幻の白茶
ぎゃーーーーー!!すみません!
こちらのエピソードを入れてませんでしたー!!!
初めての割り込み投稿…!
ご指摘ありがとうございました!!とても助かります!
采夏の元に白毫銀針の茶葉が運ばれてきた。
針のようにまっすぐな葉の形にびっしりと銀色に輝くフサフサの毛が覆っている。
その様を采夏はうっとりと眺めた。
「素晴らしい毛艶です。白兎のようにふさふさと……可愛らしいですよね。小さい頃はこのふさふさの手触りの虜になって、一日中撫で回していた時期がありました。どこに出かけるにも、連れて行って可愛い可愛いと言いながら、ひたすら撫でていたのです。そうしたら、私が小動物を勝手に飼い始めたと父上に勘違いされて……ふふ、懐かしい思い出です」
采夏のお茶愛が過ぎる幼い頃の思い出に、陸翔は少し疲れた笑みを見せ、采夏に弱い黒瑛は困ったような顔を見せつつ愛しげに采夏を眺め、使者は冗談か何かかと思ったらしく「ハハハ、皇后様のお話とても面白いデース」と愉快に笑った。
采夏は、白毫銀針の茶葉を眼差しで愛で尽くした後、温めた茶壺に茶葉を入れる。
普段、采夏は蓋碗でお茶を入れることが多いが、今回は茶壺を用いることにした。
口の中に茶葉が入らないよう蓋を抑えながらお茶を飲む蓋碗は、少しコツがいる。西方の人には慣れていないだろうと、茶壺でお茶を蒸らして茶杯に注ぐことにしたのだ。
そしてその茶壺に少しぬるめのお湯を注いだ。
白毫銀針は毛に覆われているため、お湯に浮く。采夏はぷっくりと浮き上がる茶葉を愛しそうに眺めてから蓋をし、蒸らす。
「頃合いですね」
待つことしばらくして采夏はそう言うと、四つの茶杯にお茶を注ぎ入れる。
「白毫銀針です。独特の華やかな香りをお楽しみください」
采夏の用意したお茶からは、確かに花の芳しい香りがした。
華やかでいて素朴な香りだ。桃よりも梅のような、甘すぎない香り。それでいてお茶独特の深みも漂う。
黒瑛は夢見心地な気分で茶杯に口をつけた。
一口飲んだ時に、脳裏に浮かんだのは、花畑だった。
赤に黄色に桃色。小さな野花が地面に広がっている。
茉莉花や薔薇の花のような気位の高い華やかさとは違う、野生みのある野花の香りがあたり一面に広がっていた。
健気に咲く野花を一つ一つ愛でるように黒瑛が眺めていると、「チャンチャン!」と犬の鳴き声のようなものが聞こえてきた。
何かと思って振り返ると、白いフサフサの毛を生やした小動物が甘えるように飛びついてくる。黒瑛は思わずそれを抱き抱え、そしてその魅惑的なもふもふとした撫で心地に夢中になった。
これはなんだろう。猫だろうか、犬だろうか。
撫でるうちにピンと少しとんがった形であることが分かった。耳かもしれない。長い耳を持つ小動物……兎か。
「あ、すみません、うちの子が……」
声が聞こえて顔を上げると、美しい人がいた。
魅惑的な瞳が黒瑛を捉えて優しく微笑む。思わず惚けていると、先ほど抱き抱えていた小動物が彼女の元へ。
彼女は、それを抱き抱えた。
「すみません、私の茶葉、白毫銀針が飛びついてしまって……。でも、珍しいのですよ、この子とっても人見知りするから。一目みて、あなたのことを気に入ったみたいですね」
女性はそう言ってはにかんだ。その可愛らしい笑みに心を掴まれて、黒瑛はふと気づいた。
彼女は、采夏だ。黒瑛の大事な人。
そうか、これは、采夏と自分が出会った若かりし頃の思い出……。
「陛下、どうしたのですか? ぼうっとして」
低い声が聞こえてハッと黒瑛は目を開くと、どこか変態でも見るような目でこちらを見る陸翔がいた。
「お茶に酔っておられたのですよね、陛下。さすがです」
横には満足そうに微笑む采夏。
黒瑛は状況を理解するとクッと悔しそうに眉根を寄せて額に手を当てた。
「また、お茶に酔っていたのか……」
よくよく考えれば、黒瑛と采夏の出会いは全然違う。だいたいなんだ、あの動く茶葉的な生き物は。
淡いお茶の甘さに釣られて、ふわふわした夢に酔ってしまっていた……。
黒瑛はふーと息を吐き出しどうにか平静を取り戻すと口を開いた。
「うまかった。茶葉の針のような見た目からは想像が付かないほどに淡く優しい味わい。華やかな風味は、梅の実のような、健気に咲く道端の花のような、柔らかい甘さがある」
黒瑛がそういうと、西方の使者も大きく頷いた。
「まさしく、とても良いお茶です。我が国にある野草茶に少し似ていマス。とても美味しいデス」
満足そうにそう言うと、お茶を全て飲み干して茶杯を卓に置く。
反応から見るに、白毫銀針を気に入ってはくれたようだ。だが問題は、これが彼が探し求めているお茶であるかどうかだ。
「うーん、ですが……これはおそらく祖父の手記にあった白いお茶ではないと思いマス」
使者は残念そうにそう言った。
そして采夏に一言断りを入れてから、茶壺を手に取ってその蓋を開けた。
そこには、お湯に蒸されてくたりと葉を開いた暗い若草色の茶葉があった
「祖父の手記では、真っ白と書かれてマシタ。こうやってお湯に浸かっても、きっと白かっただろうと思うのです。お茶の水も空に浮かぶ雲のようで、口当たりはふわふわした雲みたいだったようデス」
使者の言葉に、黒瑛達は茶壺の中身に目をやる。お湯を入れる前にはふさふさの銀毛に覆われ白く見えた茶葉は、お湯に濡れて元の葉の緑を露にしていた。
使者の話を聞いた采夏は、申し訳なさそうに使者に顔を向けた。
「そうなると、お求めの茶葉は『幻の白茶』のことかもしれませんね」
「幻の……? 白茶ということは、少々自然発酵をさせるお茶のですか?」
そう興味深げに尋ねてきたのは、陸翔だ。彼も采夏には及ばないが茶を愛好しているので、多少の知識がある。
「いえ、茶葉の製法によって分類している『白茶』とはまた別です。製法は、緑茶と一緒で摘んだ後に釜で炒って殺青します。ですが、茶葉が真っ白であるために『白茶』と名づけられたのです。白毫銀針の茶葉は羽毛に覆われているため白く見えますが、葉の色自体は緑です。ですが、幻の白茶は葉そのものが白いのです」
「葉そのものが、白……」
「はい。随分昔の話、今より三百年は昔ですが、ある日突然、真っ白な茶木が発見されたのです。葉も、幹も全てが白い茶木。その茶木の葉で作った茶葉も当然白く、極上の味わいだったと聞いています。ですが、その白い茶木はもうありません。枯れ果てて今は現存しないのです」
「なんと……。ではもう飲むことはできないということ、デスカ?」
「ええ、白いお茶の木が発見されない限りは……。なかなか難しいと思います」
「ふーん、そもそも、それは本当にあった話なのか? 真っ白の木など、俄には信じられないが」
黒瑛が訝しげにそう言うと、采夏は頷いた。
「白化は、自然界では稀にございます。白い亀や白い蛇などもその一例です。この白化は、動物だけでなく、植物にも起こり得るのです。奇跡と奇跡が重なり、茶木が白化して初めて口にできるのが、『幻の白茶』です」
「おお、なんと……それほど貴重なお茶だったトハ……! ますます飲んでみたくなりましたが、うーん、しかし残念デス」
使者はそう言ってがっくりと項垂れた。
「お気持ち、お察しいたしますわ。飲みたいお茶があるのに、手元にないなんて……。頭と四肢を馬に繋いで、それぞれ別方向に引っ張られて身を引き裂いていくような苦しみですよね」
「いやそれは流石に苦しすぎるだろ」
采夏の例えが完全に酷刑で思わず黒瑛が呆れた声をあげる。想像するだけで痛そうで胸焼けがした。
使者は心底に気遣うような采夏に感激した様子で笑顔を見せる。
「皇后陛下、ありがとうございマス。それに、今日振る舞ってくださった白毫銀針もとても美味しいデス! 白いお茶は残念ですが、新しい美味しいお茶の出会いはとても嬉しいものですね」
そう言って使者は破顔した。
その後は、西方との交易品のことで話が弾み、お茶の話はもう話題に上ることもなかった。
幻の白茶のことは気にかかるが、概ね使者への歓待は成功に終わったのだった。









