第十二話【それ言いすぎぃ!】
遅くなりました。
どぞ!
グランベアの肉片が飛び散り、巨体が地面に倒れ込んだ。
けたたましい咆哮が鼓膜を揺らしていた空間に、耳が痛くなるほどの静寂が戻ってくる。
「……終わっ、た?」
『――お疲れ様でした。こちらが担当していたエリア、そして一ノ瀬姉弟が担当していたエリアにおいても、歪みは全て消失しました。新たに魔物が出現することはないでしょう』
滝本さんから入った報告を受けて、ぼくは安堵の息を吐いた。
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名前:コウヅキ・アキラ(クラス:剣士)
クラスレベル:1
適合率:EX
【筋力】C(69/100)→B(22/100)
【敏捷】C(42/100)→B(3/100)
【耐久】D(20/100)→C(12/100)
【器用】C(46/100)→B(5/100)
【魔力】E(11/100)→E(87/100)
スキル:〈拡張現実〉
魔法:〈ロックアーマー〉
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処理班の人たちが一斉に駆けつけてきて、魔物の死骸やら倒木の撤去などを行っている中で、ぼくは自分のステータスを確認する。
「うわっ、ぼくのパラメータ上がり過ぎぃ……」
やはり、強力な魔物と戦うと経験値も莫大なようだ。
でも……グランベアのような格上の相手はもう勘弁願いたいものである。
「……ごめんね。わたしの無茶に付き合わせちゃって」
ぼくが疲れて座り込んでいると、七瀬さんが傍までやって来て謝罪の言葉を述べた。
あの場でグランベアの相手をするのは賢い選択ではなかったかもしれないが、勝てたのだから細かいことは言いっこなしだ。
「別にいいよ。それより、七瀬さんちょっと気になること言ってたよね」
「何が?」
きょとんとした顔をする彼女。
「ほら、わたしの責任とか、自己満足とか……」
「ああ、そのこと。聞きたいのなら話すけど、どうする?」
「気になります」
「そう、じゃあ話すね」
七瀬さんは、ぼくの隣に座り込んだ。
ぼくたちの周囲は、後始末をする処理班の人たちが慌ただしく作業しているし、負傷した戦闘班の人たちが搬送されたりなどでとても騒がしい。
そんな状況で、ぼくらだけのんびり会話しているわけだ。
なんかもう違和感がすごい。
「わたしが両親の都合で海外で暮らしていたっていうのは、言ったよね? うちの両親、二人とも研究職なのよ。専門は量子力学と物質工学」
なるほど。そういうことだったのか。
……え、どういうこと?
「具体的に言うと、ダンジョンの発生メカニズムの解明や、魔石エネルギーの高効率変換法を発見した科学者チームの一員ってわけ」
……それってものすごいことじゃないの?
最先端技術に携わる超級エリートでサイエンティフィックな方々がフィジカライズされたインスパイアで未知との遭遇ってやつだ。
ごめん。自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた。
「そっか……つまり七瀬さんは、ダンジョンが普及したことによる弊害で、歪みが発生していることに責任を感じているってわけか」
ダンジョンは数多くの資源をもたらし、豊かな暮らしを約束してくれたが、歪みから魔物が発生するという危険性を孕んでいる。それが両親の研究成果によるものだとすれば、娘として思うところはあるだろう。
だけど、いまさらダンジョンがない世界に戻れるわけもないし、両親のことで彼女が責任を感じる必要はない気もするけど。
「うん。だからこれはわたしの自己満足なの。いつかは歪み自体を発生しないようにできるかもしれないし、それまでは対症療法だけど、こうやって地道に潰していかないとね」
七瀬さんはそう言いながら、はにかむようにして笑った。
「――あ、いたいた!」
そんなとき、遠くから誰かが駆けて来るのが見えた。
「あ~よかった。二人とも無事だったのね。逃げたグランべアと正面からやり合ったって聞いてさ。討伐できたって連絡は受けたんだけど、心配で駆けつけたってわけ」
朱里さん――一ノ瀬姉がほっとした表情で胸を撫で下ろしている。
「って、うわっ……バラバラじゃねーかよ。お前ら本当にクラスレベル1なのか? 申告漏れとかじゃねーの……ぐぇっ!?」
一ノ瀬弟は、爆散したグランベアの死骸を見てそんなことをつぶやき、姉から鋭いローキックをかまされていた。
「失礼なこと言ってんじゃないわよ。こんなことになったのはグランベアを逃したあんたの責任でしょう」
「ん、んなこと言ったって、歪みからグランベアが二匹も出現したんだぞ? さすがに抑えきれねーっつの」
「ふぅ………………貧弱」
一ノ瀬姉が呆れたように溜め息を吐く。
「はぁ? そっちだって雑魚のダンジョンネズミを倒すのに無駄に時間かけやがって。ネズミが怖いとか女みたいなこと言ってんなよ。ああ、お前女だっけ? 悪い悪い、あんまりにも貧相な胸してるから女だってこと忘れてたぜ」
「……その喧嘩買った」
ちょっ、これまた姉弟喧嘩始まるんじゃないの?
「彼女いたこともないクソ童貞野郎が妄想膨らませて女性の胸の大きさを語ってんじゃねえよカス。言っとくけど、お前が読んでるエロ本に出てくるような爆乳女なんてほとんど整形か画像修正だからな! シリコン触って満足するか、二次元の中でだけ完璧な乳に憧れ抱いて右手動かしてろ」
どう考えても言いすぎぃ!
弟君は普段どんなエロ本を読んでるんだよ。
というか、なんでどんなの読んでるかお姉さんに全バレしてるの!?
「う、うっせーな。貧乳が負け惜しみ言ってんじゃねーぞ」
「貧乳じゃねーから。わたしや七瀬ちゃんぐらいが平均なの。胸にスイカみたいなのぶら下げてるやつがいたら、そいつダンジョンに生息してる魔物だから」
それも言いすぎぃ!
「はは。お前や七瀬が平均サイズ? 冗談は――」
――ドンッ!
……はい、発砲事件が起こりました。
発砲された弾丸は、弟君の股すれすれを抜けるような形で地面を抉っていきました。
「かひゅっ……」
息を呑むようにして静かになった弟君。
気持ちはわからないでもない。
弾がタマをかすめるような体験なんて、なかなかできないからね。
七瀬さんが静かにキレたところで、姉弟喧嘩は終わったようだ。
「――いやはや、ともに防衛戦を戦った仲ですから、打ち解けるのも早いみたいですね」
にこにこと柔和な笑みを浮かべながら登場した滝本さん。
これが和気あいあいとした雰囲気に見えたのだろうか。
黒縁メガネのレンズ割れちゃってんじゃないの?
……おっと、一ノ瀬姉弟に感化されたのか、ぼくまで言葉遣いが悪くなってしまいそうだ。
「七瀬さんがグランベアを討伐すると言い出したときには、正直少し肝を冷やしましたが、無事に討伐できて良かったです。このような形でしかお礼ができないのは心苦しいですが、報酬に上乗せしておきますね」
真面目な顔に戻った滝本さんは、そんなことを言った。
死傷者を出すことなく切り抜けられたので、どこか安堵しているように見える。
「危険な目に遭わせちゃってごめんなさい。本当に、二人が無事で良かったわ」
滝本さんと一緒に来た日下部さんも、丁寧に頭を下げてくれた。
担当エリアから魔物を逃してしまったことについて、指揮官として責任を感じているのだろう。
「ほら、あなたたちもしっかり謝っておきなさいよ。仲良く姉弟喧嘩するのも悪くないけど、することはしっかりやってから暴言を吐き合うように」
「……悪かったよ。無理させちまったな」
「ごめんなさい。すぐ謝るつもりだったのに、ついカッとなっちゃって」
一ノ瀬姉弟からも謝罪の言葉を受け取ったところで、戦闘後の余韻に浸る時間も一区切りといったところか。
――そうこうしているうちに処理班の人たちの後始末も終わり、無事に解散の流れとなったのだが、いそいそと帰り支度をしているところで七瀬さんに声をかけられた。
「そういえば、わたしも一つ上月君に聞いてみたいことがあったんだけど、いい?」
「え、うん。どうぞ」
さっき彼女から話を聞いた手前、ここで断るわけにもいかない。
「なんで滝本さんの勧誘を素直に受けようと思ったの? 引き合わせたわたしが言うのも何だけど、断るっていう選択肢もあったよね」
聞かなかったことにして、日常に戻るのも悪くはなかったかもしれない。
「また、今日みたいな危険な目に遭うかもしれないよ?」
うーん。
「一応、理由があるにはあるんだけど、さっきの七瀬さんの話を聞いた後だとやや恥ずかしいと言いますか……それでも聞きたい?」
「気になります」
「……その、ぼくの家は母子家庭でね。小さい頃から母親が苦労してぼくを育ててくれたわけですよ」
なにやら気恥ずかしいので、つい変な喋り方になってしまう。
女手一つで子供を育てるのは、金銭的な意味でもかなり苦しかったはずだ。
最近はぼくがダンジョンで稼いだ金額の多くを家に入れているため、ずいぶん楽になったと嬉しそうにしていた。
「だから、大きな理由としてはお金のためかな。防衛戦に協力すれば報酬がもらえるし、仮想体を強化するための様々なサービスを無償で利用できるのは大きいから」
「……なるほど」
「それと、協力すれば有事の際に家族を最優先で保護してくれると言ってたよね。ぼくにとってはそれが、自分の命を懸けても惜しくないと思える条件だった……んだと思う」
真面目な話をするのは苦手なのだが、ぼくの心情なんてこんなものだ。
最先端技術の代償を清算するためとか、大きな目的はない。
身近にいる大切な人に、これ以上苦労してほしくないのだ。
「そっか。上月君はそういう人なのね」
七瀬さんはそう言って人差し指をぼくの頭に突きつけ、銃を撃つ真似をしてみせた。
もはや見慣れたモーションだ。
これでグランベアは爆散して、肉塊へと変わった。
「……それ、全然恥ずかしい理由じゃないよ」
彼女はそうつぶやくと、すたすたと歩いていく。
「あ、それと」
今日、あらためてぼくが防衛戦で戦う理由が増えたので、それを付け加えておこうと思う。
七瀬さんは、前にダンジョン内でこんなことを言っていた。
『――わたしだって死にたくはないし、上月君にだって死んでほしくない』
……あのときは、まだ現実味がなかった。
グランベアと対峙したときのような、命懸けの戦いなんて経験していなかったからだ。
だけど、七瀬さんが化物熊の一撃で潰されてしまいそうになった瞬間、ぼくはきっと同じことを思った。
「ぼくだって、七瀬さんには死んでほしくない。だから……次も頑張ってみようと思う」
「そっか……ありがとう」
彼女は少しだけ照れくさそうにして、笑った。
――その後、ぼくは自分が言ったことを脳内で反芻し、よくよく考えるとものすごく恥ずかしいことを言ったのでは? と小一時間のたうち回っていたことは言うまでもない。
読んでいただき感謝です^^
そろそろ毎日更新が難しくなってきました汗
のんびりお待ちくださればと思います。




