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後宮茶妃伝 ~寵妃は愛より茶が欲しい~  作者: 唐澤和希/鳥好きのピスタチオ
寵妃は愛で茶を沸かす

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黒瑛、悪いことを思いつく

 黒瑛と呂賢宇との会食は終わった。

 ウルジャから聞き出したいことは聞き出せた。

 長年忠臣として仕えてくれた、と思っていた呂賢宇は、黒だった。

 茶馬貿易が結べなかったという虚偽の報告だけにとどまらず、戦力を内密に増強して恐れ多くも帝位の簒奪すら狙っている。

 これらが明るみになれば、大罪だ。

 だが……証拠はない。


「呂賢宇が、まさか、帝位の簒奪を企んでいたとは……。それほどの野心を抱く男のようには見えませんでしたが、人は見た目で判断できませんね」

 陸翔が、苦々しい顔でそう呟いた。

 隣で采夏に注がれた茶を飲んでいた黒瑛も頷く。


「まったくだ。テト族との馬茶交易を結ぶことができずに泣いて詫びてたのは演技だったってことだろう? 責任を取って首を括るとまで言ってたというのにな……。とんだ役者がいたもんだ」

「口ではなんとでも言えますからね。首を括ると言ったら、周りが止めてくれるという自信があったのでしょう」

「全く腹立たしい」

「しかし、陛下、まだ早まらないでくださいね。テト族のウルジャの証言をもとに呂賢宇を罪に問えば、忠臣として長年勤めてきた呂賢宇をさしおき、蛮族の話に耳を傾けるのかと他の諸侯らに不満が出てしまいます。呂賢宇の外面に騙されていたのは、なにも私たちだけではないのです。ほとんどの諸侯は長年国に支えてきた呂賢宇のことを忠臣と思っている」

 陸翔にそう諭された黒瑛はむすっと眉根を寄せる。


「分かってる……」

 と吐き出すように言った。


「陸翔様、燕春妃のことはどうなりますでしょうか?」

 会話には入らず静かに茶を飲んでいた采夏だったが、たまらずと言った顔で、そう問いかけた。

 燕春は、北州の姫だ。

 呂賢宇にとっては姪にあたる。


「通常、一族から謀反者が出れば、一族諸共処罰されることが通例ですが……」

 と答えた陸翔の言葉に采夏は思わず目を見開いた。


「そんな……燕春妃は何もご存知ではなかった様子。おそらくは燕春妃のお父上である北州長も」

 焦ったように采夏がそういうと、黒瑛が笑顔で頷いた。


「分かってる。悪いようにはしないつもりだ。そもそも北州長の一族を全て処罰するには、勢力がデカすぎる。加えて、他の州長にも不信感が出る。まだ安定しきれてない今の青国にとって、それは好ましくないからな」

 黒瑛の言葉に陸翔も深く頷く。


「その通りです。呂賢宇を断罪する際は、北州と呂賢宇を切り離す必要があるでしょうね。陛下、とにかく焦らぬように。まずは呂賢宇に知られぬように、ひっそりと証拠を集めるところから始めなくてはいけません」

「分かってる。証拠はやつが治めてる道湖省に山ほどあるんだろうがな。少なくとも馬と人を抱えているのは確実だ」

「とは言え、道湖省を改めるような動きを呂賢宇に悟られれば、もう手遅れとなります。改める頃には、引き入れたテト族共々馬を殺して証拠を隠滅させるでしょう」

「テト族と馬の大量死があったとしても、遊牧民族の襲撃があったために対処したと言って誤魔化せるからな……」

「ええ、呂賢宇が、テト族も馬とともに北州に引き入れているのは、おそらくそれが狙いです。もし国に悟られた時に、テト族に罪を着せて葬り去って片付けようとしている。彼の帝位簒奪の計画はひとまず阻止できますが、それでは呂賢宇自体を処罰できません」

「はあ、面倒だ。いっそのことさっさと動いてくれた方が楽なんだがな」

 黒瑛はそう嘆いてポリポリと頭をかいた。

 どうやらまだまだ問題は山積みのようだ。

 悩ましげにああでもないこうでもないと呂賢宇対策の話で盛り上がる黒瑛と陸相を横目に、采夏はホッと息を吐いて胸を撫で下ろした。

 どうやら、燕春が不幸なことにならなくてもすみそうだ。

 燕春はとても真面目な良い子で、采夏のお茶に対する熱い思いを理解してくれる。

 気がかりだった燕春のことを聞けた采夏は、途端に喉の渇きを感じた。

 碗の中は空だが、側にたっぷりの氷と茶を入れた大きな瓶がある。

 黒瑛が思いの外に冷茶を気に入り用意していたものだ。

 冷茶の入った壺の周りには結露が浮かび、ひんやりと冷やされていることが目に見えてわかる。

 熱い夏夜では見ているだけでも涼しげな心地がした。

 とはいえ、采夏の個人的な好みで言えば、暑い夏の日も熱い茶を好む。

 冷えた茶は苦味や渋味の主張が少ない分、少々物足りないのだ。

 加えて冷たいお茶はなかなか香が立ちにくい。熱いお茶は湯気とともに立ち上る香が強く魅力的だ。それに熱いお茶なら、冷茶ほど冷えを気にせずたくさん飲める。

 とはいえ、夏日に喉を潤すのに冷たい茶が魅力的な飲み物であることは否定しない。

 采夏は、その瓶を持ち上げると、碗に冷えた茶を注いだ。

 カランと音を鳴らして、まだ溶けきれていない氷も茶と共に碗の中に落ちてきた。

 これもまた、見ているだけで涼やかだ。


「良い音だ」

 黒瑛に話しかけられて、采夏はにこりと微笑んで頷く。

 先ほどまで陸翔と盛り上がっていたようだが、彼らも茶飲み休憩に入るようだ。

「はい。氷の音が涼やかで、一口飲めば一瞬にして暑さを吹き飛ばしてくださいます」

「これは本当に良いものですね。甘く軽やかで飲みやすい。呂賢宇の二の舞にならぬよう、私どもも気をつけなければ」

 陸翔が冗談めかしてそう言うと、碗をとって一口飲んだ。


「そうだな。まさしく、口当たりまろやかな、甘美な毒……」

 采夏が以前冷茶に対してそう評した言葉を黒瑛が口にすると、突然ハッとしたように眉根を寄せた。そしてにやりと意地の悪い笑みを浮かべる。

「……そうか、その手があったか」

 と黒瑛がボソリと呟いたその言葉にはどこか意地悪そうな響きが漂っており、陸翔は嫌な予感に眉根を寄せた。


「陛下、何か悪いことを思いつきましたね?」

 陸翔の咎めるような言葉に黒瑛は答えず、冷えた茶を口に含む。

 そして隣にいた采夏も、美味しいお茶に思わず笑顔を浮かべていた。


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