる。
僕はこの音も好きなんだ。
他の屋根はみんなレンガ造りだから、こんな軽い感じの音は出ない。
でも、じいちゃんは畑の屋根を「トタン」という金属の板にしているから、こういう音が出る。
すぐに交換しなければならなくなるから大変みたいだけど、じいちゃんもこの音が好きだから、こうしてるって言ってた。
◇◇◇
畑の周りにある側溝をまたぐと、じいちゃんは僕たちに声をかけた。
「アラン。ジェームズ。来たか」
一見、ムッとして怒ってるように見えるじいちゃん。だけど、これはそういう顔をしているだけで、凄く優しい。
ぼくも兄ちゃんも良く知ってるから、驚かない。
僕は笑顔でじいちゃんに声をかける。
「じいちゃん。今日は『トマト』なんだね」
じいちゃんは無愛想に答える。
「『雨よけトマト』だよ。ジェームズ。そう呼ばなくちゃいけない」
「変なの。そんなこと言ったら、みんな『雨よけ』じゃない。屋根を付けないと野菜は雨で腐っちゃうから全部の畑に屋根を付けると言ったのは、じいちゃんだよ」
「それでもだ。『雨よけトマト』に『雨よけほうれんそう』なんだ。ジェームズ。そう覚えておいてくれ。必ずそれが意味を持つ日が来る」
「……」
「わしが生きているうちは無理だろうけどな……」
その時の僕にはその意味は分からなかった。
◇◇◇
「よしっ。今日は『摘芯』をするぞ。わしがやるのを見ていろ」
じいちゃんは胸の高さよりちょっと低い高さまで伸びたトマトの茎の先端を何枚かの小さな葉と一緒に剪定はさみで切り取る。
「さあ、やってみろ」
「ねえ。じいちゃん」
僕は率直に聞いてみた。
「何でせっかく伸びた茎を切るの? もったいなくない?」
じいちゃんは不器用な笑顔を見せて、答えてくれた。
「うん。いい質問だ。ジェームズは見込みがある」
「見ろ」
じいちゃんが指差した先にはトマトが小さな実をつけている。
「もう、実がついている。これ以上、茎が伸びることに栄養を使うのではなく、実の充実に栄養を使った方がいいんだ」
「でも……」
僕の疑問はとけない。
「それは『トマト』にとって嬉しいことなの? 嫌なことなんじゃないの?」
じいちゃんの顔がまた一段とほころんだ気がした。
「ジェームズ。おまえには正しい資質がある。それを大事にしていってくれ。そうだな。『トマト』にとっては嫌なことかもしれない。だけど、これは『トマト』にとっても、『人』にとっても良いことなんだよ」
「どういうこと? 分からないよ」
「うん」
じいちゃんは小さく頷くと続けた。
「『摘芯』をすることで、トマトの実に十分な栄養が行く。人は栄養がとれ、美味な『トマト』を大事にし、多く栽培するようになる。それすなわち『トマト』の種族が繁栄するということだ」
「んっ? ん~っ? よく分からない……」
「はっはっは、今は分からなくていい。正しい資質がある限り、いつかは分かるようになる」
「ねえ。じいちゃん」
今度はアランが声をかける。
「僕は前の話の続きが聞きたい。滅んでしまった国『ニホン』のことを……」
「ん。うん。『ニホン』のことか……」
じいちゃんの顔に憂色が漂う。
「じいちゃんは『ニホン』にいたんだよね」
なおも話を続けるアランに、じいちゃんは意を決したように話し始める。
「ああ。わし。デンジ・フナツは『ニホン』の農業試験場の技師だったのさ」
◇◇◇
「『地球温暖化』が取り返しのつかないところまで進み、今のように毎日『雨』が降るようになった時……」
「ちょっと待ってっ!」
僕はびっくりした。
「『雨』でない日ってなんのこと?」
僕の問いにじいちゃんは苦笑しながら答えた。
「わしのいた国『ニホン』は世界の中でも『雨』の多い方の国だった。でも、それでも、『雨』の日より『晴れ』の日の方が遥かに多かったんだ」
「『晴れ』の日?」
また、僕に分からない言葉が出て来た。
「『晴れ』の日というのは……」
じいちゃんの言葉に力がこもる。
「空に雲がないか少なく、雨粒が落ちてこない。太陽の光が直に地上まで届く日のことだよ」
「光? 光って、これのことを言うのじゃないの?」
僕は屋根にとりつけられたLEDライトを指差す。
「ああ。それも『光』だ。だが、『太陽の光』というのは、少なくともこの辺り一帯を照らす大きな光なんだよ」
「この辺一帯を照らす大きな光? 危ないんじゃないの?」
「ああ、使い方を間違えると危ない。だが、正しく使えば、この上ない素晴らしく巨大なエネルギーなんだ」
「???」
やっぱり僕には分からない。
◇◇◇
じいちゃんの言葉の意味が分からず、考え込んでしまった僕に代わり、アランが問いかけを続けた。
「それで、じいちゃん。『地球温暖化』が取り返しのつかないところまで進み、今のように毎日『雨』が降るようになった時……の続きを話して」
「ああ」
じいちゃんは小さく頷いた。
「それまでの作物はみんな毎日『雨』が降る状況に耐えられず、枯れていった。食糧生産は激減し、世界中で乏しい食糧の奪い合いが起こった」
「第三次世界大戦だね」
「そうだ。アラン。世界大戦は第一次も第二次もみな醜い。だが、第三次世界大戦は最も醜い戦いだった……」
次回更新は8/6(木)21時の予定です。




