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短編~中編

TSサンタのクリスマス配信 ~チャリティー企画・ブックサンタ2025~

 クリスマス当日、22時。動画配信サイトで『バイトサンタのプレゼント配布実況!』が開始された。

 配信主はバイトサンタ。概要欄には「サンタ検定に合格して初めてサンタに挑戦します! 良い子には内緒で、紳士淑女の皆さんだけ見守ってください!」と書いてある。

 バイトサンタシリーズは今年で3年目。毎年新人サンタが主役となり、子供を起こしそうになってヒヤヒヤさせたり、起きてしまった子供とのほっこり癒し系のやりとりで楽しませたりする。

 今年の新人サンタは、30代独身男性の佐藤だ。

 待機中の画面には、佐藤が家庭の事情でほとんど学校に行けなかった過去があり、友達と言える存在がいない事実が表示される。

 また、サンタになる前は最低賃金でブラック企業の非正規労働者として苦労していたエピソードが流されていく。

 

 リスナーはそれを見て好き勝手にコメントして盛り上がっていた。


:なんか重い 

:サンタの給料良くてよかったな

:お涙ちょうだい苦手だからコミュ抜けます

:無言で抜けろクズ

:みなさん今日クリスマスだけど恋人は?

:彼女と見てる

:妻に家を追い出されました

:チキンがうめえや

 

「民度低くないっすか?」

 

 赤いサンタコスチュームに全身を包んだ佐藤は、曇った眼鏡を人差し指で押し上げ、オープニングトークをした。

 顔を晒しての配信は、正直苦手だ。

 

「えー、こんばんはー、新人サンタの佐藤っす。めりーくりすまーす。配信見に来てくれてありがとうございますー」


:バイト君テンション低くない?

:はよ子供の家行け

:佐藤さんがんばって

:みなさん今日クリスマスだけどこんな配信見てていいの?

:彼女が隣でカクテル美味しいって言ってる

:妻が電話に出てくれません

:シャンメリー開けた

 

 佐藤は死んだ魚のような目で配信コメントを眺めた。

 

「チッ馬鹿どもが。俺がどれだけ恥を忍んでサンタしてると思ってんだ。テンション高くする必要あるかよ。ガキは寝てんだぞ。静かに速やかに荷物置いていけばいいだろがクソが。こっちはケーキもチキンも酒も彼女もいねーし推しのルイルイのクリスマス配信も見れねーし。ああやってらんね。でもやらねーとな。先輩サンタのアドバイスで、これからテンション上げるために先輩お手製の栄養ドリンク飲みまーす」


:サンタさん⁉ 

:本音がえぐい漏れてる

:【悲報】サンタ闇墜ちした

:こういうのでいいんだよこういうので 

:いいぞもっとやれ

:先輩お手製の栄養ドリンクってなんだよ 

:まずそー

:飲んでる

:飲み切って偉い


 濁流のようにコメントが流れていく。

 まるで見せ物だ。佐藤は思った。俺は笑い者になる代わりに金をもらってるんだ。そういう職業なんだ。

 

 子供の頃に思い描いていた夢は、なんだっけ。

 ……将来のことなんてなにも考えていなかった気がする。

 

 苦い思いと共に栄養ドリンクを飲み干すと、喉から食道を通って胃に熱い何かが降りていく。

 熱い。

 この液体は、熱いのだ。それに、どんどん全身に広がって――苦しくなる!


「うっ……!?」

 

:佐藤?

:佐藤さんどうした?

:なんか苦しんでる

:放送事故?

:救急車呼ぶ?

:運営さーん

    

 濁流のようにコメントが流れていく。

 それを背景に、佐藤には異変が起きていた。燃えるように熱くなった全身が、ふっと冷めていき、苦しさが薄らいでいく。


「はぁ、はぁ……だ、だいじょうぶです」


 放送事故はいかん。

 佐藤は慌ててカメラに無事を知らせて、「ん?」と首をかしげた。


 画面の前にいるのは、サンタコスチュームを着た幼い女の子だった。


:え???????

:うそだろ

:今サンタがTSした

:女の子になった!

:マジでか

:CGじゃないよな? 

:これAIだな 


 なんだ、このコメントは?

 

 佐藤は自分の手を見た。子供の手だ。

 ぺたっと頬に手を当てると、配信画面に映っている女の子が同じポーズをしていた。


「え、え?」


 高い声が出た。

 

 いや、違う。これは俺の声じゃない。小学生くらいの女の子の声だ。

 

 佐藤はありえない現実を理解した。

 

「お、俺がおんにゃのこになってるうぅぅ!」

 

 大きな瞳、すべすべの肌、ふわふわの髪。俺可愛い。佐藤は呆然とした。


:可愛すぎる

:これ本物?

:やばいやばいやばい

:スクショした

:おいこの配信でサンタがTSしたぞ!!!

:いや、Vtuberみたいなアバターじゃね?

:ピュアなキッズが多いんだな

:彼女が「酔ってきちゃった」だって 


 非現実的なイベントに、コメント欄は爆発した。

 その時、通信端末が震えた。年下の先輩イケメンサンタ、類川るいかわからだ。


『落ち着け佐藤。それは僕からのクリスマスプレゼントだ。お前、TSしたかったんだろ?』


 類川は落ち着いた声で(心なしかドヤ顔が目に浮かぶ)語る。


 類川が後輩の佐藤のSNSを偶然見つけたこと。

 SNSの呟きが「薄幸だが善良」って感じで好ましく思ったこと。

 特に、『pixiv小説子どもチャリティー企画~ブックサンタ~』に参加していたのを見て「いいことするじゃん」と思ったこと。

 その企画の投稿作品が「サンタがTSする話」で、あとがきに「俺もTSしたら人生変わるかな、TSしてえな」と書いているのがサンタ心をくすぐったこと……。


「あれかあああああ! ってか、TSするドリンクなんて作れるんかああああ!」

『フッ、佐藤。サンタに不可能はないんだぜ』


 なんてことしてくれたんだ! え、これ本当に現実だよな?


 頬をつねったり頭をカメラにぶつけたりする佐藤の奇行を見て、類川は『落ち着け』と声をかける。

 

『心配するな、健康上の害はたぶんない。そのまま配信を続けろ。今すごい視聴者数になってるぞ。このチャンスを逃すな』

「はぁ!? あの、たぶんって。害あるかもしれないんじゃないですか、怖っ」


 佐藤は叫んだが、先輩の指示は絶対だ。

 契約上、配信を勝手に中断することはできない。コメントを見ると……くそっ、彼女が酔っぱらったリア充が「ホテルいく」と報告してやがる!


:先輩命令出たから仕事がんばれ

:すげー配信だ……!

:今きた俺に説明くれ

:可愛いな

:【説明】サンタが性別チェンジした 

:これ本当に佐藤さん?

:声も変わってる

:小学生くらい?

:ロリ化した

:SNSでバズってるぞ

:俺は信じない

:AIで女に見せてるんでしょ  


 佐藤は深呼吸した。とにかく、仕事を終わらせるしかない。


「え、えっと……その、こ、これからプレゼント配りに行きます」


 震える声でそう言うと、リスナーたちは狂喜した。投げ銭をくれる神までいる。


:頑張れ!

:応援してる

:可愛すぎて辛い

:こんなサンタなら毎年来てほしい

:投げ銭するわ

:チャンネル登録しました

:妻から電話きた 


 佐藤はプレゼント袋が積まれたソリを引いてみた。

 意外と軽い。

 子供の体になったのに、力はそれなりにあるようだ。


「これなら勝てる!」


:お前は何と戦ってるんだ

:何に勝つの?

:可愛い

:かわいい

:いやキモいっておっさんだぞこいつ

:妻が家に帰ってこいって!!!!!  


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  

 5分後。

 佐藤は最初の家に到着した。


「ドアの前で到着のメールを送って、カギを開けてもらいまーす」

  

:どうやって中入るんだろうって思ってた

:普通に招かれて家にお邪魔してて草

:子供起こさないように静かに行けよ

:彼女寝ちゃった

:ざまぁ

:妻が家で待っててくれました

   

 玄関で靴を脱ぎ、親指に穴が開いた靴下をカメラで映してファンサービスをしながら、両親の案内で廊下を進む。

 子供部屋にそっと侵入。

 ツリーの下にプレゼントを置く……。


 その時、子供がむくりと起き上がった。


「あ」

「あ」


 子供のきらきらした目が、ぱっちりと佐藤を見つめる。

 ぱあぁっと歓喜に輝く表情は、無邪気だ。


「さんたさんだぁー!」

「さ、サンタさんだよ……!」


 佐藤は慌てて笑顔を作り、子供の夢を守った。

 子供の両親が「サンタさんきてくれたねえ!」「よかったねえ……!」と言いながら、ちょっと迷った様子でプレゼントを指す。


「わあ、ぷれぜんと、ありゅ!」

「プレゼントくれるんだって。嬉しいね! なにが入ってたのかな~?」

「あっ、ぱーさく!」


 『ぱーさく』とは、赤い鳥(不死鳥)の『パーサくん』という京都サンガF.C.のマスコットキャラのことだ。

 子供はパーサくんのぬいぐるみを抱きしめ、ぴょんぴょん飛び跳ねた。

 そのはしゃぎっぷりがすごい。

 

 なんか、喜んでもらえるのっていいな。


 気付けば、佐藤は作り笑顔ではなく、自然なスマイルを浮かべていた。

 

「良い子は夜更かししちゃいけないの。早く寝なさい」

「はーい、ママ」

「パパ一緒に寝ちゃおうかな」

「パパ、いらない」

「反抗期には早くないかな? パパ悲しいな?」

 

 子供は素直に布団に戻り、両親に感謝されながら、佐藤はそっとその家を離脱した。


:一軒目おつかれ!

:思ってたよりちゃんとサンタしてた

:可愛すぎる

:見た目小学生同士なのが良い

:なんかロリコンいない? 

:お姉ちゃんしてる

:おじさんだが?

:癒された

:きっしょ

:投げ銭した

:彼女の寝顔が可愛い

:妻と風呂入ります

 

「みんな、ありがとう」


 配信序盤の「くそ」な気分がすっかり晴れて、コメント欄も微笑ましく見れる気がする。

 佐藤は笑顔でリスナーにお礼を言いつつ、無言で「おじさんだが?」と「きっしょ」のコメントを削除した。

  

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 

 次の家、その次の家と、佐藤はプレゼントを配り続けた。

 子供たちの寝顔を見るたび、何か大切なものを思い出すような感覚があった。


 五軒目の家で、また子供が起きた。


「わぁ、サンタさん可愛い!」

「ふふ、ありがとう。良い子にしてた?」

「うん!」

「えらいね。メリークリスマス」


 佐藤は自然に微笑んでいた。


:完全にお姉ちゃんだ

:佐藤が別人になってる

:表情柔らかくなった

:可愛い×可愛い

:これ永遠に見ていられる

:お前ら気付いてる? さっきからアンチコメントが粛清されてるんだが


 5時間後。

 全ての配達を終えた佐藤は配信を締めくくった。


「それでは、皆さん。メリークリスマス~♪」


 両手を顔の横で振り、この夜いちばんのスマイルを見せる。佐藤はすっかり女の子の体に馴染んでいた。

 可愛いポーズは楽しい。みんなが喜んでくれるのが嬉しい。

 承認欲求の虜になりそうだ(すでになっている)。


 配信終了。

 

 画面が暗転して「うひひ」と笑ってしまう。

 なにせ、大量の投げ銭が届いている。契約上、その一部は佐藤の取り分になる。


「これ……すごい額……やば……!」


 佐藤は震える手で金額を確認して涙を溢れさせた。

 

 一晩で大金持ちだ! 人生大逆転だ! やったぜ!

 生きてるとイイことあるもんだ……!

 

 ガチャッ。

 佐藤が喜びの涙を流しながら小躍りしていると、先輩サンタの類川が部屋に入ってきた。

 

「佐藤、おつかれ。その体は気に入ったようだな」


 ああ、神様、サンタの先輩様!


 この先輩のおかげで人生が変わったのだ。佐藤は両手を合わせて類川を拝んだ。

 

「今までイケメンでむかつくって思っててすみません! 類川先輩は最高の先輩です!」

「はっはっは。黙ってればバレないのに自白するところが佐藤の可愛いところだな!」 

 

 類川は上機嫌で「あのドリンク、特許申請して量産販売したら大儲けだな」と金の話をする。しかも、人体実験のように試飲させたから儲けの何割かをくれると言うではないか。

 

 夢みたいに美味しい話だ。え、これ本当に現実だよな?


 佐藤が頬をつねっていると、類川はニカッとイケメンスマイルを湛えて距離を詰めてくる。

 そして、右手を佐藤の手に置き、ぽんぽんと撫でた。

 上から微笑むイケメンフェイスは、「いいお兄さん」みたいな保護者感があるが……ちょっとアブノーマルな感じもしないでもない……?

 

「く、類川先輩?」 

「佐藤。お前ちっこくなったし、俺が世話してやるよ」


 類川の目には、気のせいかあやしい熱が灯っているように見える。

 例えるなら、じっくりコトコト煮込んだスープを今からいただきます、みたいな。

 あるいは、若紫をいつか食べちゃうぞ、な光源氏みたいな。

 

 ま、さ、か?

 

 そういえば、佐藤がTSジャンルを知ったのはこの先輩がきっかけだった。

 流行してるから、と『お兄ちゃんはおしまい!』を勧めてくれたのだ……。

 

 類川は優しく耳元に唇を寄せ、囁いた。

 

「うちに来い。責任取るから」

「ひっ」

 

 だ、だめだ~~~‼

 この人、危険な人だーーーーーーー‼

 

 佐藤は飛びあがり、全力で類川から距離を取って頭を下げた。


「い、いえ! 大丈夫です! 自分で何とかします! 許してください変態!」

「そうか? 妙な想像してるみたいだが、ロリコンじゃないぞ? 変態ではあるが」


 変態ではあるらしい。

 

「――失礼します! お仕事お疲れ様でした!」


 佐藤は全速力で逃げ出した。

 世の中には「相手がイケメンならいける」という言葉があるが、今のところまったくそんな気にはならない!

 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  

 帰宅したときには朝になっていた。

 佐藤は眠気に身を任せて睡眠を摂り、昼頃に目を覚ました。


 睡眠は偉大だ。疲れはすっかり取れている。

 身体は相変わらず女の子のままだ。嬉しいような、「これでいいのか?」と不安になるような、でもやっぱり嬉しいような。


「おっ、ルイルイがクリスマス配信をしてる……え、昨夜から寝ないでずっとやってんの? やばいな」


 佐藤は冷蔵庫に入れておいたクリスマス用のチキンやケーキをテーブルに並べて配信を観始めた。

 ご馳走をつまみながら推しの配信を観るのは、仕事上がりのささやかな贅沢だ。栄養バランスを考えて、オクラとキノコ入りのねばねばサラダも用意した。

 ローソンの黒おしゃぶり昆布が好きだったのだが、最近は置いていないのが残念。代わりにイカソーメンを買ってある。からあげクンもだ。

 

 ところで、この体でアルコールを飲むのはダメなのだろうか?

 ダメなんだろうなあ。そんな気がするなあ。やめとくかなあ。

 

 考えながら、いつものように配信コメントを送信する。少し迷ってから投げ銭をしたのは、「自分には金がある」という余裕から。


シュガー:めりくりー!

 

『メリークリスマース♪ シュガーさん、投げ銭ありがとう♪』


 ああ、推しが喜んでる。推しにクリスマスプレゼントを贈れてよかった。

 

 ルイルイの声に合わせて、佐藤も小さく呟いた。


「メリークリスマス……」


 サンタの次はVtuberに挑戦してみようかな? なんて気持ちが湧いてくる。

 昨日まではあり得なかったことだ。

 

『あのね、ルイルイ、お礼を言いたいの。いつも僕の配信を観てくれてありがとう。君がいるからいつも頑張れます。大好きだよ♡ これからもよろしくね……』

 

 ルイルイは僕っ娘だ。

 見た目も男の娘みたいなアバターで、あざとくて可愛いが性格や話題は男っぽい。そこがイイ。

 

 ショートケーキをひと口食べると、クリームが滑らかで甘い。

 チキンは皮がパリパリで、ちょっと硬い。中はぱさぱさしているが、チキンを食べると「クリスマスだな」という感じがして、気分がいい。

 オクラとキノコ入りのねばねばサラダは塩っ気とぬるぬるした感じがたまらない。

 

「おいし……」


 画面の中では、ルイルイがクリスマスソングを歌っている。

 たまに音を外すが、そこが可愛い。一生懸命な推しは、魅力的だ。

 

『ルイルイは、君のことが大好き! 何度でも言うよーっ! いつもありがとう!』


 ああ、推しの感謝の言葉が尊い。ハートに刺さる。最高だ。幸せなクリスマスだ。


 佐藤は満足げに微笑んだ。


 ――ハッピー・メリークリスマス。

少し早いですが、メリークリスマス!

短編を読んでくださってありがとうございます。


ブックサンタというサービスで「クリスマスや本をテーマにしたエッセイや小説を書いて、子ども達に本を贈ろう!」というチャリティー企画が実施中でして、小説書くと寄付できるんだって(https://www.pixiv.net/novel/contest/booksanta2025)。

というわけで、書いてみた作品でした。pixivに投稿済ですが、「小説サイトにも投稿したらチャリティ企画の認知度アップにつながるかもしれないな~」って思って、こちらにも投稿してみました。


良いクリスマスをお過ごしください!

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