土屋の過去 (現実)
土屋は入社一年目、卓越したプログラム技術を評価された、期待の新人だった。
彼は、仕事の段取りを取りまとめたりするようなことは苦手だったが、根っからのPCオタクで、既存のプログラムを片っ端から解析しては、自分のものとして吸収していく器用さを持っていた。
『現実世界の事象をプログラムに落とし込む』ことを得意とし、提出された仕様書の矛盾点を即座に見抜き、的確に指摘するそのスキルで、年配のベテランプログラマーから『ニュータイプ』と称賛されるほどだった。
好きなプログラムを組んで給料をもらえる、夢のような職場。この頃の土屋は、今と異なり、生き生きとしていた。
そんな彼が、一気に奈落の底へと突き落とされる事件が勃発したのは、入社二年目の冬だった。
下請け会社の『ディープシーソフトウエア』から納入されたプログラムをチェックしていたときに、違和感を覚えた。
確かに、仕様書通りの動作はしていたし、プログラムの組み方も、まあまあ堅実なものだった。
新規性はなく、今の流行からすれば多少古くさいものの、確実な納品をしてきており、納期もきちんと守られていて、そういう意味では『真面目な会社』というイメージだった。
しかし、だ。
その作成費用が、高いのだ。
他の同程度のスキルを持つ下請け会社と比べて、三割~五割ほど高いと感じた。
聞けば、十年来の取引があるということだし、毎年一億円分以上もの発注をこなしている、欠かせないパートナーであることも聞いている。
しかし、会社として余裕がある時期であればともかく、今は赤字ギリギリでなんとか業務を回しているような状況だと聞いていた。
実際、他の下請け会社には値切り交渉などが行われているが、なぜか『ディープシーソフトウエア』にはそれらが一切行われていなかったのだ。
そこで土屋は、上層部に対して、この会社の技術であれば、二、三割値切るか、他の下請け会社への依存を増やせば、年間で二千万円以上の経費が浮くはずだ、と、上層部に直接報告してしまったのだ。
これに対して烈火の如く怒ったのが、システム開発統括部長の備前専務だった。
土屋のような末端の平社員が、重役室に呼び出されて凄まじい叱責を受けてしまったことは前代未聞であり、一体彼はなにをやらかしたのか、と社内中の話題になった。
彼が言われたこととしては、
「おまえのような若造が、会社間の信頼や、積み上げてきた実績の重要さを理解出来るものか!」
「今、あれだけの発注量をこなせる下請け会社が、他にあるとでも思っているのか!」
「多少値段が高いのは、それだけの品質を維持し続けているからだ! お前のような目先のことだけで物事を判断するような者は、ウチの会社にはふさわしくない!」
と、まだ二年目の彼からすれば、世の中の仕組みが分かっていなかったと納得するしかないような内容であり、ひたすら謝り続けるしかなかった。
以降、彼はプログラムの仕事は一切させてもらえなくなり、トイレ掃除をさせられたり、朝から晩まで社内中の不要書類のシュレッダーをさせられたり、と、雑用ばかりをさせられるようになった。
さすがに同情の声が上がるようになっていた三年目の春、彼は人事異動で、今の労務管理部に異動させられたのだ。
ここで与えられた仕事は、例えば社員が残業をしすぎていないか、休暇申請が間違っていないか、などをチェックするような仕事だった。
なにか問題があれば、直接その社員や上長に連絡をしなければならないのだが、人付き合いが苦手な土屋は、これが苦痛だった。
勤務入力間違いや、やり直しを指摘すると、怒鳴られることもしばしばだった。
あの、ひたすらプログラムを好きなだけ組んでいればよかった夢のような仕事環境に比べて、今の仕事はまるっきりやる気を失っていた。
唯一の希望は、両隣の女性社員、同期で学生時代からの同級生である美香と、新入社員の優美だった。
美香は何かと励ましてくれるし、優美は彼を頼ってくれる優しい女子だった。
実は、美香は彼が配置転換された経緯を知っていて、本当は希望する部署に戻ることさえできれば有能な社員として認められると考えていたし、その事を優美にも話していた。
そして土屋は気付いていなかったが、金田課長代理が土屋にきつく当たる理由も、実は備前専務が金田に、
「あいつは調子に乗せてはいけない。むしろ、やる気を削ぐぐらいでちょうどいい」
と話しているところを、美香は偶然聞いてしまっていたのだ。
しかし、それを土屋に打ち明けたところでなんの解決にもならないし、証拠もなく、目安箱に投書しても無駄であることは認識していた。
この、いわばパワハラに関しては、金田課長代理も被害者だと、美香は考えていた。
専務にそんな風に言われてしまっては、本意ではなくとも、従わざるをえないのだろう。
そういうわけで、美香は土屋に同情的であり、励ますべき対象であり、常に気をかけていた。
そんな美香を見て、優美も、土屋のことが気になるようになっていたのだ。
そして土屋は、備前専務を恐れ、憎み、疑問に思っていた。
なぜ、あれほど『ディープシーソフトウエア』に固執するのだろうか、と。
その謎は、後に、思わぬ形で知ることとなる。
そのきっかけとなるのが、土屋が書いている異世界ファンタジー、『会社まるごと異世界召喚』に対する、一通のダイレクトメッセージだった。
※次回、また創作の世界に戻り、新たな冒険の日々が訪れます。




