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第十一話【奥多摩ダンジョン防衛戦③】

 ……これはゲームじゃない。


 システムコマンドなどの設計はいかにもゲームを連想させる作りになっており、ダンジョン内で仮想体を操り、魔物を狩るだけならば確かにゲームと言ってもいいだろう。


 だけど、ダンジョンの外で魔物と戦うとなれば話は別だ。

 少なからず、命の危険が伴う。

 撤退するという選択が他の人たちを見捨てる行為だとわかっていても、自分より強力な魔物に立ち向かうのは賢い選択ではないと思う。


 だというのに、七瀬さんは撤退せずに戦うらしい。


「上月君まで危ないことに巻き込むつもりはないから、撤退してくれていいよ」


 目の前には、涎を垂らしながら息を荒くしている熊の化物がいる。

 そんな状況で、自分だけ「あ、そう? じゃあお先に」と撤退できるわけがないだろう。


「七瀬さんは……怖くないの?」

「怖いけど、これはわたしの責任というか……自己満足みたいなものだから」


 なにそれ、どういうこと?

 ぼくがきょとんとした顔をしていると、七瀬さんは凛とした顔でグランベアを見据えた。


「……大人しくダンジョンの中で暮らしていればいいのに」


 そう言って、彼女は魔物に向かって疾駆した。


 ――速い。


 ただでさえ敏捷値が限界近くまで鍛えられているというのに、おそらくは魔法〈エアリアルブースト〉による補助効果も加わっているからだろう。

 目で捉えきれないほどの速度でグランベアを翻弄しながら、銃撃が放たれる。


「グルァァァァァッ」

「くっ……」


 様々な角度から降り注ぐ銃弾の雨は分厚そうな毛皮にめり込んでいくのだが、ほとんどダメージは通っていないようだ。


 興奮して暴れまわるグランベアの動きは、まったく鈍る様子がない。

 銃撃の威力はけっして低くないはずだが、防御力が非常に高いのだろう。


 グランベアが怒って後ろ足で立ち上がると、小山ほどの大きさに圧倒されてしまった。

 大型のダンプカーが突っ込んでくるような圧迫感だ。

 巨大な腕が叩きつけられると、何本もの太い樹木がバキバキッと音を立てて倒れていく。

 体はあんなに大きいのに、けっして愚鈍な動きではなく、獲物を仕留めんと振るわれる一撃は鋭く速い。


 しかしながら、七瀬さんは狂ったように暴れるグランベアの攻撃を華麗に回避してみせた。

 その惹きつけられるような攻防に見惚れ、ぼくは自分の剣をぎゅっと強く握りしめる。


 こんな戦いに、果たしてぼくは加勢できるのだろうか?

 そんな一瞬の逡巡をしている間にも、七瀬さんは攻撃の手を緩めない。


 彼女が装備している銃が、まばゆい閃光を放った。

 爆発するような音が響き渡り、極太のレーザーのようなものが銃から発射された。


 あれが……さっきぼくを助けてくれた全弾発射(フルバースト)か。


 一斉に放たれた銃弾は光の帯となってグランベアの体に命中し、さすがの相手も衝撃で体勢を崩した。

 ぶしゅっ、と鮮血を散らしているところを見ると、少なくないダメージを負ったものと思われる。


「はぁぁっ!」


 七瀬さんはそれを好機と見たようで、銃弾で貫いた部分へと一気に詰め寄った。

 全弾発射後はしばらくクールタイムが必要と言っていたので、別の攻撃手段で一気に攻めきるつもりなのだろう。


 ゴォッと燃え盛る炎が剣の形へと具現化し、彼女の手にしっかりと握られる。

 炎の剣――〈フレイムタン〉の魔法を発動させた七瀬さんは、怯んでいるグランベアへと躊躇うことなく突っ込んだ。

 銃弾で穿った傷口に炎の剣が突き刺さると、ブジュウウゥゥッ! と血が沸騰しながら蒸発していく生々しい音が響いてくる。


「グギャァァァァァァッ! グル、アァァァァァァ!」


 激しい痛みのせいか、グランベアは狂ったように暴れ回った。

 炎の剣をさらに押し込もうとする七瀬さんを、どうにか振り払おうとして、自らの大きな体をそこらじゅうの大木や地面に叩きつける。


「く、ぁ……」


 巨体に押し潰されるような形で、彼女はついに炎の剣を手から離してしまった。


「グルァァァ!」

「しまっ……」


 体勢を崩した七瀬さんへと、グランベアの凶悪な一撃が振り下ろされる。


「させるかぁぁぁ!」


 ――ぼくは、怖気づいていた自分の足を殴りつけ、強引に走り出していた。


 ……七瀬さんは、耐久のパラメータがそこまで高くない。

 基本的に魔物の攻撃を回避するため、耐久値だけは伸びが遅いのだ。

 ぼくも他人のことは言えないが、〈ロックアーマー〉の魔法を発動させた場合は、ぼくのほうが防御力は高いのではないだろうか?


 しかも、あのように体勢を崩している状態でまともに攻撃を喰らったら、一撃で体力ゲージを全損してしまうかもしれない。


「おおおおぉぉぉぉぉぉっ!」


 七瀬さんをかばうように前に出たぼくは、グランベアの爪を剣で受け止め――……ようとして吹っ飛ばされた。


 なんという膂力。


 ありえない馬鹿力。


 まさに、ダンプカーが突っ込んできたような衝撃だった。


「ぐ、ぇ……」


 後ろにいた七瀬さんまで巻き込み、何十メートルも吹っ飛ばされたぼくたちは、樹齢何百年という太い大木にめり込むようにぶつかって、ようやく止まる。


「だ、大丈夫? 助けるつもりだったのに、全然守れてないや……」

「ううん……ありがとう。上月君が間に入ってくれたおかげで、即死せずに済んだわ」


 どうやら、二人ともまだ生きてるようだ。


 ちょっと待って。体力ゲージは、と――……うわ……今の一撃で半分以上削られてる。

 はやく回復を――……。


「グルァァァァァッ!」


 うぇ……回復ポーションを飲む暇すら与えないつもりか。

 手負いのグランベアは、真っ直ぐにぼくたちへと向かってくるではないか。


 ――そんなとき。


 ……タタタタッ、タタタタッ!


 乾いた銃声が響いた。

 戦闘班の人たちが、化物熊へ銃の一斉射撃を試みているようだ。


「二人を守れ! こちらへ引きつけるんだ!」


 そんな声が聞こえてきたが、グランベアに生半可な攻撃は一切通じないようだ。

 何百発という銃弾を浴びても、涼しい顔でこちらへ向かってくる。

 が、わずかに気が逸れてくれたようで、その隙にぼくたちは回復ポーションを一気に飲み干した。


 減少していた体力ゲージが急速に回復し、体中にあった痛みも一瞬でなくなる。

 はっきり言って、痛覚閾値が低く制御されていなかったら、さっきの一撃で気を失っていたんじゃないかな。


「あいつに勝てる見込み、ありそう?」

「……たぶんね。でも放熱が終わるまで銃は使えないから、もうちょっとだけ一緒にあいつの相手をしてくれない?」


 この状況で、嫌とも言えまい。


「了解」


 ぼくたちは、グランベアを撹乱するため二手にわかれて木々の間を走り抜ける。

 まともに正面からぶつかると、さっきのように吹っ飛ばされて大ダメージを受けてしまうからだ。


「グルァァァァ!」「ガァァァァ!」


 思うように獲物を引き裂くことができないせいで、グランベアは苛立ちを隠さずに咆えた。

 ビリビリと大気が震えるほどの咆哮に、鼓膜が破れてしまいそうだ。


 ……でも、不思議だな。

 ぼくの敏捷値はまだCランク程度だというのに、なんとかグランベアの攻撃を躱せるようになってきている。

 木の陰に隠れて有利な状況を作り出しているが……妙に体が軽く感じるのだ。


 ……ひょっとすると、この戦いの最中にも成長している?

 それも――飛躍的な速さで。


 考えてみれば、自分よりも格上の魔物と戦闘したことは今までほとんどなかった。

 得るものよりも、デメリットのほうが遥かに大きいからだ。


 だが……今はそうも言っていられない。


 ――適合率EX。


 ぼくの体が急激な成長に耐えられるというのなら、目の前にいる強靭な魔物に対抗できるだけの――力が欲しい。


「グルゥ……フッ……フ」


 さすがのグランベアも、わずかに息が上がってきたようだ。


「上月君。あいつの動き、一瞬でもいいから止められる?」

「……やってみる」


 ぼくは、グランベアの正面に踴り出た。


「グォ? グフ、グフゥ」


 なんというか……『これでやっと引き裂いてやれるぜぇ!』みたいな感情が浮き出たように見える。

 守りたくない、その笑顔。 


「グルァッ」


 グランベアは、一直線にぼくを目がけて走ってくる。

 そうして一瞬で距離を詰めると、丸太のような腕を振り上げ、ぼくを叩き潰さんと振り下ろした。


「グルァァァ!」

「せやぁぁぁぁぁっ!」


 今度は、さっきのように簡単に吹っ飛ばされてやるつもりはない。

 なんとか剣で受け流そうとするも、グランベアの一撃は馬鹿野郎と叫びたくなるほどに重たく、剣を持つ手や体を支える背骨がミシミシと悲鳴を上げる。


「おおおぉぉ……りゃあぁぁ!」

「グォ!?」


 なんとか、相手の動きを一瞬止めることには成功した。

 受け流した化物熊の腕が、地面を深く抉るように叩きつけられる。


 ……ぼくの仕事は、ここまでだ。


「――グッジョブ」


 いつの間にかグランベアのすぐ傍にまで迫っていた七瀬さんは、そうつぶやいた。

 超至近距離からの――全弾発射。

 しかも、一度目のときに穿った傷口に銃口をねじ込むという無慈悲さだ。


「グォ!?」

「――……討伐完了」


 断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、グランベアの体は爆散した。

読んでいただき感謝です!

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