直接対決 (前編、現実)
社長室に、俺は招かれていた。
一番奥に置かれた最高級のエグゼクティブチェアと、ダークブラウンで統一された両袖デスクが、重厚な雰囲気を醸し出している。
しかし、今社長が座っているのは、その手前の応接スペースに置かれた、やはり最高級の本革製、ブラックアームチェアだ。
二階堂健三郎、五十八歳。
ビシッとダークスーツを決めている、白髪の紳士だった。
その前面に、やはり黒で染められている長い平机が置かれ、さらにその両脇に長いソファーが対面になるように設置されている。
俺はそのソファーに座り、社長と世間話をしているが、正直、何を話しているのか覚えていないほど緊張している。
虹山秘書は、社長の斜め後方で、ずっと立っていた。
と、そのとき、社長室の扉をノックする音が聞こえた。
虹山秘書が即座に扉の側へと向かい、ゆっくりと開いて会釈し、その来客を招き入れた。
俺は反射的に立ち上がって、頭を深く下げる。
そして顔を上げると、驚いた顔の備前専務がそこにいた。
「……なぜ、君がこんなところに……」
そう言って、社長と視線を合わせ、次に秘書を一瞥。
それだけで何かに納得したように、ニヤリと笑みを浮かべた。
「社長、緊急のご用件とお伺いして馳せ参じましたが、彼がなにか関係あるということでよろしいでしょうか」
余裕を感じる質問だった。
「ああ、備前君。ちょっと込み入った話になりそうなのでね、まあ、かけたまえ」
社長もまた、この場面で落ち着いた物腰だった。
本来、俺とは縁のない、雲の上の人達の会話だ。
「はい、では、失礼します」
備前専務はそう言って、俺の対面に座る。
そして俺は、社長に
「土屋君、まあ君もそんなに緊張せずに、かけなさい」
と促され、高級ソファに腰を下ろした。
俺は備前専務からの、無言の圧力に気圧されたかのように、おどおどと視線を落とす。
ちらりと目の前の宿敵を見ると、まるっきり余裕の笑顔で俺の事を見つめている。
俺は恐ろしくて、それ以上目を合わせられない……フリをしていた。
社長が話を切り出す。
「いや、実はね……私のところに、匿名の投書があったんだ。『ディープシーソフトウエアという会社へ、年間、億を超える金額のプログラムを発注しているが、その成果物の品質は、値段に見合ったものではない。それなのに、専務のごり押しで発注せざるを得ない状況になっている』とね」
「……ほう、なるほど、匿名……ということは、例の、最近設置した目安箱、あれですね……で、彼がここにいるということは、実は彼の投書だとわかった、ということですか?」
まったく余裕の笑みを消さないまま、専務は俺の方を見た。
「いやいや、そういうわけではない。前に、同じようなことを言ったことがある人物がいる、ということで、彼には一応、声をかけてみたんだ。彼は、投書などしていないという。そして、今ではどう思っているのかどうか聞いてみようと思ってね」
社長も笑顔で返す。
一件、和気藹々と話が進んでいるようだが、すでに腹の探り合いが始まっている。
「なるほど……それで、土屋君、だったかな……君は今でも、『ディープシーソフトウエア』のソフトが、値段が高いと思っているのかな? ちなみに、システム開発部の人間は、皆、あの会社のプログラムは最高品質だと絶賛しているのだが……君の忌憚のない意見をぜひ、教えてもらえないだろうか?」
優しい言葉に聞こえるが、備前のそれには脅しが含まれている。
「……いえ、僕はあのとき、単にプログラムの内面的な部分しか見ていませんでした。下請け会社との付き合いの長さ、取引の実績、その他、僕などでは想像もつかなかった、すばらしい魅力があって、そのような付加価値がある以上、専務が強烈に推奨しておられるのは当然だと実感しました。ようやくそれに気付いたのです」
「……ほう、よく分かるようになっているじゃあないか。付加価値、確かにその通りだ。土屋君、大分成長したじゃないか」
備前専務は、素で感心しているようだった。
「……ふむ、では土屋君、君は、どんな付加価値に気付いたというのかね?」
社長が、興味深そうに装って、俺にそう尋ねてきた。
「そうですね……しいて言うならば、『愛情』でしょうか」
「……愛情?」
思わぬ言葉に、備前専務は怪訝な表情を浮かべた。
「……備前君、これも、投書がきっかけで調べてみたのだが……君、『ディープシーソフトウエア』の下請け……我々に取っては孫請けになる、『大海原システム』の美人社長と、頻繁に会っているそうだね」
その一言に、サッと専務の顔色が変わった。
そして、何かに気付いたように、キッと俺の事を睨み付けた。
しかし、いくら凄まれようが、今の俺にとっては、まったく恐れる必要はない。
こんなものでは済まされない。
もっと決定的な、備前を徹底的に追い詰めるだけの武器弾薬が、いくつも揃っている。
今度は俺が、ニヤリと笑みを浮かべる番だった。
※次回は決着編となる予定です。




